第6章 (2)
“今すぐできる”というだけあって、この授業は精霊交流――あるいは交渉とも呼ばれる精霊族とのコミュニケーション法――の初歩も初歩、入門編、基礎編といった内容のはずである。
今まで受け持った生徒で、ごく初歩の精霊召喚をできなかった生徒というものはほとんどおらず――その全てが魔力適性がないか、或いは精霊との相性が悪いというものだった――、まさか「魔力適性も高く、精霊との相性も抜群」の生徒が一番最後までその課題を成し遂げられないという事態に陥ろうとは、ナゥブドゥカ先生も予想だにしていなかった展開のようであった。
因みに、「魔力適性も高く、精霊との相性も抜群」というのは先生の言葉であり、私の認識ではないことを明記しておく。
私としてはその真逆なのではなかろうかとの認識がますます強まる一方である。
何事にも例外はつきものだが、精霊族は基本的に魔力――言い方を替えれば神の創世の力の残滓だ――が強いものを好む。
魔力適性とは文字通りある魔法を使うに当たって適性のある魔力であるか、ということである。
魔法を使う上で最も重要なのは想像力であることは確かだが、それ以外にも魔法の属性に適した魔力があると考えられている。
その魔法の属性というのは、精霊の属性にも相通ずるものがあるといい、それが魔力適性が高い、延いては精霊との相性がいい、ということにつながるらしい。
例えるなら、私の場合は水霊の加護があるために、魔力適性としては水の属性が高く、故に水属性だけでなく、枝属性である氷や複合属性とされる雷、他にも親和性の高い植物系の精霊との相性がいいらしいのだ。
最も、この属性とやらを決めているのは人なので、どこまでが確かなのかは不明である。
実際、初めて使った魔法こそ水を出現させるものだったが、それ以後神殿で実験的に行っていた魔法訓練では、水を出すのも火を出すのも私にとっては何の違いもなかった。
そしてそれは精霊にも言えることで、私自身には見えないのだが、見える人(こういう言い方をするとまるで霊感のようだ)たちに言わせれば、私の周囲に群がっている精霊たちは水に限らず、属性を持たない無属性精霊から、各属性の精霊たちとバラエティに富んでいるのだという。
まあ、これは私がマレビトだからなのかもしれないので、検証の仕様がないわけだが。
もしも精霊たちと会話ができるのであれば、いずれそのあたりのことを聞いてみたいものではある。
しかし!
そう、何より大事なことは、会話どころか精霊の姿を見ることさえ出来ていないということである!!
見えないということは、目の前にいても分からないということで、声が聞こえないというのは意思の疎通が取れない、ということである。
これは、精霊に呼びかけて自分のところに来てもらうという召喚のもとも基本の部分ができていないということである。
趣味の範囲内であれば出来ないことを諦めもするが、単位がかかっているならば話は別である。
何としても見る・聞く・話すが出来るようにならねばならない。
しかし、先生が勧めるどのような方法でも上手くいくことはなかった。
そんな悩みを口にしたところ、セムが持ってきたのが例の依頼書だった。
『秘密の花園』とは、エグザーダナの街の一角にある、精霊が大量発生していると噂の場所なのだそうだ。
常に大量発生しているというわけでもなく、時折場所を移動することもあるというのだが、兎に角その発生量が半端じゃないらしい。
つまり、一匹二匹――私に群がってるのはその域を疾うに超えてはいるようだが――で見えないなら、大量にいれば見れるのではないか、ということらしい。
今まで受けたことのないタイプの依頼だが、セムやその友人たちとの共同受領ということなので、彼らに話を聞いた私は藁にも縋る思いで、その依頼を受けたのだった。