間章
「私が王都に、ですか?」
話を聞く前に、言っておくことがあったと前置きをしてアカシェが告げたのは、王都へ行く気はあるか、というものだった。
旅行や観光ではなく、拠点を王都に、しかも王宮へ移す気はあるか、という問いだった。
彼自身、苦虫を噛み潰したような表情をしながら口にしていたので、彼の意思によるものではないのだろう。
私がこの世界の神々を嫌っているということを知っていて、それでいて、アカシェとは違うまさに神族の鑑とでもいうべき堅物の王がいる場所へ拠点を移すつもりがあるかを聞くだなんて。
そんなの聞くまでもなく答えが決まり切っていることなど分かっているだろうに。
それでも、直接聞かねばならなかったというのなら、それが彼に課されたものであったということか。
彼に嫌々でも言うことを聞かせられる人物なんて――寧ろその相手からだからこそ“嫌々”なのだろうが――、そんなのそれこそ神王か神そのヒト――呼称が“ヒト”なのはおかしいというのはこの際置いておく、それ以外に表現が浮かばないからだ――しかいないじゃないか。
「……遠慮しておきます。何かフラグ立ちそう。」
「フラグ、ね……。多分、別のフラグは立ったと思うが。」
小声で零れた後半も耳ざとく聞きつけて告げる不穏な言葉に、否応なく嫌な予感というものが膨れ上がる。
「……別の?」
「まあ、いずれ分かるだろう。」
聞きたくないけど、聞かなければ後悔する。
そんな予感に駆られてあわてて尋ねるも、その答えは素気無いものだった。
「ちょ、すっごく気になるんですけど!?一体なんなんですか!教えてくださいよ!!」
「まあまあ、後のお楽しみ、というやつだ。」
「逃げるなぁ!!」
「さあ、これでも飲んで落ち着け。私自らが煎れた茶だ。有り難く飲むが良い。」
そういって勧められたのは先ほど彼が持ってきた茶器だ。
話をしている間に大分湯気は薄れてしまっていたが。
「貴方と飲むときはいつだって貴方が手ずからに煎れてくれたじゃないですか。今更有り難みなんてありませんよ。」
神族を崇め奉っている人たちからしてみれば不遜極まりない言葉を吐きながらも、温くなってしまったそのお茶に口をつける。
こういうところに来た時くらいは高いお茶を出してくれたって良いんじゃないか、と思いつつも、どちらにせよ自分にはお茶の良し悪しを見定めるだけの舌を持ち合わせていないという事実の前に、ならば何にせよ同じことかと諦めた。
どうせ、こうなっては彼が決して口を開かないだろうことは、まだ長いとは言えない付き合いの中で既に学習している。
言わないと決めたことは決して口を開かない、そして言いたいことだけ言っていくのがいつもの彼のやり方だ。
いつものような愚痴の嵐でなかっただけマシでもある――ただ単に敵(?)も本拠で愚痴るのは憚られただけかもしれないが――。
それに安物の徳用茶葉とは言っても不味いわけではないのだし、と頭を切り替えて、こちらは離宮用のものだろう街では見かけないちょっと高級そうなお菓子を頬張った。
……なんで私、この人自らがギルドに頼んだ茶葉を運んで、離宮なんかで飲んでいるんだろう。
茶を飲みお菓子も食べて一息つくと、そんな問いが一瞬頭を過ったが、きっとそれは気にしたらダメなんだろう。
お菓子を食べる私を、アカシェがまるでツェフじいが私に菓子をくれた時と同じような――つまり孫に菓子を与えてほほえましそうに眺めてる祖父のような――表情で見ていたのも、きっと気にしてはいけないことなんだと思う。
「さてと、嫌な話も終わったことだし、お前の学校生活とやらを聞かせて貰うぞ。
随分と楽しいことをやっていると聞いたからな。」
「楽しいって、誰から聞いたのか知りませんけど、普通の……ではないかもしれませんけど、そう変わったものでもありませんよ。」
おそらくツェフじいあたりに来たのだろうとは思うが。
学校生活と言っても、週二日しか行っていないのだから、そうたくさん話すことがあるわけもなく、別段面白いとも思えないのだが、アカシェはそれを聞きたいようだった。
「その普通の学校生活が聞きたいのだ。
私は経験がないからな。
ツェフやナイルにしたところであれらも神官になるための勉強しかしていないからな。」
「……そういうことでしたら、まあ。そんなに面白いものでもないですからね?」
「ああ、それでも良い。聞かせてくれ。」
結果的に、私にとっては何の変哲もないような話がアカシェには受けたようだった。
そんなこんなで、毎日昼頃までに小包を届け、日が傾くまでアカシェに請われるままに話をする、そんな時間が3日間続いたのだった。