間章
学校に通い始めて暫く経った、漸く休日を寝て過ごさなくても済む位になれた頃、ギルドにある依頼が寄せられた。
「私に指名の依頼、ですか?」
「そ。しかも流石にこれには断っても良い、とは私からは言いにくいわね。」
「拒否不可ということは、ギルドからの依頼でもなく、バルドゥク家からの依頼でもない、と?」
拒否不可の依頼なんて滅多にあるものじゃない。
ギルドは常に中立で公平であり、依頼者と受諾者は対等である、というのが建前だ。
だから基本的に、指名された仕事でも請けるか請けないかを決めるのは当人の裁量に任される。
それでもたまにはどうしても断れない仕事というのも発生するわけだけれど、そういうのは例えば街が危機に瀕している、とかそれを請けないことで多大の損害が発生すると予想される場合などだといわれている。
あくまでもそういうのは熟練者向けの依頼であって、私みたいなヒヨコどころかまだ卵といっても過言じゃないような新米に来るような話ではない。
「そういうこと。
ヴァシーもフェクトに手がかからなくなったお陰で最近は依頼に来ないしね。
うちも今はそんなに忙しくないし。」
「私が今までしてきた仕事って、家事手伝いが主だと思うんですが。
どうして拒否不可、なんてことに?
通常そんな依頼、私みたいな新米に来たりしませんよね?」
「そうね、普通はそんな依頼来るわけないわ。
でも、貴女だから。」
「……マレビトだから、というわけですか?」
実際マレビト見たさに私に指名の依頼が来ることはよくあるが、というか多分今も何枚か依頼書が来ているはずだ。
だが、そういう興味半分の依頼に関してはギルドは請ける必要がないと言ってくれているし、私も受けるつもりはなかったから請けたことはない。
なのに、今回に限りどうしてだろうと聞いてみれば、クレオさんはため息をつきつつ心底呆れた顔でその依頼書を差し出した。
「――説明するより見て貰った方が早いわ。
どちらにせよ拒否はほぼ不可だから見て頂戴。」
渡されたのは、何の変哲もない依頼書。
ちょっとばかり紙の質がいいような気がするけれど……紙の一番下にある見知った名前のサインに頭を抱えたくなった。
「アカシェからの依頼、ですか。」
「内容は書いて有るとおり簡単な荷運びよ。
これを依頼した当人に届けて欲しいって。」
これ、とクレオさんが示したのは綺麗に包装された、掌サイズの小さな包みだ。
「報酬は破格の金貨1枚。
今日から3日間、毎日昼までに届けて欲しいって。」
「……は!?
金貨?
銀貨ではなく?」
銀貨でさえ普通の生活の中で見かけることはないというのに、あろう事か金貨とは。
通常1食にかかる金額が半銅貨1、2枚、つまり6~12ベクといったところ。
半銅貨1枚ならファーストフード店の安めのセット、2枚ならファミレスとかラーメン屋で1食、といった感じだ。
大分物価にバラつきがあるから確かなことは言えないけれど、半銅貨1枚は500円くらいに例えても良いかも知れない。
金貨1枚、1ユナの貨幣価値はそんな半銅貨の凡そ600倍弱。
単純計算するだけでも日本円にして30万弱といった報酬という事だ。
たった3日、しかも仕事は簡単な荷物運びで、この金額だ。
これを破格といわずしてなんといおうか。
「ごめんなさい、アトル。
流石にギルドも離宮からの、しかも殿下御自らの依頼を断るのは分が悪いのよ。」
殊勝なことを口にしながらも、クレオさんの視線は遠い。
幾分げんなりした様子を見ると、彼女も神官長と同じく彼の人の被害に遭ったことがあるのかもしれない。
「……仕方ないんで、お請けします。」
私も溜息をつきたくなるような気分で、そう告げた。