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マレビト来たりて  作者: 安積
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第1章 (9)

初仕事開始から5日目。

今日もギルドへ寄ってからハルディアさんの家へと向かう。

初日のちょっとした騒動を知った神官がギルド本部までついて来るという過保護振りを示すのも、ハルディアさんの家までギルドの誰かが送ってくれるのも恒例となりつつある。

尤も、街の人も慣れたようで、神官が憑いて(変換ミスではない)いようと屈強なギルド員が傍にいようと全く臆することなく私に話しかけてくるようになった。

まあ、いくらギルド員が厳ついとは言っても街の人たちは直接的であれ間接的であれ彼らに助けられているということもあり、一瞬の躊躇はあれど、慣れればそれは障害足りえなくなった。

それでも彼らがいれば、街の人たちに囲まれて立ち往生するようなことにはならずに済むので、初日と比べると効果は薄まったとは言え、私にとっては十分な助けになっていた。


彼らとしても、この時間を(マレビト)とかかわりを持つ貴重な時間と捉えているようだ。

今までに現れたマレビトには(のち)にギルドで活躍した人も多かったと聞くから、今のうちに唾付けとこうみたいな心境なのかもしれない。

初日にあれだけ集まっていたのも、そういう意味合いが強かったのだろうと思う。

このお朝の送迎(?)の独占は禁止だとかで、今後の当番も決まっているらしい。

つまり、ハルディアさんのところでの仕事が終わっても、暫くの間は私がギルドの仕事を請けるたびに誰かしらがついて来るということになるらしい。

私としても彼らとの交流は、神殿以外のヒトの目から見たこの世界を知る良い機会なので悪い事ではないと思っている。

神殿から当分の間は離れられない身にすれば、ギルド員と仕事の依頼主だけが交流の持てる一般人であるといえる。

果たしてギルド員を一般人と言って良いかは分らないが、少なくとも神官や貴族と比べれば神から縁遠い人々だろう。

朝の僅かな時間では大概は彼らの自己紹介に終始してしまうとは言え、意外にお喋りな彼らが聞かせてくれる街の話が面白いのも悪くないと思う理由の一つだ。


たった4日の間でも、ハルディアさんがかつて教職に就いていたとか、その頃は怒らせると怖い鬼教師だったとか――実感がたっぷり篭っていたのは、恐らくそれを教えてくれた彼自身が当時ハルディアさんに絞られた一人だったからなのだろう――、私の後見でもあるあの神官はこの街に来てまだ間もないと言うのに街の女性陣から既に観賞用として認識されているらしいと言う話、エルトダムさんはこの街だけでなく、隣国にまで名の知られた戦士であるとか、どこで聞いてくるのか○○の商店――プライバシーに関わるので伏字にさせて貰う――の店主は実は鬘なのだとか、街のどこかに精霊のたむろする場所があるらしいとか、その内容は多岐に渡る。

中には買い物は毎月何日が安くてお勧めだとか、何処の店の料理が安くて美味いとか、街のお役立ち情報まであったくらいだ。

彼らの話をまとめればあっという間にタウン情報誌の1冊でも出来上がりそうだ。

情報の内容は玉石混交、たまにガセ入り、だとしても。

そんな話を聞きながら、時折質問を交えつつ、街の人にも挨拶をしながら今日もハルディアさんの家に無事に着いた。

これから街の外へと仕事に行くのだと言うギルド員を見送り、急いで庭へと向かった。




庭に着くと、ハルディアさんは既に外に出ていた。

荒れ放題だった庭も今はもう庭兼畑と辛うじて呼べる程度にまでは回復している。

雑草がなくなるだけでこんなにも雰囲気は変わるものかと、昨日までの筋肉痛に苦しめられた日々を思う。

ただ只管雑草を抜き、刈り、使えるものを選別していく、大変だったけれどその甲斐はあったなと感じる。

雑草と呼ばれる中にも薬効がる者が混ざっていると教えられたのは一日目。

選り分けておいたそれらは、ハルディアさんの手によって軒下いっぱいに吊るされた。

その薬草が作り出す木陰を抜けながらに葉の奥へと向かった。



「おはようございます、ハルさん」


いつものように庭の奥にある日当たりの良いお気に入りのベンチに腰掛けていたハルディアさんに声を掛けた。

ハルディアさんのことをハルさんと呼ぶようになったのは二日目以降の事だ。

天候か季節の話をしていたときだったか、日本でも主に春を意味するハルと言う名前は昔からあるポピュラーな名だと教えたら、是非そう呼んで欲しいと楽しげに言われたからだ。


「おはよう、タキ。

 今日はちょっと早いのね。」


まだ四の鐘が鳴る前に来た私にハルディアさんは微笑む。

ハルディアさんをハルさんと呼ぶようになったとき、私もタキと呼んでくれるように頼んだ。

彼女との付き合いを今回限りで終わらせてしまうにはあまりに勿体無いと思ったからだ。

まだ聞いていないのだが、この仕事が終わってもたまに遊びに来て良いか尋ねてみるつもりだ。


かつて教師だったからなのか、それともただ単にそういう性格なのか、彼女は惜しむことなく多くの知識を私に与えてくれる。

それは作業中のことだったり、休憩中のことだったり。

一つの分野に囚われない広い知識は大いに私の好奇心を刺激した。

もしかしたら既に、神殿で学んだ内容以上のことをハルディアさんから教わったかもしれない。

ハルディアさんはどう思っているか分らないけれど、できればこれからも付き合いを続けていければ良いな、と思う。

暖かな朝の日差しを浴びながら、今日の作業の予定について雑談を交えつつ話をする。

一応の流れが決まった頃、四の鐘の音が響いた。


「それじゃあ、早速始めましょうか。」


「はい!」




水霊の加護がある者はそうでない者より生物をより上手に育てられると聞いたのは初日の事。

他の精霊の事なら兎も角、私自身水霊の加護を持つらしいのに、何で教えてくれなかったのだろうと思っていたのだが、実は、後になって聞いてみたところ最初の1週間のときに神官がその事も教えてくれていたらしい。

あの1週間は精神状態が不安定だった自覚が今ではあるので、聞き逃すか覚えれらなかったのだろう。

改めて聞きなおすついでにと精霊の加護について詳しい説明を求めたら、教えてくれた。

色々細かい薀蓄まで話し始めそうだったので、とりあえず気になっていた土や光の精霊の加護では植物は上手く育てられないのかという点だけ聞いてみた。

植物の性質を知っていれば、植物の成長に水が大きく関わっているのは理解できる。

それなら、土や光の精霊の加護を持つ者も同じような特性があるのだろうか、と考えるのは当然の事だと思う。

結果として、やはり私の想像は間違っていなかった。

水に限らず全ての精霊、火や風、闇の精霊の加護でもうまく使えば生育は促進されるとの事。

ただ、それなりに条件もあるから大抵の場所で有効視されるのが水の精霊の加護なのだと言っていた。

例えるなら、極寒の地でなら火霊の加護はより有効に作用するだろうが、砂漠では悪化させるだけ、と言う事だ。

逆に言えば、水霊の加護だって氷点下の極寒の地や焼け石に水的な火山ではろくに効果は出ないと言う事だ。

それでも、精霊の中で水は天も地も廻るという特性から、特に汎用性が高く応用が利きやすいのだそうだ。

まあ、とにかく精霊の加護の効能というのは使い方次第、なのだと彼は言っていた。


そして今日、ハルディアさんに教えてもらったのは、まさにそれの実践版とでも言うべきものだった。

他の精霊の加護でもやり方次第で植物の栽培に貢献できるということは、水霊の加護も工夫すれば更なる効果を発揮すると言える。

ハルディアさんが教えてくれたのはその手法だった。


水霊の加護を最大限に活かす植え方、というものがあるのだそうだ。

苗を植えるにしても種を植えるにしても、少し気をつけるだけで収穫が格段に変わるらしい。

ハルディアさんの実演を見、細かな指導を受けながらその動きをなぞるように植えていく。

精霊の姿を直に見れるのならば楽に出来る様になるらしいが、残念ながら私は精霊が見れない。

だから、上手くいったのかも私には分らなかったのだが、どうやら移植作業自体も水霊の加護の増幅(?)も無事に終わったらしい。

日本にいた頃には全く庭弄りなんてしたことのなかった私には、比較対象がないのでどの程度の違いがあるのか全く分からなかったけれど。


「いずれ精霊の姿を見られるようになったらきっと分るわ。」


ハルディアさんはそう言って笑う。

いまだ精霊の存在を確信できていない私に、本当にそんな日が来るのだろうか、と思わずこぼせば、心配は要らないといわれた。


「あなたは、あの"アトルディア"の加護をもつのだから」


と。

それはどういう意味かと再度聞いてみても、いずれ分るから、と答えを貰う事はなかった。

この時、こうしてはぐらかされた事が、私が精霊に関心を抱くことになる一番の切欠だったのかもしれないと、後になって私は思った。



ハルディアさんと過ごす数日間はとても楽しいものだったけれど、どんなものにも終わりは来る。

仕事を始めて6日目。

丁度一週間たったその日で、ハルディアさんからの依頼は終了した。

見違えるようにきれいになった庭でハルディアさんは満足そうに笑っていた。

だから、ちょっと図々しいかなとは思ったけれど、今度は仕事としてではなく、遊びに来ても構わないだろうかと聞いてみた。


「こんなおばあちゃんのところで良いのなら、是非遊びに来て頂戴。

 いつでも歓迎するわ。」


ハルディアさんは嬉しそうにそう言ってくれた。

帰り際、ハルディアさんはこれも持っていきなさい、あれもあったわ、と作業中に刈り取って干しておいた薬草数種やハーブティー、その他色んなものを持たせてくれた。

別れの言葉は「さようなら」ではなく、「また来て頂戴」。


「必ず、また来ます。」


そう告げて、ハルディアさんの家を後にした。




ギルドへ戻り報告をして依頼は完了、受け取った報酬は一分銀4枚。

大体2~3日分の生活費に相当する。

宿に泊まろうと思ったら、丁度1食付で二泊分だ。

6日働いて2日の生活費……。

神殿に住み込みでなければこの給料ではやっていけそうもないなあ、と改めて目標の遠さを再認識する。


それでも、初めてこの世界で自分で働いて得た報酬はとても嬉しいものだった。

残り1話で第1章は終了予定です。

その後何話か短めの幕間を挟んで第2章に入ります。

あくまで予定は未定ですが。


追記

修正しました。

やっぱり寝不足の頭で書いたまま確認もせずに更新するべきではないですねorz


誤字脱字を発見しましたら、報告していただけると助かります。

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