小動物になってしまった生徒たち
「他に志望している進路があるなら無理にとは言いません。しかし、僕は貴女にこういった道もあることを知ってほしい。貴女の才能は誰にでもあるものではありませんから」
私が抵抗の力を弱めると、山本博士の腕を掴む手の力も弱まった。
山本博士は伏し目がちに言う。
「……僕の兄が猫になったのも、おそらく霊障が原因です。除霊を行い、推薦枠を目指すことは、僕の兄を元に戻すという目的にも直結しています。どうか、僕に貴女の力を貸していただけませんか?」
こんな風に困った顔で誰かに頼み事をされたのは初めてだ。
家族は私の力を自分の名誉のために利用しようとした。家を一歩出れば、私のこの力は不気味なものでしかなかった。小学生の頃は壁に向かって話しかけていて気持ち悪いと言われた。こんな力があっても利用されるか嫌な目で見られるだけだった。
でも――山本博士は、私の力を使って自分を助けてくれと言う。
何だかむず痒い心地がして言い淀んだ時、
「ぶっ!」
猫が横から顔面に飛び乗ってきた。
視界が暗くなり、息が詰まる。耳元で「ヴニャア~」とさっきよりも不満げな野太い声が響いた。
……何これ、デジャヴ?
「このように、兄さんも真中さんのことを気に入っているようですし」
「いや、これは兄さんっていうか猫の方だと思うんだけど……」
全然離れない猫を引き剥がすのが面倒で、だんだん抵抗する気力がなくなってきた私は、渋々さっきまで座っていた椅子に座り直した。そして、「続けて」と小さな声で伝える。バディになるかは置いといて、話を聞くくらいならしてやろう。
山本博士の表情は途端にパァッと明るくなり、マイクを持ち直した。
画面には再び、〝霊冥高等学校に棲まう強力な怨霊・白露院について〟という文字が映される。
この土地に封じられた怨霊であり、この学校に霊的なものが多く現れる原因となっている白露院。
バディを組もうという話の流れで、何故急に白露院の説明をしようとしてくるのかとふと疑問に思った。嫌な予感がして急速に頭が回転しだす。まさか。
「……まさかとは思うけど、白露院を除霊しようとしてるわけじゃないよね?」
『そのまさかです! 真中さんは察しがいいですね』
マイク越しの明るい返答に口角が引きつった。
イカれてやがる。発想がイカれてやがる、山本博士。
白露院は人々が千年努力しても除霊できなかった強力な怨霊だ。昔の人が百年単位で努力してようやく封じて動きを鈍らせることができたレベルだというのに、そんな化け物を根本から祓おうとするなんて正気じゃない。そもそもできない。いくら優等生の山本博士でも無理だろう。
確かに、白露院を除霊することができれば推薦枠を取れるどころの話ではないだろうが……。普通の人間なら「無理だろう」で済ますようなことを「やってみよう!」と思えるからこそ天才なのかもしれない。
『僕の独自の調査によると、兄さんが猫になったのは、白露院の影響であると考えられます』
「白露院の……?」
『猫や鳥などの小動物に変えられてしまったのはおそらく兄さんだけではありません。我々が高等部に進学する直前の春休みから、生徒の行方不明者が急増しています』
画面がぱっと変わり、高等部の生徒数と、いなくなった生徒の数を表したグラフが映った。
三月に五人、いなくなっている。四月に二人、五月に三人、六月に一人……と、三月が最も多いものの、その後もぽつぽつと人がいなくなっている。
でも、必ずしも彼らが小動物に変えられてしまったとは限らない。
「その生徒たち、逃げただけじゃないの?」
霊冥高等学校は毎年、自主退学者も少なくないと聞く。除霊というのは厳しいものだ。何度も命の危険に晒されるし、何より幽霊を相手にしなければならないから怖い目にも沢山遭う。生半可な気持ちで入学して泣いて飛び出ていく生徒はいくらでもいる。事実私たちのクラスでも、一年生の一学期で何人か退学届を提出している。
『こちらをご覧ください』
私の疑問に答えるように、山本博士がまたスライドを進めた。
画面上に動画が映し出される。その映像には、小さなインコが映っていた。
『ワタ シ レイメイ ノ ニネン マツザキ』
動画の中のインコは、嘴を動かしながら人間の言葉を喋った。
私は驚いてひゅっと息を吸った。……嘘でしょ?
『松崎というのは三月に行方不明になった女子生徒の名前です。学年も一致しています』
血の気が引いた。これが本当なら、実際にこの学校の生徒が、少しずつ動物に変えられていっているということである。
「なんてこった……」
「ニャァ~ン」
呆れ果てた声を出す私の横で、猫が間抜けな鳴き声を上げる。
私はおそるおそる山本博士に質問する。
「……動画のインコ、今はどこにいるの?」
『人間の意識が徐々に衰退していき、完全に動物となり、いなくなってしまいました』
ただでさえ暗い視聴覚室の中で、山本博士の表情がより暗く見えた。
私の膝の上に移動した猫を見下ろす。
この猫は昨日、確かに喋っていた。学校に着く前も喋っていた。でも、こいつもいつ人間としての……山本湊の意思を失うか分からないということだ。




