バディ制度
「付いてきてください」と言われ、意味が分からないまま山本博士に引きずられるようにして連れてこられたのは、あまり使われていない視聴覚室だった。
昼休みが終わるまではまだ時間があるし、抵抗するのも面倒なので大人しく付いて行った。
ミナトの意思を失った猫は、にゃ~んと可愛らしく鳴きながら私にすり寄ってくる。
「……勝手に入っていいの?」
「僕は我が校を代表する優等生なので、見つかってもお咎めはなしでしょう」
「それ自分で言っちゃうんだ……」
最前列の椅子に座ることを促され、戸惑いながらも着席する。
視聴覚室のPCに持参のUSBを入れ始めた山本博士は、部屋を暗くしてプロジェクタの電源を入れた。
ディスプレイには大きく、〝霊冥高等学校に棲まう強力な怨霊・白露院について〟と記されている。
「……何このスライド」
「我が校の現状を説明するために用いるスライドです。僕が作りました。フォントや配色、レイアウトにもこだわっています」
山本博士は自慢げだ。そして、まるでこれから研究発表でもするかのように視聴覚室のマイクを通して語りかけてきた。
『真中さんは、他の生徒よりも霊感が強いですよね?』
「……何で?」
『さっきの落ち武者は低級怨霊です。霊圧が弱すぎてこの学校の生徒の中でも見える人は極少ない。僕はずっと彼を追っていましたが、あの落ち武者が近付いてきて避けた生徒は真中さんだけです』
確かに私は、人よりも霊感が強い。ほとんどの人にとって幽霊はぼんやりとして見えるらしいが、私には幽霊の姿が、輪郭がはっきりと見える。
子どもの頃から墓場に行くと痩せた老人が座っているのを見たり、駅のホームで自殺したサラリーマンがずっと同じ場所に立っているのを見たりした。
迷子だと思って声をかけたら子どもの幽霊で逆に襲われたなんてこともある。そんなことを繰り返しているうちに私は、誰に声をかけることもやめてしまった。
友達を作らなかったのは、ただでさえ幽霊が多いとされているこの高校で、相手が幽霊か本物の生徒か見分けるのが面倒臭かったからだ。
『ご存じの通り、この学校には付属大学への推薦枠というものが存在します。推薦者として合格すれば大学四年間の授業料が免除されます』
答えない私を他所に、山本博士が流れるように次の説明に進む。
『その推薦枠の中には、霊障解決枠があります。この枠では、いかに三年間バディと助け合って高等部における霊障を解決したかが問われます』
入学説明会でも学校側から言及された内容だ。
この学校の生徒たちは、霊障解決枠に入ることを目指して日々積極的に学校の除霊を行っている。
しかし何故今更そんな話を。この導入、まさか。
「…………まさかとは思うけど、私、バディに誘われてる?」
『はい! 真中さんとなら、きっと輝かしい成績を残せると思うのです。共に推薦枠を目指しましょう』
山本博士の快活な笑顔が眩しかった。
この高校にはバディ制度というものがあり、一年生のうちにペアを組む相手を選ばなければならない。バディは基本的に二人一組で、バディ同士で行った除霊活動の成果は共有して成績に加算される。
将来各地で除霊師として活動する際、単独行動だけでなくチームプレイも必要不可欠となるため、その基礎訓練として取り入れられている制度だ。
山本博士はきっと、私の霊感の強さを見込んで自分のバディにしたいと思ったんだろう。
私もいずれ相手を選ばなければならないが、その相手が学年一の優等生なんて絶対に嫌だ。私と山本博士じゃ笑いものにされる。「何であんなぱっとしない子が山本くんと……?」って目で見られていじめられるに違いない。
それに。
「私、推薦枠とか興味ないよ」
『エッ!』
山本博士の驚きの声がマイクを通し、きぃん、と耳にうるさい音が響いた。
「付属大学に進学するつもりもないし。親が有名な除霊師の家系だからってだけで無理やりこの高校に入れられたけど、除霊師になるつもりは全くない」
私が望むのは普通の人生だ。
幽霊なんかとは関わらず、普通の大学に進んで、普通の会社員になるんだ。敷かれたレール通りに除霊師として進む気はない。
山本博士はひどく衝撃を受けた様子で固まっている。
私はちらりと猫を横目で確認した後、スッ……と椅子から立ち上がった。
くるりと踵を返して全力で走り出す。
猫さえ振り切れればこちらの勝ちだ。もう猫とも山本博士とも関わらなくていい。
「お待ちなさい! どこへ行くのですか!」
――しかし、体育の成績もトップクラスの山本博士に短距離走で敵うはずもなく、あっさりと取り押さえられてしまう。
「そんな本気で追いかけてこなくても……。バディとか絶対、私なんかじゃなくてもっと優秀な生徒の方がいいよ。考え直して」
「僕は他でもない真中さんの能力を買っているのです。真中さんの霊感は類まれなる才能です。僕は貴女がいいんです」
私の腕を掴む山本博士から逃れようとグググ……と腕を引っ張るが、なかなか離れない。
ああもうしつこい、と強い口調で文句を言おうとした時、山本博士がずいっと私に顔を近付けて聞いてきた。
「何故ですか? もっと上を目指せる能力があるのに、何故その才能を使わないのですか」
色付きのグラスの奥に薄らと見える、びっくりするくらい澄んだ瞳。
山本博士は真剣だった。




