再出発
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霊冥高等学校の生徒が怨霊である白露院を祓ったというニュースは、新聞の大きな見出しに載った。
学校でもかなりの噂になっているらしい。
校内一の優等生の山本博士が祓ったと。それともう一人、女子生徒が刀を持って血まみれで頑張っていたという噂もあるようだが、その場にいた皆は「あの子誰?」という反応だったらしい。……私らしい知名度の低さだ。
真中清光が学校に来ていたことはどの新聞にもネットニュースにも載っていなかった。
あの目立ちたがりが、何で自分の存在を誇示しなかったのだろうと不思議で、ブロックを解除してまでメッセージを送って聞いてしまった。
すると、『子供の時の借り返しただけや、ボケ』とだけ返ってきた。口の悪さが不快だったので再度ブロックした。
あの後私は病院に運ばれ、しばらく入院することになった。傷口を縫うためだ。幸いにも私以外の重症者はおらず、動物にされた生徒たちも無事帰ってきたらしい。
入院生活の間、山本一家の三兄妹は驚くほど頻繁に見舞いに来た。
「優眠様、お紅茶はいかがですか? 英国から取り寄せたオリジナルブレンドですのよ」
「今回の茶葉は香りもよいんです。これを飲めば優眠さんの傷の治りも早くなることでしょう」
英国に染まっている博士と花恋さんは、まるで貴族のサロンのような雰囲気をまといながら、大量の紅茶缶を置いていく。
私の病室はすっかりアフタヌーンティー会場のようになってしまった。
二人の背後で、少し照れくさそうに笑う湊が立っていた。かつて猫として対面していた彼と、人間として向かい合うのは、少し不思議な心地だった。
湊はそろそろとベッドに近づき、頬を掻きながら報告してくる。
「優眠ちゃん、俺、除霊師じゃねぇけど、一般就職が決まったんだ。身寄りのない子どもたちを預かる施設の職員。俺自身、幼い頃に両親を亡くしたから……そういう子たちのためになることができたらいいなって」
あれから前に進めているらしい彼に、自然と笑みが溢れた。
「いいじゃん。似合ってるよ。ねえ、博士?」
博士に小さく目配せすると、博士はぱっと表情を明るくして頷いた。
「はい。兄さんはピンチの時に、誰よりも冷静に状況を判断して適切な行動ができるし、思いやりのある優しい人です。子供たちにとっても頼もしいでしょう」
博士が誇らしげに笑う。
湊は小さく、泣きそうな顔で笑った。
「つーかあの後俺、結構大変だったんだからな。人体模型に追いかけられて……」
「あっ……」
「優眠ちゃん、意外と薄情だよな。あっさり俺の唇を売るなんて」
じとっと睨まれる。私は気まずくなり、湊からそっと顔を逸らした。
再出発の覚悟を決めたのは、湊だけではない。
退院して、学校に復帰した最初の日。
旧校舎では、朝の光が、柔らかく白露院の祠を照らしていた。先生たちが私の願いを聞き入れ、記念碑のような意味合いで建て直してくれたものだ。
祠の前で小さく手を合わせる。
――どうか安らかに眠れますように。
小さく息を吐いて目を開けると、風が一筋、私の前髪を撫でた。
花が供えられていた。誰の手によるものかは分からない。けれど、白露院の存在が、怨霊ではなく一人の人間としてこの場に認められていることを感じた。
立ち上がり、背筋を伸ばす。
それから私は、踵を返して歩き出した。
まだ包帯が残る私の姿に、生徒たちが少しざわついた。私はそれを気にせず、職員室でとある用紙をもらった後、いつものように廊下を進んだ。
私は、久しぶりに来る教室のドアを開く。
振り向いた博士の目が一瞬驚きに見開かれ、すぐに穏やかな笑みに変わる。
「優眠さん。……体、もう大丈夫なんですか?」
「まだちょっと痛むけど、もう平気。今日は博士に、伝えたいことがあるんだ」
私は、制服の内ポケットから一枚の紙を取り出し、差し出した。
それは――バディ申請希望の用紙だった。
博士がそれに目を落とし、静かに息を呑む。
「バディになろう。博士」
教室にいたクラスメイト達がざわつく。当然だ。私みたいな影が薄くて目立たなくて無気力な生徒が、校内一の優等生をバディに誘っているのだから。
でも私は、もう恥じない。この役目を誰かに譲るつもりもない。
私は知っている。
一人では何もできないこと。でも誰かとなら、きっともっと大きなものに立ち向かっていけるということ。
私を除霊の道に引きずり戻して、それを教えてくれたのは、他でもない博士だ。
博士はしばらく何も言わず、書類を見つめていた。
やがて顔を上げると、博士は紙を胸元に抱えるようにして笑った。
「……はい。ありがとうございます。除霊師の道に戻ってきてくれて。僕の夢を叶えてくれて」
こうして私たちは正式にバディとなった。
まだまだ未知の霊障事件が、きっとこの先も待っている。
でも私はもう、頑張ることをやめない。
――だって私には、頼もしくてちょっと個性的で、望みを叶えるためには努力を惜しまない、粘り強すぎるガリ勉優等生の相棒がいるから。
【完結】




