千年の呪いの幕引き
女が印を結び、白露院へ向けて呪符を放つ。
女の着物の羽織には御三家の家紋が描かれていた。数少ない、生き残った除霊師なのだろう。
白露院の怨念がぐらりと揺らいだ。
地を走る白線が交差し、無数の結びが空中を飛び交う。
白露院の体は、その術中に縫い留められた。
――「貴方ほどの怨霊は、私一人では祓えない。だから、封じます。その恨みがいずれ昇華されるその日まで、お眠りください」
白露院の姿が、暴風のような悲鳴と共に結界の中に封じられた。
無数の呪縛が彼を閉じ込め、空間はゆっくりと沈黙に飲まれていく。
突風が吹き抜け、御三家の女の結い上げていた髪が、風に舞ってほどけた。
その姿に、私は息を呑んだ。
――似ている。私と。姿も表情も、魂の在り方すらも。
だから白露院は、執拗に私を狙ったのだ。
白露院を処刑した女、封じた女。私とは違うはずの誰かだけれど、私の血筋に確かに連なる人々。因縁が百年の時を超え、幾度も輪廻しながら、この現代まで伸びていた。
憎しみと怨念の底で、彼は、何故また現れたと思ったのだろう。
己を封じた女と同じ顔をした者が、堂々と自分の懐に入り込んできたのだから。
流れ込んできた記憶の影像が霧のように解け、私は再び現実へと引き戻された。
白露院は、地面を這いずりながらこちらへ向かっている。その姿は博士の矢によってもう人の形を保っておらず、黒い靄となって消えようとしていた。
最後の力を振り絞るように、まだこちらを見ている。
私は傷の痛みに堪えながら立ち上がった。
「……おい、その出血で動くなや」
背後から兄の鋭い声が飛ぶ。
それを無視して、ゆっくりと前へ進む。
ふらつく足取りのまま、私は、白露院の影のような体にそっと手を伸ばした。
そして、彼の崩れかけの頭部を、ゆっくりと抱き締めた。
白露院の動きが止まる。
白露院は恐ろしい怨霊として名を馳せているが、同時に、悲劇の人としても知られている。
陰陽寮に召され、当時最年少で高位の職を与えられた天才。
彼が研究していたのは動物霊のことだった。
貴族たちは彼の術を恐れた。とりわけ、研究のために貴族たちの愛玩動物を多く犠牲にしたことが問題視され、謀反を企てているなどと噂をされ、政敵によって処刑が決まった。
異端審問、見せしめの公開断罪。最後には、唯一心を許していた育ての親にすら裏切られた。
報われぬ努力。断たれた未来。
その憎しみと絶望は、やがて怨念となって後世を蝕んだ。
私は、腕の中の白露院に語りかけた。
「……報われなくて、信じていた人に裏切られて、罪人として処されて、苦しかったですよね」
黒煙のように揺れる白露院の体が、私の胸元で微かに震える。涙を堪えている子どものような、弱々しい震えだった。
「私は貴方のことを忘れません。後世まで語り継ぎます。貴方の悪行だけでなく、貴方の悲劇も、研究における成果も」
血の足りない私の声はもう、囁きのように掠れていた。
けれども、それでも彼に届いたらしい。
「……もう眠ってください。人に忘れられない限り、貴方の誇りに終わりは来ないから」
白露院の影が静かにほどけていく。
その目に、最後の光が戻り――一筋の涙が、私の腕の中に流れ落ちた。
それは、千年の呪いの幕引きにふさわしいほどに、穏やかな涙だった。




