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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 3 白露院

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獣たち



 普通の動物霊と見え方が違う。不自然に思い、さっき博士が射落とした鷹に目をやると、その違和感は確信に変わった。

 黒い塵が晴れていく中、その鷹の体が、制服を着た女子生徒の姿に変わっていく。ぐったりと地に横たわり、意識はない。ただの器のように空っぽだ。だがその体には外傷一つなく、命の気配も微かに感じ取れる。


「博士! 御霊具で祓えば人間に戻る!」


 私は地面に足を付けて刀を構えた。


「私から離れないで!」


 背中越しに博士に叫ぶ。博士の武器は弓。中距離の攻撃には向いているが、接近戦は私が引き受けるしかない。

 次の瞬間、虎が吼えるように牙を剥いて飛びかかってくる。その爪が届く寸前、私は一歩踏み込んで刃を振るった。

 刀が霊を断つ特有の感触を返す。斬り払った瞬間、虎の姿は霧散した。そこに現れたのは、また一人の生徒だ。意識はなくても、顔色は悪くない。生きている。


「……よし!」

「さすが優眠さんです。ブランクがあるにも拘わらず全く腕が衰えていない。これが終わったらぜひ正式にバディになりましょう!」

「ちょっ、待って、気が散る、今集中してるから話しかけないで」


 だが、そんな小さな安堵も束の間。

 視界の端から今度はクマが、地響きを伴って突進してくる。

 私は紙一重で避け、地を転がるようにして反転。刀を逆手に握る。斬撃が霊の皮を裂き、クマもまた生徒へと姿を変える。


 次から次へと動物たちは現れる。

 ハヤブサが猛スピードで旋回しながら空から急降下してくる。それを博士が冷静に狙い、淡々と矢を放つ。射られた霊たちは弾け、空に生徒の姿が舞う。


「上空は任せてください!」


 私は頷いた。

 博士の弓の腕は正確だ。さすが、全国大会に出ていただけのことはある。


 迫る狼を足払いで崩し、その首筋に鋭く刃を滑らせた。肉を裂く音の代わりに、霊が断ち切られる音が響く。どの霊も祓えば生徒に戻る。それが唯一の希望だ。


 でも、数が多すぎる。

 空中の敵は博士が射落としてくれている。それでも、地上は私一人では追いつかない。四方八方から霊が殺到し、踏み込みの隙を狙って獣たちが牙を剥く。私は刀を振るいながら、じりじりと後退していた。


「これじゃもたない……!」


 肝心の白露院の本体を祓いたいのに、見当たらない。

 声がしたから近くにいる。でも四方八方が動物だらけで、どこにいるか分からない。


 その時だった。

 ガチャ……ガチャガチャ……ガチャガチャガチャ! と、硬質な何かが地面を引きずり、ぶつかるような、不気味な音が闇の奥から響いてくる。私は次の獣を祓いながら、反射的にそちらへと目を向けた。


「……えっ……?」


 現れたのは――あの理科室にいたはずの、人体模型だった。

 教科書に載っているような、皮膚のない半身と、筋肉繊維と骨がむき出しになった、あの気味の悪い存在がこちらへ駆けてくる。その腕には、ミナト――意識のなくなった猫が抱えられていた。


『湊クンを返してェェェェェ!』


 泣き叫ぶ声は甲高く、機械のように震え、どこか悲しげな響きを含んでいた。猫をぎゅっと抱きしめながら、その顔が叫びとともに歪む。


「あんた、理科室から動けないんじゃなかったの!?」

『そんなこと誰も言ってないワ! 人体模型だからって理科室に縛られてると思わないで頂戴! 愛は場所を超えるのヨ!』


 人体模型は困惑している私をよそに、骨の間に挟んでいたらしい試験管を二本すっと取り出す。中には不気味な光を放つ、粘度の高そうな謎の液体が満ちていた。

 私が何それ!? とぎょっとしているうちに、人体模型は一瞬の隙を突いて、私に迫り来る動物たちの背後から素早く回り込み、勢いよく液体をぶちまけた。

 ぶしゃっ、と粘液が動物たちの背中にかかる。


 液体を浴びた動物たちの体が、じゅう……と音を立てて崩れるように形を変えていく。その中から現れたのは、またしても制服を着た生徒たちの姿だった。

 博士が驚いた顔でこちらを見ている。私も、思わず声が出なかった。


『ここに白露院がいるのネ!? 湊クンを返してもらわなきゃ困るワ! フンッ! フンッ!』


 妙な鼻息を吐きながら、人体模型はまた新たな試験管を取り出し、躊躇なく動物たちに向けて振りかける。

 一匹、また一匹と、黒い獣たちが崩れ落ち、元の人間の姿を取り戻していく。


 よく分からない……けど、助かっている。

 人体模型も、今は確かに味方のようだった。湊が囚われているからだろう。共通の目的のために、一時的でも肩を並べて戦っている。


 ……今のうちに、もっと祓って、白露院の元に。


 そう決意して、一歩踏み出しかけたその時だった。



『へえ。妙な人形を使役しているんだね』



 あのねっとりとした不快な声が、また耳をかすめるように響いた。

 まるで首筋に舌を這わせるかのような、ぞわりとした感覚が背骨を駆け上がる。


 ガッ、と、真横から、突如現れた狼が私に飛びかかっていた。

 考える暇もなかった。

 鋭く、重く、冷たい何かが私の腰に食い込んでくる。


「い、た……ッ!!」


 獣の牙が、骨に届くほど深く肉を裂いた。湿った音とともに、生ぬるい血が噴き出す。

 私の体はそのまま勢いよく宙を舞い――遠くへと吹き飛ばされた。


「優眠さんッ!」


 博士の悲鳴にも近い声が遠くで響く。けれど返す余裕はない。

 視界が回転し、天井が地面に、地面が闇に変わる。

 痛みと衝撃に意識がかき乱される。

 硬い石床に打ちつけられた体が軋み、骨の音が内側から聞こえた気がした。




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