一緒にするな
清光は冷たい声で続けた。
「体長70メートルほどもある巨大な神を、当時まだ小学生やった妹は呆気なく祓った。そら苦戦はしたと思うけど、村を呪いから解放するのに一時間もかからんかった」
嘘のような話だ。小学生の少女が、そんな怪異を相手にたった一時間。彼女が強いのは知っていたが、まさかそれほどとは。
「俺はその時、これまで見てきたどんな幽霊よりも、妹のことを怖いと思った。このまま除霊を続けさせてたら、あいつはきっと、一族の中の誰よりも強い除霊師になる。そんな予感が脳裏を過ぎった。やから俺は……」
一度、沈黙が落ちる。
「俺は、その才能の目を早めに摘んで、潰そうて思った。あいつをわざと除霊から引き剥がした。あいつが俺より優秀やったら、長男である俺に価値なんてなくなるからな」
その声には後悔も罪悪感もなかった。ただ、あるがままの事実を吐き出しただけのようだった。
俺は言葉を失う。優眠ちゃんの過去は聞いていた。博士がいる時は眠ったふりをしていただけで、俺には地上の声が届いていた。
優眠ちゃんは今も苦しんでいる。この兄のせいで絶望して、一人でやろうと決意して、失敗して、除霊をやめた。全部、この兄が優眠ちゃんにひどい言葉をかけなければ済んだことだ。こいつが余計なことをしなければ、優眠ちゃんは、俺の憧れの人は、今でも除霊師として活躍していたかもしれないのに。
清光は、ふっと俺に笑いかけた。
「やからさ、お前も、弟の才能潰したったらええんちゃう?」
それは、あまりに軽々しい発言だった。
「……は?」
「男のくせにうじうじと、弱音吐くだけで何もせんからあかんねん。比べられて苦しいんやったら、自分より上の奴を叩き潰して下に落とせばええんよ。負けん気が足りんわ」
悪意の塊のような軽薄な笑みに、ふつふつと怒りが煮えたぎってくる。
俺は拳を握り締めた。何を言ってるんだ、こいつは。
「俺は博士を羨ましいと思ったことはあっても、その才能を潰そうなんて思ったことはない。君と一緒にするな!」
思わず声を荒げた。
俺の言葉を受けて、清光はほんの一瞬、目を丸くした。意外そうな顔。次いで、口元を歪め、くっくっと肩を震わせながら笑い出した。
「なんやお前、ちゃんとできとるやん。人として。俺と違うて腐っとらん」
その声はからかい混じりだったが、どこか温かかった。
「そういうやつは大成する。人徳があるから助けてもらえる。たとえ除霊師の道やなくても、誰かに認めてもらえて立派な人間になるやろ。夢が叶わんことくらい、別に不幸なことやない。結果的に進んだ場所が目指していた道と違ても、そこが向いとるならそれでええんよ」
語る口調はあくまで軽やかだったが、その芯には妙な重みがあった。
「俺のちっちゃい頃の夢教えたろか」
唐突な言葉に、俺は思わず首を傾げた。
すると、清光は得意げに言う。
「ケーキ屋さんや」
あまりに意外で、つい心の中で、似合わない、と思った。
「本家の人間にそれ言うたら、殴られた。除霊師以外の職業全部、見下しとる奴らやから」
清光は、それを懐かしむように、苦笑まじりに言った。
まるで遠い日の、眩しくて痛い記憶をそっと指先でなぞるように。
「お前はまだ、自分で選べるんやろ。挑戦できる環境がある。やり直せる。どんな道でも生きていけ。何が幸か不幸かはお前が決めろ。五体満足で生まれたんやから、思うように好きに生きな損や」
その言葉は、不思議なほどにすっと胸に染みた。
きっと清光も、いくつもの道を失って、たどり着いた先で今、俺に言葉を投げている。
清光は立ち上がり、それきり俺の方を振り返ることなく、静かに背を向けて天を仰いだ。
「さっき、こういう空間に一度だけ閉じ込められたことあるて言うたやろ。それが、さっき話した村での話や。村で祀られてた得体の知れん神様に閉じ込められた時、妹が俺を助けに来た」
その背中には、二本の刀が背負われていた。おそらく、霊的存在に対処するための御霊具。特別な力を帯びたものだ。
清光は一歩、前へと進む。その足取りに迷いはない。
「――やから確信がある。俺に何かあったと分かればあいつは外から俺を助けに来る。あいつにはそれができる。当然白露院はあの村の神より凶悪なわけやから、それだけやったら無理かもしれんけど……それに加えて俺が、内側からこの空間をぶっ壊す」
言葉と同時に、清光は背の刀を二本、同時に抜いた。
金属の軋む音が空気を震わせる。
俺は息を飲んだ。ただの思いつきや勢いではない。彼は最初からここを壊すつもりで来たのだ。囚われた魂を解き放ち、動物に変えられた生徒たちを元の世界へ返すために。
「お……俺も何か、」
「どうせそこから動かれへんやろ。役立たずの霊体のお前は、おねんねしとき」
からかうような口調で言った清光は、刀を構えて地を蹴った。
残像のような動きと共に、鋭く刃を振るう。斬られたのは空間そのもの。まるで世界に走るヒビを、強引に広げていくような一太刀だった。
響く衝撃。空気が震え、空間が軋む。
彼の背中はかつて見た、俺の母親を祓った女の子の頼もしさに似ていた。
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