表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 3 白露院

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/42

怖いと思ったこと



 清光は俺の背後をちらりと見やり、唇の端をゆるめた。


「おー……結構おるなあ」


 呑気な口調のまま、生徒たちの列へと足を運ぶ。彼は虚ろな目をした一人の頬に、軽く掌を打ち当てた。


「あかん。もう、魂が死にかけとる」


 その声は、まるで他人事のように平坦だった。

 卒業生とはいえ、今はうちの生徒でもない人間が何でここに。いや、それよりも。


「……どうして動けるんですか? ここで」


 俺は、ここに来た時から鎖で雁字搦めにされたかのように動けなかった。

 しかし、清光の足取りは軽やかだ。まるで、わざと遊びに来たかのように。

 こちらを振り返った清光は、肩をすくめながら答える。


「俺はお前らとちごて、動物にされたわけちゃうもん。ここにいるお前らは魂だけで、肉体が地上で動物になっとるわけやけど、俺は生身や。白露院の封印を解いて、中に呑み込まれた」

「なっ……」


 思わず声が漏れた。白露院の封印を解いた? 何を言ってるんだこいつは?

 いつもなら空気の底から立ち昇るように囁いてくる、あの気味の悪い白露院の声が、今はまったく聞こえてこない。白露院は今、ここにいないのだ。

 背筋を冷や汗が伝う。


「……そんなとんでもないことをしでかしておいて、随分と落ち着いてますね。笑ってますけど、そちらもここにいればいずれ俺の後ろの生徒たちみたいになるんですよ?」


 俺がここに来る前から、生徒は何人かいた。それが一人、また一人と増え続け、最初ははっきりとした意識があっても、徐々に動かない人形のようになっていった。

 俺はそれをこの目で見てきた。俺の意識が他の人よりも残っているのは、おそらく俺が優眠ちゃんに接触し、関係を築いたからだ。白露院にとって、俺は優眠ちゃんを殺すための駒。仲良くさせて、油断させて殺すための駒だ。それを察したあたりから、俺は意図的に意識を地上に浮上させることがなくなった。

 たとえここで意識が途切れて死んでしまったとしても、優眠ちゃんを巻き添えにするなんて絶対に嫌だから。


「俺、こういうのに閉じ込められたこと、一回だけあるしな。その時大丈夫やったんやから、今回も大丈夫やろ」


 呑気なことを言う清光は、今度はまっすぐ俺の方へ歩いてきた。

 薄暗がりの中で、その目だけが妙に光を帯びているように見える。


「白露院からしたら、取り込むにしても動物にしてからの方が楽やったと思うんやけど。俺のことは動物にできひんかった。動物化には、何か条件がある」


 清光は、胡座をかいて俺の正面に座った。

 そして、考え込むように顎に指を置く。


「ここにおる生徒たちに心当たり聞こうと思てたんやけど、意識あるんがもうお前だけみたいや。サンプル少のうて信用度薄いけど、一応聞くわ。心当たり、ある?」


 清光の声のトーンが少しだけ低くなった。

 俺は目を見開き、言葉を絞り出すように口を開く。


「……俺は、死のうとしてました」


 そう言いながら、無意識に視線を落としていた。


「へえ?」


 清光の反応はあまりにも薄い。

 たったそれだけ。他人事の声だった。

 でもその気の抜けた調子が俺にとっては救いだった。重たい話に見合った真剣な顔を向けられるより、今日初めて会った無関係の男相手の方が、よほど話しやすかった。

 ゆっくりと、俺は心の奥底をさらけ出す。


「除霊師としての受験に失敗したんです。第一志望も、滑り止めも、全部落ちました。折角こんなに優秀な高校に編入したのに、俺の力は社会には通用しないみたいでした。高校での成績も底辺でした。それに比べて弟は、努力で何でもやってのけました。入試の成績だってトップだし、あいつには輝かしい未来が約束されてました。早期受験であいつのこの学校への入学が決まってから、俺はあいつと比較されることが増えて……それで、死のうとしました。心が弱っていたから、白露院に干渉されたんだと思います」


 声が自然と掠れる。

 そこまで口にして、自分でも気づかぬうちに拳を握りしめていた。


 除霊師を目指して、途中で挫折した人間は、一般就職も難しくなる。どこの面接を受けたって、どうして諦めたんですか、と聞かれるだろう。〝途中でやめた人間〟というレッテルが一生付きまとう。


「――俺は、先の未来が見えないことにも、弟というプレッシャーにも耐えられなかった」


 そんな俺の語りを、清光は淡々と聞いていた。

 そして、鼻で笑いながら吐き捨てる。


「男のお涙頂戴、あくび出るわあ」


 薄ら笑いを浮かべながら、肩を揺らしている。

 変に慰めようとするわけでも、同情してくるでもない。ただその場に立って、聞いていただけという態度だ。それが逆に、楽だ。


 ふいに、清光がぽつりと呟くように口を開いた。どこか遠くを見るような目で。


「お前、その弟のこと、怖いて思ったことある?」


 唐突な問いに、すぐに言葉を返すことができなかった。

 清光は俺の反応も待たず、勝手に話を続ける。


「俺はあるよ。俺より年下のはずの、実の妹を怖いて思ったこと。昔はなあ、俺、どこへ行くにも妹を連れていっとった。あいつ、筋がよくてな。除霊の才能だけは俺よりずっと上やった。やから、俺は妹に霊を祓わせてた。仕事の大半はあいつに任せて、俺は横で指図するだけ。でも手柄は、全部俺のもん。そういう役割分担やった」


 清光が、ふっと笑う。けれどその笑みには、どこか影が差していた。


「ある年、妹と一緒に、とある村に除霊で呼ばれた。その村は、呪われた村やて言われとって、地図にも載ってへんかった。数百年も前からある、ド田舎の閉鎖的な村でな。妙なモンを祀っとった。人間が祀るせいでそれはどんどん力を増して、ついには村の人間を殺し始めた。それを鎮めるために、代々村の子供を生贄に捧げる風習があったらしいんやけど、要求される子供の数がどんどん増えて、困った村人から俺ら一族に依頼が来たってわけや。あの得体の知れへん神を祓ってくれ、ってな」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ