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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 3 白露院

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33/42

あなたと除霊がしたい



 気まずくて視線をそらす。わずかな沈黙が走った後、次に口を開いたのは、博士だった。


「分かりませんか? 僕は、推薦枠がほしいわけでも、付属大学に進学したくてこの学校に入学したわけでもないんです」


 その声音が存外悲しそうで、私は思わず顔を上げる。



「僕は、優眠さんと除霊がしたいんです」



 博士は私をまっすぐに見つめていた。

 その言葉がずくんと体に浸透してきて、鞘袋の紐を握りしめた。


 私は独りぼっちのくせに、独りを選んできたくせに、独りじゃ何もできない。

 人の命を奪って除霊から逃げた。さっきだって、自分が出しゃばってもろくなことにならないと思って、覚悟が揺らいでいた。

 でもこの人は、学校一の優等生は、あの日私が殺した女性の家族は、私と除霊がしたいと言う。

 何でよりにもよって私が一番罪悪感を抱えている一族が、私のことを独りにしてくれないんだろう。ずっと手を差し伸べ続けてくれるんだろう。


 私の頬を、涙が一筋伝った。

 博士がぎょっとして、「やはりあの男、一発見舞わせておくべきでしたか?」と慌てる。

 「優等生なのにバイオレンスだね……」と私は苦笑しそうになったが、それすらも押しとどめた。


 胸の奥でずっと渦巻いていた言葉を、やっと外に出す。



「――ミナトの意識が、なくなった」



 博士が息を呑む。

 私が体調を崩した辺りから、ミナトはずっと猫のままだ。本当は、実の弟である博士にこんなことを言ったら動揺すると思って、黙っているつもりだったけれど。一緒に行くのなら、先に伝えておいた方がいい。


「……それは確かですか?」

「分からないけど、一日中ずっと猫のままでいることはこれまでなかったから、多分もう、時間がないと思う……」


 俯いて答えた。

 私は焦っている。冷静さを欠いている。だから本来はもっと事前準備をしてから向かった方がいい場所へ、単身で乗り込もうとしていた。


「だから博士、一緒に行こう」


 私は意を決して頼んだ。


「分かりました」


 博士が覚悟を決めたように返してくれる。


「すぐに準備をして、僕も行きます」


 私は頷いて、涙を手で拭った。

 そうだ。私一人じゃ何もできなくても、この人と一緒ならどうにかできるかもしれない。

 山本家の人間を、今度こそ守ってみせる。



 ――その時、ズドンッと、まるで大砲でも撃ち込まれたかのような衝撃が校舎を揺らした。


 廊下の電気がチカチカと点滅し、窓ガラスがわずかに鳴る。けれど揺れはそれきりで、すぐにぴたりと静まり返った。


「何? 地震?」

「珍しいね~この辺揺れないのに」


 廊下を通る生徒たちの呑気な声が聞こえてくる。

 けれど私の背筋には、ぞわりと氷が這うような悪寒が走っていた。


 地震? いや、違う。ものすごく嫌な感じがした。


 胸の奥を冷たく湿った指で掴まれたような、嫌な感覚がする。私は咄嗟に窓の外を見た。

 空が不自然なほど暗くなっている。その向こうから、大きな雨雲が蠢くように近付いてくる。同時に、無数の霊の気配が寄ってきている。


「まさか……」


 まさかあの馬鹿兄、白露院の封印を強固にするどころか、封印を壊して引きずり出したんじゃないよね? 確かに、一度外に出さなければ祓えない。でも、だからって壊れかけの封印を意図的に壊すなんて。

 最悪だ。よりにもよって、一般客もいるこのタイミングで。


 手のひらがじっとりと汗ばんでくる。その時、私の肩に乗っていた兄の式神が、ぱっと燃えるように消えた。


「……え?」


 まるで、霊力そのものが焼き切れたかのように。かすかな焦げた香りとともに、式神の気配が、何の前触れもなく途絶えた。

 ありえない。あの式神は、兄の霊力が安定している限り消えることはないはずだ。

ということは。


「博士、急いで!」


 私は博士の背中に叫んだ。


「このままじゃ、本当に白露院が復活する……!」


 雨雲の向こうからは、確実に悪霊が引き寄せられてきている。白露院の気配は、人ならざる者にとって相当魅力的らしい。まだ時間はありそうだが、このままでは無数の悪霊が一気にこの学校の敷地内に訪れる。

 兄は本家に連絡を入れろと言ったが、京都にいる本家に連絡したってこちらへ来れるのが何時間後か分からない。その前に悪霊が押し寄せてきたら終わりだ。



「ご事情は把握しました」


 不意に、背後から澄んだ、けれど芯のある声が届いた。

 振り返るとそこにいたのは、花恋さんだった。


「き、聞いてたの?」

「問題ありません。この学校には、わたくしの下僕カレシが三十人ほど控えております。その者たちに即時連絡をいたしますわ。お兄様と優眠様は、白露院の元へ向かってください」

「でも、結構な数が来てるのに……止められる?」

「一般客に被害を与える前に全て祓ってしまえばいいことです。それに……」


 花恋はさらりと言ってのけた。


「わたくしは、優眠様とお兄様の実力を信じています」


 その言葉に、私は一瞬、言葉を失った。

 そして、小さく頷いた。


「……分かった。この学校のことは、花恋さんに任せる」


 次の瞬間、花恋さんの目がぱちくりと見開かれた。

 そして。


「ゆ、ゆ、ゆ、ゆみ様にっ……! た、た、頼み事をされたぁぁぁぁっ!」


 ぎゅっと両手で顔を覆ったかと思うと、彼女はその場でのたうち回り始めた。

 そんな花恋さんの謎ムーブを呆然と見ていると、遠くから博士が駆けてくる足音が聞こえた。博士は弓を携え、こちらへまっすぐ走ってきている。


 私は刀を持ち直し、博士とともに走り始めた。





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