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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 3 白露院

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30/42

もしも私がもう一度



 しばらくして、医療従事者たちが慌ただしく部屋に流れ込んできた。誰かが女の名前を呼び、誰かがモニターの数値を読み上げていた。

 私は一歩も動けず、世界から取り残されたようにただ呆然と立ち尽くしていた。

 周囲の声も自分の心音も、妙に遠く感じた。唯一はっきりと聞こえたのは泣き声だった。

 廊下の向こうで私を見ていた三人の子どもたちが、いつの間にか部屋に入り込んで、遺体を見ながら泣いていた。

 顔をくしゃくしゃにしながら、「お母さん」と呼ぶ声が、何度も何度も響いた。


 それを聞いて私はようやく理解した。この女は彼らの母親だったのだと。そして私は、彼らの母親を殺したのだと。


 何を勘違いしていたのだろう。

 私は輝く兄のようにはなれない。覚悟も判断も、足りなかった。

 ――〝妹〟である私が出しゃばったところで、ろくなことにならない。




「ニャア」


 ぺし、ぺし、と柔らかな肉球が頬を叩いてくる感触で目を覚ました。視界にぼんやりと映るのは、私の顔を覗き込む一匹の猫、ミナトだった。

 その目は心配そうに揺れ、何度も顔を叩いて私を起こそうとしている。


 口の中がひどく渇いている。喉が焼けつくようで、起き上がると同時に激しく咳き込んでしまった。額は汗でじっとりと濡れており、全身の節々が重い。

 もう三日、高熱が続いていた。学校にも行けず、食欲もなく、ただ布団の中で悪夢にうなされ続けている。


 博士には、白露院が封じられている場所だけをメールで知らせた。すぐに見舞いに行くと言ってくれたが、文化祭準備の中心人物である彼に風邪をうつすわけにはいかない。私は放っておけば治るから、と固くお断りした。代わりに、私の部屋のドアノブには、毎日差し入れのようなポカリと、ちょっとしたご飯がかけられるようになった。〝食欲があったら食べてください〟という書き置きとともに。

 妙な感じだ。これは普通の風邪じゃない。おそらく、白露院に乗っ取られた人間と接触したせいで、その気にやられているのだろう。あの時締められた首がまだ、時折じんじんと痛む。


 思考が濁っていく中で、不意にインターホンの電子音が響いた。

 私はふらふらと立ち上がり、手すりに掴まりながら玄関のモニターを覗き込む。


 そこに映っていたのは知らない生徒だった。


『真中サーン。真中サーン』


 制服を着てはいるが、どこか様子がおかしい。頭がわずかに傾いていて、目はぎょろぎょろと異常な速さで動いている。その動きに生気はなく、まるでこの世のものではない何かに操られているかのようだった。


『真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン。真中サーン』


 ……またか。

 私はため息をついた。


 無視してベッドへ戻ろうと背を向けたが、ドンドン! ドン! ドンドンドン! と、後ろから扉を激しく叩かれる。ガチャッ、ガチャガチャッと、何度も無理やりドアを開けようとされる音も続く。


 この三日間で、白露院に乗っ取られた生徒が、六人も私の部屋を訪れてきた。

 白露院は私を殺そうとしている。

 どうやら花恋さんの読みは正しかったらしい。



 私はソファに腰を下ろした。全身の熱はまだ引いていない。

 視線をローテーブルへ落とすと、そこには一枚の紙がある。宅配便の不在票だ。手を伸ばし、それを指先で摘む。細い紙の表には、実家の住所が記されている。


「……ミナト」


 隣で丸まっていた猫に声をかける。

 猫の耳がぴくりと動いた。けれどまだ、ミナトの意思は起きていないようだった。


「嫌な思い出と真正面から向き合うのは、きついよね」


 私は視線を下げ、不在票をぎゅっと握る。心のどこかで、まだ迷っている。


「分かるよ。私も、逃げ続けてる人間だから」


 それでもぽつりと、自嘲的に問いを投げた。



「……もしも私がもう一度除霊をしたら、ミナトも勇気を出してくれる?」



 猫は反応しなかった。





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