馬鹿みたい
花恋さんは、渋い顔をしているであろう私を一瞥した後、
「最悪、優眠様が白露院を祓ってください」
さらりとそう言った。
「優眠様ならできますよ」
「いや、祓うのはさすがに……」
「できます」
否定しようとする私の声に、花恋さんの声が重なる。
「わたくし達を救った優眠様ならできます」
一切の揺らぎがない、確信に満ちた口調。
除霊師を志す人間なら、誰しも白露院の恐ろしさは習っているはずだ。なのに何故そんなことが言い切れるんだろう。
……無理だよ、と、私は掠れた声でそう言った。
「私もう、人間の幽霊を祓うのはやめたの」
沈黙が流れる。私は俯いたまま、花恋さんと目を合わせることができなかった。
小さな声が返ってくる。
「……それは、何故ですか?」
博士には伝えたが、この子は知らない。
言わずに済ませたいと思った。でも、それは花恋さんに対して不誠実だろうとも思った。
「花恋さんたちの母親を、私が殺してしまったからだよ」
言葉を絞り出した途端、全身がずしりと重くなったような気がした。
花恋さんの声が上ずる。
「殺した? そんな風に感じていたのですか? まさか、だから除霊をやめたんですか?」
顔を上げると、花恋さんは納得がいかないとでも言うように、険しい表情でずいっとその整った顔を近付けてきた。
「母は苦しんでいました。植物状態のまま、生霊となって同じ病院の入院患者に取り憑いて、入院患者を殺し続けていました。医者ももう目覚める見込みはないと言っていて……どうせ死ぬなら、これ以上他人を傷付けずに死にたいと、母だってそう言ったはずです」
真剣な花恋さんに何も言えず、私は再び目を伏せた。
残された側には何とでも言える。いなくなった人は喋らない。あの時、花恋さんの母が本当にそう思っていたかなんて誰にも分からない。
私の手で祓われたあの人は、私を今も恨んでいるかもしれない。
「確かにあの時は、わたくしも幼くて、理解が追いついていませんでした。母を祓ったあなたのことを恨みもした。でも今なら、あの状態で生き続けることだけが正解だとは思いません。おそらく兄様たちもそうです。あなたは最後に母のことを、生者を殺し続ける苦しみから解放してくれた。だから兄様たちは、あなたに憧れてこの学校に進学したのではないですか?」
花恋さんがあの時の話をするたびに、自分が初めて人を殺した時の、あの無機質な病室を思い出して心が痛い。もう思い出したくない。
何で。何であんな風に泣かせた子どもたちが全員、今更私に関わってくるんだろう。私はもう忘れたいのに。もう除霊と関わりたくないのに。
「あなたがプロの除霊師の界隈でどう呼ばれているかご存じですか」
「……知らない。除霊師とはもう関わってないの」
「表舞台から姿を消した稀代の天才除霊師。今も除霊を続けていたら、あちこちで引っ張りだこの真中清光に並んでいたと言われています」
花恋さんに事実を突きつけられても、胸の奥は重たいままだった。
「だからわたくしは思いましたの。あなたが引退したという噂を聞いた時から、どんな手を使っても、あなたを表舞台に引きずり出してやろうって」
花恋さんの目は真剣だった。私は逃げるように視線をそらす。
「……ごめん。私はもう除霊はしない。この学校にいるのも無理やり入らされただけで、卒業後は別の進路を考えてる。白露院のことも、私より適任がいると思うよ」
途端、花恋さんは、苛立ったように私の制服の胸元を掴んだ。
「私のっ、私たちの人生を、百八十度変えさせておいて! 何ですかその無様な面は! あなたの才能を潰したのが私達の母親だと言いたいんですか!?」
「違っ……」
「なら、辛くてもトラウマでも、また除霊をしてください! お兄ちゃんたちや私に申し訳なかったと思うなら、それがあなたにできる私達への報いです!」
彼女の言葉が、胸に鋭く突き刺さる。
迷いも逃げ場も与えられなかった。
この子は本気だ。本気で私を除霊師の道に戻そうとしている。
花恋さんは我に返ったようにはっとして、私の胸元から手を離した。
「……すみません。熱くなりすぎました。優眠様が舐めたことを言うから……」
「ご、ごめん……」
「いえ。謝らなくていいんです。……ただ」
花恋は静かに息を吐いた。怒気はすでに消え、代わりに滲んでいたのは悔しさだった。
「……あなたがそんな態度だったら、一般家庭出身のくせにあなたに憧れて除霊師を目指してるわたくしたちが、馬鹿みたいじゃないですか」
目を伏せる彼女の肩が、わずかに震えていた。
遠くで昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
私は何も言えないまま、悲しそうに立ち去っていく花恋さんの小さな背中を見ていた。




