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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 2 理科室の声

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27/42

花恋の乱入



 ◆



 結局昼休み中ずっと、人体模型はミナトのことを離さなかった。

 私はミナトを可愛がる人体模型を眺めながら、これからどうしたものかと考えていた。

 白露院が封じられている場所は分かった。私としては、あとはこれを先生たちに報告して、プロの除霊師に依頼して任せたいところだ。

 でも博士は、白露院を自分の力でどうにかしたいと言っていた。確かに白露院を祓うことができれば推薦枠が取れるのは確実である。

 でも、そんな簡単にうまくいくようなことでもない。いくら元々の封印の壊れたところを直すような作業とはいえ、一生徒にどうにかできる気もしない。

 ……私、何でこんなに悩んでるんだろう。

 以前までの私なら、この情報を博士に与えて、除霊したいなら好きにすればって適当に投げていた。なのに今は、博士を止めたいと思っている。



 昼休みが終わる頃、私は猫に戻ってしまったミナトをそっと腕に抱え、理科室の扉を開けて廊下へと出た。

 その瞬間、粘り気の強い視線を感じた。

 廊下の奥、日の当たらない薄暗がりに、一人の女子生徒が立っている。

 見慣れない顔。茶色の髪を肩のあたりで切り揃えた少女が、じっとこちらを見ていた。


「真中優眠さん」


 その女生徒が柔らかく名を呼ぶ。


「あたし、二年の松崎って言うの。一緒に遊ばない?」


 唐突すぎて、すぐには返事できなかった。

 腕時計を見ると、昼休みの終わりが迫っている。次の授業が始まる前に、早く移動しなければならない。授業と言っても午後は文化祭準備の時間なので、見つからなければ怒られないが。


「そろそろ次の授業ですけど……」

「そんなのいいわ。一緒に遊びましょう」


 松崎さんはその場から一歩も動かず、手だけをひらひらと振って手招きしてくる。暗がりの中、その白い指がやけに浮かび上がって見えた。


「……あの、そんなところで何をしてるんですか?」


 松崎さんは答えなかった。ただにこりと、作り物めいた笑顔で私を見つめる。霊の気配は感じない。しかしどうにも様子がおかしく、引っかかる。

 一歩、彼女に近付こうとした。その時だった。


「――優眠様、そこで何をなさっているのですか?」


 凛と澄んだ声が背後で響く。

 吸い寄せられるように松崎さんに近付きかけていた私は、はっと我に返ったような心地だった。

 驚いて振り返ると、制服姿の花恋さんが立っていた。彼女はほうきを手にして眉をひそめている。


「……花恋さんこそどうしてここに?」

「中等部の清掃の時間は、高等部と違って昼休みの後ですのよ。わたくしはこちらの校舎の廊下の清掃係です」


 言いながら、花恋さんの視線は廊下の奥に向けられていた。

 私もその視線を追うように、再び松崎さんのいた廊下の奥に目を向ける。――そこにはもう、誰もいなかった。影も足音もなく、忽然と消えている。


「……今の方、お知り合いですか?」


 花恋さんが尋ねてくる。


「いや……面識はないはずだけど」

「では、優眠様はあの方に対して、何も感じませんでしたか? 霊と人が混じり合ったような、何やら妙な気配でしたが」


 花恋さんは一歩こちらに寄りながら、慎重な口調で言う。


「……何も感じなかった」

「おかしいですね。わたくしよりも優眠様の方が、そういう勘は鋭いはず……。意図して特定の相手に異質さを隠せているとなると、相当強い幽霊だと思います」


 私が答えに詰まっていると、花恋さんが続ける。


「最近あんな風に、他の人がいない場で、誰かに話しかけられたことはありませんでしたか?」


 胸の奥がざわついた。

 思い出すのは、さきほどのカラスのことだ。


「男子寮の寮長さんなら何度か……」


 私がそう言った瞬間、花恋さんの表情が強張る。


「男子寮の寮長は、夏休み中に行方不明になってますわ」


 時が止まったような感覚に襲われた。

 じゃあ、ミナトを抱えていた時に話しかけてきたあの人は、一体。


 ……いや、あれが白露院が乗っ取った入れ物だと考えれば辻褄が合う。もしも白露院が、動物にした生徒の魂を蝕んで入り込むことができるだけでなく、その生徒の人間の姿を模倣することができるとしたら?

 そうだとしても、おそらく人間としての姿の作りは荒い。動物ほどうまく形を保てないのだろう。だからさっきみたいに、引っかかれるなどの多少の衝撃で溶けてしまう。

 そんな仮説を胸に抱いていた時、正面の花恋さんが静かに目を伏せ、ふう、とひとつ息を吐いた。


「……あのキモい人体模型も言っていましたが、やはり白露院の狙いは、優眠様だと思います」


 花恋さんの視線がまっすぐ私に向けられる。


「ご自覚がおありですよね? 生徒が行方不明になり始めたのは、優眠様がご入学される少し前からです」


 その言葉が、胸の奥に静かに沈んでいく。

 私がこの学校に来たせいで、白露院が動き出した――そう言われているようだった。


「白露院は、平安の世で自分を封じた御三家を恨んでいます。その生き残りの一家の末裔である優眠様が、わざわざ堂々と自分の懐の中に入ってきた。黙っているはずがありません」


 私は口を挟んだ。


「でも、同じ末裔である私のお兄ちゃんはこの学校の卒業生だよ。お兄ちゃんの在学中は何もなかったのに……」


 ほんのわずかに、花恋さんの眉がぴくりと動く。


「あの、テレビで己の力をひけらかしている目立ちたがりのお兄様ですか? 白露院にとって彼は、わざわざ無理をしてまで殺すほどの器ではなかったということでしょう」


 言い放つ口調に少し毒が混じっている。人の兄に対してなんてひどい言い草だろう。

 花恋さんはさらりと髪に指を通して続けた。


「というのは冗談として、おそらく時期ではなかったのでしょうね。数年前は白露院の封印がまだ効いていて、動きたくても動けなかったのでしょう。怨霊の考えることはよく分かりませんが」




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