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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 2 理科室の声

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恋は乙女を強くする



 正直舐めていた。おそらくこれは死んだ人間の霊が取り憑いたものではない。物そのものに強い魂が宿っている。

 しかもこの人体模型、何故かそこらの幽霊よりずっと強い。ポルターガイストまで起こしてきた。この程度の装備で相手にできる存在じゃないかもしれない。……だから撤退したいのに、体が動かない。

 内心汗ダラダラで焦っていたその時、凛とした声が響いた。


「僕の優眠さんを拘束しないでもらえますか」


 ……いや僕のって何だ? と私が心の中でツッコミを入れているうちに、人体模型の動きが変わる。首だけが回転して博士のほうへと向いた。遅れて上半身がくるりと捻れる。

 じーーーーー。

 人体模型が無言で博士を凝視した。博士は微動だにせず人体模型を見返している。随分強気な態度である。


『……ふぅん……』


 人体模型はしばしの沈黙の後、ふてくされたようにため息をついた。


『残念だけど、アナタ、好みじゃないワァ。女同士の会話に入ってこないでちょうだい』


 そして、すらりと長い指を伸ばし、ピンッと中指で空気を弾くような動作を続けた。


「……っ!」


 瞬間、理科室全体が軋んだ。窓がガタガタと揺れ、棚のビンが一斉に鳴る。空気の流れが変わった。突風のような力が生まれ、博士めがけて渦を巻く。

 博士のカーディガンの裾が舞い、風が唸りを上げた。博士がかけていた眼鏡が、その風にあおられて吹き飛んでいく。

 露わになった博士の素顔。形の整った目元が理科室の白い蛍光灯に照らされた。


 模型がぴたりと動きを止める。強風も止まり、室内が一瞬、静まり返った。

 人体模型の目が、いや、目の描かれた白い球体が、大きく見開かれる。


『あらやだッ! イケメンッ!』


 人体模型は片手を口元に添え、恥ずかしそうにクネクネし始めた。

 場の空気が妙な方向へと傾く。さっきまでの殺気立った空気はどこへやら、人体模型の目は完全に乙女のそれだった。

 博士はようやく風が止まったことに安堵したのか乱れた髪を整えた後、眼鏡を拾い上げてかけ直した。

 すると、イケメン度が半減した。

 途端、人体模型がスン……と大人しくなる。


 ――次の瞬間。人体模型が博士に気を取られている隙に、花恋さんが一気に走り込んで人体模型と距離を縮めた。持参したらしきロープを構えたその姿は、どこか狩人めいていた。


「さっきはよくも優眠様の前で恥かかせてくれたわねっ!」


 怒声とともに、花恋さんの体が宙を舞う。身が軽い。次の瞬間、花恋さんは人体模型の背に着地し、そのままその首と胴に縄を巻きつけた。抵抗する暇も与えず、慣れた手付きと素早さで人体模型をがんじがらめに締め上げていく。


『アッ! やん! ちょっと、アタシのボディに何を……!』


 粘ついた声が空気を汚した。今度は花恋さんにもその声が聞こえたようだった。


「うるさい! キモいこと言うな!」


 花恋が容赦なくロープを引いた。


『アッ! 強すぎッ! アタシに緊縛の趣味はないわッ!』


 悲鳴とも喘ぎともつかぬ声を上げながら、人体模型は情けなくのたうち回ったが、花恋さんの縛りは完璧だった。縛り上げられた人体模型は、床に転がされ、もうぴくりとも動けない。

 よく見ればあの縄は、霊の力を弱体化させる作用を持つ御霊具だ。

 ようやく私の体も自由に動くようになった。


 私の視線に気付いた花恋さんはハッとした様子で咳払いした。さっきまで怒りに燃えていた顔に、慌てて取り繕うような微笑みが浮かぶ。


「あ、う、うふふ。わたくしったら取り乱してしまいましたわ。さてお兄様、こいつ、このまま祓っちゃいましょうか?」


 博士は首を横に振り、ゆっくりと人体模型に近付いた。


「ここまで強い魂を宿している個体となると、この場では供養できないでしょう。人形供養は僕たちの専門外です。……それに、彼にはまだ確かめなければならないことがあります」


 博士の目が鋭く人体模型を見据えた。


「この学校のどこかに封じられている白露院の本体の気配がどこにあるか……あなたには分かりますか?」


 その問いかけに、縛られた状態の人体模型はぷいっと顔を背ける。どうやら素直に答える気はないらしい。

 私はそっと博士の腕を引き、こそっと耳打ちした。


「博士、もしかすると眼鏡外して交渉した方がいいかも」

「……何故ですか?」

「いいから。早く」


 少し怪訝そうに眉をひそめた博士だったが、私の真剣な顔を見て何か理由があると察したのか、眼鏡を片手で外して胸ポケットにしまう。

 刹那、人体模型の首が、異常な速度でぐりんっと博士の方を向いた。関節が悲鳴を上げるように軋む。

 そして――その目から、ぽたり、ぽたりと涙が落ちた。


『……眼鏡を外すと本当にイケメンね……アナタ……』


 低く湿った声が、空気を揺らす。


『アナタ、以前ここで授業を受けていた、もう会えない〝あの人〟に似てる』


 人体模型が奇妙なことを言い出すので、私はしばし考えてしまった。

 この高校に何もかもずば抜けている博士に似た人物などいるだろうか。おそらく見た目がという話だろうが、博士みたいな顔をした生徒を私は見たことがない。いるとしたら話題になっているだろうし……と考え込んだ後、ふとある可能性を思い付いた。


「その人ってもしかして……ミナトって名前だったりする?」


 人体模型に慎重に近付いて問いかける。

 すると、人体模型の頭がガクガクと揺れながらこちらを振り向く。ぽたりとまた一雫、涙がこぼれた。嗚咽が空気を震わせる。


『そう、湊クン。山本湊。アタシはあの男子生徒に恋をしたノ。だから強いノ。恋心は、乙女を強くさせるのヨ』


 人体模型が語りだした。




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