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ガリ勉優等生・山本博士の霊障事件手帖  作者: 淡雪みさ
FILE 2 理科室の声

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山本博士の妹


 十月の風が校舎をなでる午後。赤く色づいた葉が、窓の外をふわりと舞っていた。

 放課後の校内は普段にも増して賑やかだ。各教室や廊下からは、ガムテープを引きちぎる音や脚立を運ぶ声、霊的結界の確認用呪文まで飛び交い、まるで戦場のようだった。


「こっちの結界、もう一度張り直して! 風属性の式札じゃないと霊圧に負けるって言ってるでしょ!」

「昨日の夜中に展示物が一体動いたらしいよ。やっぱアレ封印ミスってたんじゃね?」


 普通の高校ならこんな会話は起きない。でもここは、霊冥高等学校――国家公認の除霊師を養成する特別な学校。文化祭といえどただのお祭りではない。この学校の敷地内は、何が起こってもおかしくないのだ。

 来場者ひとりひとりには、『来場は自己責任とします』という不気味な注意喚起がなされ、生徒たちが交代で護衛として付き添い、文化祭の最中、不測の事態への対応を行う仕組みになっている。


「来場者リスト、確認完了しました。都市部から来るテレビ局スタッフの護衛には教員が付きますので、我々は気にしなくて問題ありません」


 教卓の前にいる山本博士が、眼鏡を光らせながら高らかな声でクラス全体へのお知らせを告げた。

 いつも思うが何故こういう行事ごとが近付くと毎度山本博士が取り仕切るのだろう……と有り余る積極性に感心した。


 ――文化祭。学校行事。私が最も苦手とするイベントが始まろうとしている。


 正直必要以上に頑張りたくない。椅子に座って聞いてるだけでいい授業の方が余程楽だ。

 忙しそうにしているクラスメイトたちの間をのらりくらりと動き回り、〝なんかやってる感〟を出しながらスローな動きで準備を手伝う。この繰り返しだ。


「真中さん、悪いんだけど資材室から新しい段ボール借りてきてくれない?」


 そう声をかけてきたのは、クラスの中心にいる女子。私は「うん、いいよ」と素直に頷きながら、内心、ラッキー! とガッツポーズを決めていた。

 教室を出て廊下をゆっくりと歩く。用事を名目に教室の外に出られるなんて最高のサボりタイムだ。できるだけゆっくり行って、できるだけゆっくりと帰ってこよう。


 そんなことを考えながら歩いていると、廊下の途中で男子生徒たちが一列に窓際に並び、やけに盛り上がっているのが目に入った。


「来たぞ、中等部のマドンナ!」

「マジでかわいい~清楚系最強ビジュ」

「中等部のクールビューティー! 一回見てみたかったんだよな~」


 何事かと彼らの視線を追うと、そこには友人たちと外を歩いている一人の少女がいた。


 ――山本花恋やまもとかれん


 中等部二年生。除霊術の成績は中等部でも群を抜いて優秀。けれどそれ以上に目を引くのは、その容姿だった。

 腰に届く長い黒髪は艶やかで、前髪から頬にかかる曲線まで計算されたかのように美しい。きりりと引き締まった瞳には深い藍色が宿っており、見つめられた者は思わず姿勢を正してしまいそうになる。気が強そうで少しとっつきにくい印象を受けるが、男子の言ったクールビューティーという言葉がしっくり来る美人だ。

 細身の制服の上に羽織った薄手の白いカーディガンは、風に揺れながらも決して乱れない。所作ひとつひとつが上品で、控えめな歩幅さえも大和撫子の言葉を体現していた。

 その美貌と圧倒的な存在感。男子たちが注目するのも頷ける。


 文化祭は、普段校舎の場所が異なり関わる機会のない中等部と高等部の合同で行われる。こっちの校舎で中学生を見かける珍しい機会だ。


「あれで成績もいいんだろ。さすが博士の妹だよな」

「ありゃ博士が可愛がんのも分かるわ~」


 男子たちはまるで宗教的な陶酔にでも浸るかのように彼女を眺めながら、衝撃の事実を口にした。


 えっ……あいつ、あの子が妹なの!? と、驚いて私まで窓の外に釘付けになった。

 何度見ても超美人だ。山本家は美形の家系なのかもしれない。神様は不平等……と地味に劣等感に苛まれた。まあ、どうでもいいけれど。



 ◆


 長かった一日がようやく終わり、私は伸びをしながら校舎を出る。

 秋の夕暮れは早く、空には茜色が広がっている。今日はずっと文化祭の準備で慌ただしかった。早く寝転がりたい。


 ようやく一息できると思いながら校舎の裏手から寮へと続く小道を歩いていた矢先だった。


「……ん?」


 通りの脇にあるフェンスの向こう。男子寮の方角にあるちょっとした芝のあたりで、何かが動いた気がした。

 私は足を止め、目を凝らす。草むらの間から、ふわりと灰色の毛玉が現れる。


「ちょっ……あんた、なんで外出てんの!?」


 思わず駆け寄ると、猫――ミナトはこっちを見上げ、「ニャア」と短く鳴いた。今日は学校に連れて行かず、寮の部屋に置いてきたはずだった。なのにどうしてか外に出ている。


「……また意識ないんだ」


 私は呆れたようにため息をつき、猫をそっと抱き上げる。ふわふわの毛並みの下からしっかりとした体温を感じる。


 ……昨日の夜は元気に喋ってたのに。


 正直、ミナトの意思が猫に侵食されるたびに焦りが生じる。あれから私も、幽霊を見つけたらその後を追うようにしているけれど、白露院の居場所は一向に見つからない。山本博士も捜しているとは思うが、忙しい文化祭準備期間に入ってしまったので、以前よりも捜す時間がなくなっていると思う。

 そうこうしているうちに山本湊という人間が本当にいなくなってしまったらどうしよう、と不安を覚えていると。



「その猫、なぁに?」



 すぐ後ろから、低くて甘い声がした。




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