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離婚の理由は  作者: @眠り豆


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最終話B 呪縛の理由

 Y嗣は亡くなった。

 自殺だった。

 彼はR々那を殺し、その罪悪感から逃れるために自殺をしたのだ。


 彼女がT佳子とY嗣の住むマンションにやって来たのは、結婚式が中止になってしばらく経ったころだった。

 かなりお腹が大きくなっていた。

 もっともT佳子はR々那と会っていない。彼女の遺体が運ばれた後で監視カメラの映像を見せられて、茫然自失のY嗣の代わりに相手の女性がだれかを確認させられただけだ。


 R々那とその母親は、A社社長の家を追い出されていた。

 会社の席もなくなっている。

 母親のほうは前妻殺害の罪で逮捕されていた。A社社長の仕業として密告したにもかかわらず、証言の矛盾と証拠の偽造に気づかれて本人が犯人だと露呈したのだ。社長が彼女を後妻として受け入れたのは、前妻殺害の罪を着せてやると脅されたからだった。


 母親とも離れ、R々那には行く場所がなかった。

 彼女はY嗣以外の男性とも関係を持っていた。

 結婚するはずだったM臣に暴露されたりしないで済むように、どの男性にも壊したくない家庭があった。だからR々那を受け入れる男性はいなかった。巻き上げた口止め料でホテルやネットカフェを転々とした末に、R々那はY嗣のところを訪れた。


(最後の最後でY嗣さんのところへ来たのは、彼がA社に勤めていたからでしょうね。自分のことで社長の逆鱗に触れて首になったら、金蔓にはなり得ないもの)


 Y嗣は訪ねてきたR々那をT佳子と暮らす部屋には招かなかった。

 監視カメラのあるマンションのエントランスで会話をした。

 会話の途中で言い争いになり、彼は彼女を突き飛ばしてしまった。大柄なY嗣が妊娠中の上に不安定な生活をしていたR々那を、だ。


 R々那は亡くなった。

 調査の上で事故だと認められてY嗣は解放されたけれど、彼は罪悪感から逃れられなかった。

 近所の噂が収まるまで、と言ってT佳子を実家に帰し、ひとりの部屋で自殺したのだ。


「アナタのせいよッ」


 Y嗣の葬儀は終わった。

 マンションの部屋を片付けに来たT佳子に、義母が叫ぶ。

 もともと彼の生前から、彼女はT佳子のことを嫌っていた。


「アナタが妙な病気を移したせいで、ウチの息子は種なしになったんでしょ? 絶対そうよ、そうに決まってるッ」


 このマンションの監視カメラは音声も録音する。

 お腹の子の父親はあなたよ、と言われたY嗣は苦痛に満ちた顔で、自分には精子がないのだと告げていた。

 そんなの男じゃないじゃない、この役立たず、と嘲笑されて、Y嗣はR々那を突き飛ばしたのだった。


「……違います。Y嗣さんが精子を失ったのは、高校最後の試合でした怪我が原因です。怪我のせいで何日も高熱が続いたでしょう? それで精子を失ったのです」

「はァ? なに言ってんの。そんなの母親のワタシが知らないわけないでしょうが? この期に及んで嘘つくんじゃないわよ、役立たずの人殺し女」

「嘘じゃないよ」


 今にもT佳子に飛びかかりそうだった義母の肩に、影の薄い義父が手を置いた。


「私がY嗣と一緒に診断結果を聞いた」

「私はプロポーズされたときに、彼から教えてもらったんです。子どもができないのが嫌なら、断ってくれてかまわないからと」

「なに、なんで? なんであの子は母親のワタシに教えなかったのよ!」

「Y嗣は、お前がさっきT佳子さんを罵ったように、役立たずと罵られるのが怖かったんだよ」

「……そんな、こと……ワタシが可愛い息子にそんなこと言うはずないでしょ?」

「いつも言っていたじゃないか。あの子が試合で活躍できなかったときに、あの子がスポーツを続けたくないと言ったときに。Y嗣のためにお前と離婚しようと考えたこともあったよ。でもお前に親権を取られたら、あの子を助けるものがだれもいなくなると思って夫婦を続けていたんだ。……結局助けることはできなかったがな」

「な、なによ! ワタシはY嗣のためを思って言っていたのよ? あの子は体が大きくてスポーツに向いていたし、一度始めたことを途中でやめるなんて情けないじゃない。だからワタシは母親として……」


 義父が静かに首を横に振る。


「Y嗣は私の子だ。プロスポーツ選手のE嗣さんの子じゃない」


 義母の喉が、ひゅっと鳴る。


「どうしてお前がそう思い込んでいるのかは知らない。もしかしたら彼を追っかけていたときに、そういうことがあったのか? もう私と結婚していたのにな。でもY嗣は私の子だ。どんなに髪型や服装を似せても、同じスポーツをやらせても変わらない。そもそもあの子の人生はあの子自身のものだったんだ」

「……あの子が種なしになったのは、ワタシのせいじゃないわ」

「そうだな、それについては直接の原因ではないね」


 義母が床に膝をつく。

 T佳子は部屋の片付けに戻った。

 自分が話しかけても彼女は興奮するだけだろう。義父に任せたほうが良い。


 Y嗣との思い出が残るこのマンションは引き払う予定だ。

 T佳子は彼が好きだった。

 母親にやらされていたスポーツが好きではなく、イラストを描いたり折り紙を折ったりするのが好きな彼が好きだった。なにかあると花言葉を添えたイラストや折り紙をくれる彼が好きだった。


 Y嗣はいつまで経っても母親の呪縛に囚われていた。役立たずと罵られるのを恐れていた。

 それがわかっていたから、彼が話を変えるだけで不妊の原因が自分だということを義母に明かさないでいることも許していた。

 母親との(いびつ)な関係で傷ついた心を大柄な体に隠して、小柄なT佳子に甘えてくる彼が愛しかった。


(それでも、彼が生きていたら私は……)


 T佳子はY嗣を愛していた。

 だれの身代わりでもなく、もちろん金蔓でもない彼を。

 だからこそ――

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