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離婚の理由は  作者: @眠り豆


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第四話B M臣

 M臣にとって救いだったのは、母が父の写真とともにR々那の浮気写真も渡してくれたことだ。

 だから必死に自分に言い聞かせた。

 R々那はほかの男とも関係していた、彼女のお腹の子は自分の種じゃない、と。


 実際のところ、M臣とR々那が兄妹かどうかは調べてみなくてはわからない。

 M臣は二十五歳で、大学を卒業したばかりのR々那はみっつ年下の二十二歳だ。

 あの写真のときに母親が身籠ったのだとしたら計算が合わない。


 とはいえM臣の父は別れると嘘をついただけで、本当は死ぬまで浮気相手と付き合っていたのかもしれない。

 M臣にとって一番嬉しいのは、R々那がA社社長か父以外のだれかの種で、彼女のお腹の子の父親が自分以外の男であることだ。

 もちろんもう結婚する気などなかった。


「この売女ッ!」


 A社社長の自宅は今どき珍しい純和風の家屋だ。

 創業者から受け継いだものである。

 その創業者の血を引くものは、今のこの家にはいない。娘は亡くなったし、孫は出て行った。


 M臣が結婚式を中止したいと言って渡した二枚の写真をしばらく見つめた後で、S織の父親は胡坐(あぐら)を解いて立ち上がり、隣にいた後妻を殴りつけたのだ。

 彼は威張り癖があると言われていたが暴力的だったわけではない。M臣は彼がS織や前妻に乱暴に振る舞うところを見たことはなかった。

 前妻の生前は入り婿として遠慮していたのかもしれないし、それ以外にも理由があるのかもしれない。


「おかしいと思ったんだ! 俺はきちんと避妊をしていたのに、避妊も絶対じゃないから、なんぞとほざきやがってッ」


 どこかで聞いたセリフだな、と思ってM臣はR々那を見た。

 彼女はA社社長が胡坐(あぐら)を掻いていた横、母親とは逆側に座っている。

 父親のはずの男に責められている母親を庇おうとしないのは、驚き過ぎて身動きできないのか、あるいは最初からほかの男が父親だと知っていたか予想していたか――ともあれ、避妊は絶対じゃないという言葉はこの親娘に受け継がれた、伝統技能のようなものだったのだろう。


「アンタが悪いのよッ。アタシとは遊びだ、絶対に今の妻とは別れる気はないとか言うから! だからアタシは浮気したのよ。アタシが悪いんじゃないッ」

「だったらこっちと結婚してたら良かったじゃないか。どうせコイツにも捨てられたんだろう? 真面(マトモ)な妻のいる男が遊び以外でお前なんかに手を出すものか!」

「そんなことないわ! この人はアンタと違って、離婚してアタシと添い遂げると言ってくれたもの。ただ鬼嫁に支配されて逃げ出せなかっただけよ。……あの意気地なしッ」


 彼女との浮気を知られた父が泣いて土下座して許しを乞うたという話を、M臣はA絵がいなくなった後でB社の古株から聞いていた。

 知らなかったことを驚かれて、M臣は母が自分に父の悪口を言ったことがないと気づいたのだ。

 せいぜい優し過ぎたと悲しげに微笑んだくらいだ。そこだけは似ちゃ駄目よ、と言われていた。本当は浮気はしないで、と言いたかったのかもしれない。


「R々那が俺の娘じゃないなら、ちょうど良い。この家から出ていけ!」

「そんなこと言っていいの? 前の奥さんの……」

「……すみません。ご家族の話になりそうですから、僕はここで失礼いたします。結婚式は中止ということで良いですね? こちらの都合になりますので、中止のための費用は僕が負担いたします」


 聞いてはいけない話になりそうだったので、M臣は立ち上がった。

 中止費用を自分だけで負担することにしたのは、これ以上彼らと関係を続けたくなかったからだ。

 S織はもうこの家へは戻らないだろう。


 A絵に写真を渡された後で彼女(S織)に電話をしたのだけれど、電波がつながりにくいところにいるらしく通話できなかった。

 豪華客船での世界一周旅行にでも行っているのかもしれない。

 前から行きたいと言っていた。そのときは子育て後にM臣と一緒に行きたいと言っていたのだが。


 後妻が来てから別荘で暮らしていたS織の祖母とも連絡が取れない。

 とはいえ、今のところ彼女は手持ちのA社株を叩き売りにしてはいないようだ。B社とA社のつながりは深いものの、早めに対応すれば被害を最小限に(とど)められるはずだ。

 これでもM臣は社長である。なんとかするしかない。


 ――母のほうには、あれからずっと着信拒否をされている。


「……R々那、さん。子どもが生まれたらDNA鑑定をしてください。お金は出しますし、僕の遺伝子も提供します」


 心臓が潰れそうな気分を味わいながら、M臣はR々那に告げた。

 避妊をしていた、大丈夫だ、どんなにそう自分に言い聞かせても不安は消えない。

 本当に自分達が兄妹で、子どもがM臣の種だったときにどうしたら良いのかは、まだ考えてはいなかった。R々那は無言で頷いた。泣き落としもしようとしないのは、M臣の態度で無理だと悟っているからかもしれない。

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