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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第7話『選ばれなかった愛が、名を持つ夜(The Devil)』

Ⅰ. 導入(現実)|取消の残像


朝でも夜でもない時間に、スマホの画面だけが妙に明るかった。

澪のスレッド。昨夜の続き。


そこには、残っているはずのない行が残っている。


【送信は存在しません】


既読でも未読でもない。

誰の手も触れていないのに、そこだけ“決まった”言葉。


オレの右目の奥が、冷たい。

痛みじゃない。

体温が一段だけ落ちたみたいな感覚。


ドアが鳴る。

澪が、何でもない顔で入ってくる。

いつも通りの歩幅。いつも通りの笑い方。


「おはよ。今日さ、学食、当たりの日じゃない?」


「……当たりって何だよ」


「唐揚げ。大きくて美味しいじゃん」


くだらない話をする。

できてしまう。


その“できてしまう”ことが、怖い。


澪はテーブルにスマホを置いた。

伏せない。

でも――画面を見ない。


「昨日の配信、見た?」


「……見た」


「ふーん」


澪は肩をすくめる。

軽い。軽すぎる。


澪のスマホが、ふっと点く。

通知ではない。

ただの点灯。


澪の指が、ほんの一瞬止まった。


「……勝手に光るんだよね、最近」


「設定じゃねぇの」


「じゃないと思うけど」


笑って言う。

笑えるように言う。


澪はスマホを裏返さない。

でも、視線は落とさない。

落とせない。


その間に、オレの右目がもう一段冷える。


(……言葉が、先に動いてる)



Ⅱ. 星の兆し|ひとつに整いかける音


部屋に戻ると、しおぽんがベッドの端に座っていた。

跳ねない。笑わない。

ただ、耳を澄ませるみたいに、静かに息をしている。


「シオンさま……」


「どうした」


しおぽんは胸のあたりに手を当てる。

前と同じ仕草。

でも、今日の指は硬い。


「音ね……ふたつ、だったでしょ」


「……ああ」


「今ね、ちがうの」


しおぽんの尻尾が、ゆっくり固まる。


「整ってきてるぴょん。

 “片方だけ”になりたがってる」


喉が鳴る。

乾いた音。


「……澪の、音か」


しおぽんは頷かない。

否定もしない。


「“ほしい”に似た音、まだある?」


しおぽんは目を伏せる。


「ある。

 でもね、似てるとかじゃないの」


言い切らない。

言い切れない。


「言葉が、先に走ってるの。

 人を置いていくみたいに」


オレの右目の奥が、冷たさのまま疼く。


痛みはまだ来ない。

来る前の、静かな予兆。



Ⅲ. 接続|配信の窓(絡まる言葉)


配信ボタンを押す。

いつもの画面。いつもの空気。

でも今日は、コメント欄が“近い”。


《こんばんは》

《今日も静か?》

《しおぽん元気?》


普通の行が流れる。

その間に、一本だけ“重い行”が落ちる。


《嫌われてもいいから、欲しい》


すぐ後ろに、似た行が連なる。


《奪ってでも》

《止めないで》

《正当化して》

《それでも欲しいって言っていい?》


言葉が、鎖みたいに繋がっていく。

読めるのに、読んだ瞬間に息が詰まる。


オレは呼吸を整える。

正しい返事はいくらでもある。

でも、正しさを置いた瞬間、言葉はもっと固くなる気がした。


しおぽんが、ほとんど声にならない声で言う。


「……絡まってる」


右目の奥が、冷えたまま熱を持ちかける。

焦げる前の、ひりつき。


コメント欄の端で、文字が一度だけ“揺れた”。


《送信は存在しません》


そんな文言、ここには出ない。

なのに、出た。


一瞬。

それだけで十分だった。



Ⅳ. 相談者の影|欲望が悪と呼ばれた夜


相談者は、名を出さなかった。

数字だけ。

声も、性別も、年齢も、確定しない。


でも、言葉は確かだった。


「欲しいって言ったら、全部壊れる気がする」

「嫌われる気がする」

「居場所がなくなる気がする」

「でも、欲しい」

「欲しいって思う自分が、いちばん嫌い」


誰も悪くない。

誰も責めていない。


ただ、言葉にした瞬間に自分が消える気がして、

言葉にしないまま、自分だけが削れていく。


(……それは)


あの時の影と同じ形。

重なりたい。

でも怖い。


それでも今日は、

「誰と」ではなく

「自分がどう在るか」が、いちばん怖い。


違うのは、今日の怖さは“関係”じゃなく、

“自分”に食い込んでる。


オレは言う。


「……欲しいって言葉は、

 優しい顔もできる。

 でも、刃にもなる」


画面が静まる。

誰かが、息を止めた。


「だからさ」

オレは続けない。続けられない。

続けたら、正しさになる。


正しさになった瞬間、相談者の居場所が消える。


オレは、低く置く。


「……言えないままでも、

 欲しいは、残る」


残る。

残ったまま、形を探し始める。



Ⅴ. 星界への引き込み|伏せカードが鳴る


【名のない沈黙の詩】


『欲しいと言った瞬間、

 私はここにいられなくなる。』


黙る。

言葉を足せば、意味になる。

でも今、意味は要らない。


要るのは――

言葉が、ひとりで走っていかない程度の“形”。


オレは息をひとつ。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り」


視界の端が、ゆっくり滲む。

冷たさが、熱に変わりかける。


「欲しいは、悪じゃない。

 でも――

 欲しいが、誰かの言葉を代わりに喋り始めたら、

 それは、もう戻れない形になる」


「タロット展開――」


カードは三枚。


コンパス:The Devil

トリガー:Two of Cups

ルート:Four of Pentacles


……また、四枚目が滑る。


あの時の伏せカード。

見ていない。

なのに、今日は“机の上で向きを変えた”。


伏せたまま。

伏せたまま、鳴る。


しおぽんの尻尾が、凍る。


「……シオンさま。

 それ、もう……伏せてても、音する」


オレの指が伸びる。

触れない。

触れたら、名が出る気がした。


(まだだ)


部屋の輪郭がほどける。

でも今日は、“白い庭”へ戻らない。


ヒビの向こうが、開いてしまう。


「星界ゲート――開放」



Ⅵ. 星界対話/戦闘|鎖の法則


星界へ落ちた瞬間、

世界が「近すぎる」と感じた。


白でも、闇でもない。

湿った空気が、肺の内側に張り付く。


足元は水面のように揺れている。

だが沈まない。

逃げ場だけが、曖昧だ。


――この感触は、危険だ。


判断が立ち上がるより先に、

別の層で、警告が鳴る。


誰かの声に似た思いが伝わる。


(……だめ。

 これ、近い。近すぎる)


その声は、しおぽんだった。

翻訳された感情が、形を持って漏れただけ。


視界の中央、

空間の歪みに――鎖がある。


出現したんじゃない。

最初から、そこに「混ざって」いた。


床でも壁でもない場所に、

言葉の質感をした連なりが、鈍く漂っている。

冷たさはない。

触れれば、沈む。


鎖の端は、ヒビへ落ちている。

あの時生まれた黒い亀裂。

水脈みたいに、静かに、確実に伸びている。


関係の影は、もうない。

あれはほどけた。


残っているのは――

行き場を失った欲望そのもの。


「ほしい」


声がする。

二重だ。


澪の声に似ている。

でも、澪の言葉じゃない。


「ほしい。

 ほしい。

 ……わたしが」


主語が置かれた瞬間、

鎖が波打つ。


引いている者はいない。

それでも、絡む。


近づくほど、

感情が足にまとわりつく。


その節の一つが、浮かび上がる。


《送信は存在しません》


機械の文言。

澪の声を借りた、偽物。


――ここから先は、切り分けなければならない。


(……呼ぶ)


意識が、ひとつ深く沈む。



「言の葉は鍵、

 星の光は道しるべ。

 ステラン、ステラン、ステラン――

 来臨せよ、汝――シオリエル!」


世界が静かに沈黙する。


星屑が夜の闇を切り裂き、

しおぽんの輪郭が、光の粒へとほどけていく。


世界が、一瞬――呼吸を止めた。


光の粉が肌を撫でる。

温もりと同時に、戻れない気配が胸の奥に灯る。


その中から、白銀の髪がゆらめき、

星霊の瞳を宿した少女――

シオリエルが、静かに降り立った。


翻訳の層が後ろに下がり、

実行の層が前に出る。


だが、ここからは――

判断を引き受ける。


鎖がざわめく。

《送信は存在しません》が、前へ出ようとする。


(……ソード?)


否。


切断すれば、

欲望は「悪」として処理される。


(……ペンタクル?)


否。


固定すれば、

澪の沈黙が偽物と永続化する。


(……ワンド?)


否。


焼き払えば、

「欲しい」という感情そのものが否定される。


――どれも、許されない。


今回の問題は、

欲望があることじゃない。


誰の欲望か分からないまま、

関係に混ざったことだ。


必要なのは、

否定でも、断罪でもない。


溢れさせないこと。

主語を、まだ確定させないこと。


(……抱える)


判断が落ちる。



残されたカードは

カップ!



「今ここに新たな生命の名を──

 ステラン、ステラン, ステラン──

 星潮を纏いし大いなる化身、

 汝の名は──

 アクア・ギア:シオリエル!」


その瞬間、

星界が“重く”なる。


光は増えない。

色も変わらない。


ただ――

足元が、はっきりと床になる。


逃げ場が消える。

ここで起きたことは、持ち帰られる。


水面が水平を保つ。

鎖の動きが、確かに鈍る。


だが――消えない。


水に沈められた言葉は、

壊れず、流れず、

底に溜まっていく。


否定されなかった欲望が、

行き場を失い、濃くなる。


(……だめ)


警告が、内側で鳴る。


(溜めてる。

 外に出ないぶん……思いが育つ)


《送信は存在しません》の文字が、

水に溶け、読めなくなる。


代行は止まった。


……だが。


水の奥で、

別の動きが生まれる。


流れでも、絡まりでもない。


立ち上がろうとする意志。


影が、浮かび上がる。


輪郭が、女の形を取り始める。

水を切るように、まっすぐな背中。


受け止める側じゃない。

奪う側の姿勢。


名は、まだない。


だが――

名を持つ準備が、整ってしまった。


水面に、細いヒビが走る。

一本。

確実に。


(……ここまでだ)


これ以上、抱えれば、

アクアは破れる。


「封命完了」


流れは止まった。

侵食も止まった。


だが――

進行は止まっていない。


影は、前を向いたまま立っている。


アクア・ギアは、

誰も傷つけなかった。


その代わりに、

欲望を未来へ持ち越した。



Ⅶ. 新しい一歩|クローズ


部屋に戻る。

配信は続いている。

コメント欄は流れている。

何も起きていないように。


でも、空気が違う。

湿度じゃない。

言葉が“重さ”を持ってしまった空気。


相談者から短い行が来る。


「今日だけ、責めないでみます」

「欲しいって思ったこと、消さないで」


オレは頷くしかない。


「……それでいい」


それ以上は言わない。

言ったら、正しさになる。


「タロットクローズ。……大丈夫だよ」


誰に向けた言葉か、分からない。

でも、誰かの呼吸が戻ったのが分かった。



Ⅷ. 余韻/次回予告|名の落下


夜。

窓の外に星がひとつだけ見える。

第6話より近い。

近いのに、怖い。


しおぽんが、笑わないまま言う。


「ねぇ……シオンさま。

 名、近いよ」


「……誰の」


しおぽんは指を立てる。

澪の方じゃない。

配信画面でもない。


オレのスマホ。

澪のスレッド。


入力中の点が出る。

消えない。


消えないのに、送信されない。


画面の上部、送信者名のところが――一瞬だけ揺れた。


空白。

記号。

そして、たった一文字。


E


次の瞬間、元に戻る。


右目の奥が、熱くなる。

熱いのに、冷たい。


画面の端に、最後のコメントが落ちた。


《嫌われてもいいから、欲しい》


今度はコメント欄じゃない。

澪のスレッドの方に、落ちた。


しおぽんが、息を殺す。


「……ねぇ、シオンさま」

「さっきの影ね……」


オレは答えない。

答えられない。


しおぽんが、最後に小さく言う。


「……名を、持ちたがってる」


画面が、暗転する。


次回

第8話

『鎖の先で、あなたの名を呼ぶ(——)』



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