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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第6話『触れないまま、確かに在る(The Lovers)』

Ⅰ. 導入(現実)|並んで歩ける距離


昼と夕の境目。

キャンパスの中庭は、声が跳ねて、笑いが薄く伸びる時間帯だった。


ベンチに座る澪は、アイスの棒を口の中で転がしている。

溶けかけた甘さを急がずに噛み砕く癖は、昔から変わらない。


「今日さ、ぽかぽかして眠くなるね」


「……ああ」


それ以上でも、それ以下でもない返事。

なのに、成立してしまう。


距離は、腕一本分。

近すぎず、遠すぎない。

触れようと思えば触れられる。

触れない選択も、自然にできる。


澪はスマホを伏せ、空を見上げた。


「雲、ゆっくりだね」


「そうだな」


それで終わる。

終わってしまう。


その“終わりやすさ”に、オレは少しだけ息を詰めた。


(……もし、このまま終わったら)


思考が形になる前に、澪が言う。


「ねぇ」


「ん」


「……いや、やっぱいい」


言って、澪はアイスの棒を折った。

乾いた音が、妙に大きく聞こえた。


澪のスマホが、わずかに震える。

画面が点く。

通知じゃない。

ただの点灯。


澪は慌てたみたいに、画面を伏せる。


「今の、誰?」


「誰でもない」


即答。

“速すぎる”即答だった。


澪が笑う。


「なに、怖い顔してんの

もしかして気になる?」


「……そんなんじゃねぇ」


「ふーん」


澪は立ち上がり、オレより半歩先に歩き出す。

その半歩が、なぜか遠い。


追いつけるのに、足が出ない。


「そろそろ帰ろ」


「……ああ」


澪の背中に、風がまとわりつく。

その一瞬だけ、髪の奥に――


星屑理解じゃない。

“傷”みたいな光が、ちらりと走った。


見間違いだ。

そう思うのに、右目の奥が、鈍く重い。


痛みじゃない。

“引かれる”感じ。



Ⅱ. 星の兆し|重なっているのに、別の音


部屋に戻ると、窓が少しだけ開いていた。

風がカーテンを一度だけ揺らし、すぐ静止した。

誰かが、そこにいたみたいな揺れ方だった。


ベッドの端に、しおぽんが座っている。


「シオンさま……しおぽんね、へんなの」


「どうした?」


「音がね、ふたつあるぴょん」


しおぽんは耳ではなく、胸のあたりを軽く叩いた。


「遠くじゃないの。

 すごく近いの。

 同じ場所にいるのに、同じじゃない音」


「……澪、か?」


しおぽんは頷かない。

否定もしない。


「もうひとつは?」


しおぽんの尻尾が、ほんの少しだけ固くなる。


「……まだ言葉になってない、

 “ほしい”に似た音」


その言い方が、喉の奥を乾かした。


右目の奥が重くなる。

さっきより確かだ。

痛みじゃない。

“選択を迫る重さ”。


しおぽんは、目を伏せたまま言う。


「しおぽんね、これ、きらい。

 だって、音が――

 “片方だけ”になりそう」



Ⅲ. 接続|配信の窓


配信ボタンを押す。

いつもの画面、いつものコメント、いつもの流れ。

救われたい人がいて、救えないままの人もいる。

その境界を、オレは毎晩なぞっている。


《こんばんは》

《今日も静か》

《しおぽん会いにきたよ》


そこに、引っかかるコメント。


《選ばれないほうが、楽な気がする》


すぐ、別の行が重なる。


《選ばれないの、怖い》


矛盾している。

でも、嘘じゃない。


(……分かる)


オレは呼吸を整える。

返事をするなら、“正しい言葉”はいくらでもある。

でも、その正しさを置いた瞬間、

誰かが立っていた場所が消える気がした。


《嫌われてもいいから、欲しい》

《でも、選んだら壊れそう》

《選ばれたら失いそう》


画面の向こうの心が、同じ形で割れている。


しおぽんが、小さく囁く。


「シオンさま……このセリフ食べられる。

 星界がきてる」


右目が、じんと熱い。

涙じゃない。

焦げるみたいな熱。



Ⅳ. 相談者の影|関係のかたち


相談者は名を出さなかった。

ただの数字の羅列。


「好き、とは違う気がする」

「嫌いでもない」

「このままでも、いいはずだった」

「でも、時々……」

「どこにも選ばれてない感じがする」


誰も責めていない。

誰も悪くない。


ただ、関係だけが宙に浮いている。


確かに在るのに、名前を持たない。

在るのに、呼べない。


オレは思い出す。


満月の夜。

“またきかせて”と言われて、

何も返せなかった自分を。


(選ばなかった、じゃない)

(選べなかった)


その違いは、

時間が経つほど重くなる。


そして今――

オレはもう一つの違いを知っている。


(選べない、は)

(“誰かを守ってる顔”をする)


守ってるのは、相手じゃない。

壊れるのが怖いのは、自分だ。


オレは言う。


「……言葉にしないままって、優しさに見える。

 でも、優しさはときどき、暴力と同じ形になる」


画面が、一瞬だけ静まった。

視聴者が呼吸を止める“間”が、確かにあった。



Ⅴ. 星界への引き込み|選ばれない庭


【名のない沈黙の詩】


『触れないまま、

 ここにいられると思っていた。』


しばらく、黙る。

言葉を足せば、きっと“意味”になる。

でも今、必要なのは意味じゃない。

必要なのは――“ここに残ること”だ。


オレは低く言う。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り」


息をひとつ。


「混ざらなくても、間違いじゃない。

 結ばれなくても、消えない。


 でも――

 選ばれないまま在り続けることは、

 いつか、名前を欲しがる」


「タロット展開――」


カードは三枚。


コンパス:The Lovers

トリガー:Two of Cups

ルート:Four of Pentacles


四枚目が――勝手に滑り出る。

引いてない。

なのに、出た。


カードの縁が、黒く滲む。


しおぽんが息を呑む。


「……シオンさま。今の、出しちゃだめなやつ」


オレは視線を落とす。

そこにあったのは、伏せられたままのカード。


指が、伸びかける。

触れかけて――止まる。


今はまだ、見てはいけない気がした。


(まだ名前を出すな)


部屋の輪郭が、静かにほどける。


「星界ゲート――開放」



Ⅵ. 星界対話/戦闘|結ばれなかった光


足元は、白い庭だった。

花が咲いているのに、香りがない。

美しいのに、温度がない。


道は一本。

なのに、足跡は二人分。

並んでいる。

でも、重ならない。


影は、二つの形をしていた。

寄り添っているのに、触れ合っていない。


影が言う。


「……こわい」


声が二重に重なる。


「選んだら、壊れそうで」

「選ばれたら、失いそうで」

「だから、ここにいる」

「ここにいるだけなら、失わない」


(……それは、嘘だ)


“ここにいるだけ”は、失わないんじゃない。

失うのが遅いだけだ。


いつかはきっと――


オレは一歩前に出る。

右目の奥が、痛みに変わる。


「言の葉は鍵、星の光は道しるべ。

 ステラン、ステラン、ステラン――

 来臨せよ、汝――シオリエル」


白い光が静かに広がる。

シオリエルが現れる。

その眼差しは冷たいのに、優しい。


シオリエルは、手を伸ばす。

でも、掴まない。


「結ばなくていい。今は」


影が震える。


「……じゃあ、何も変わらない」


「変わる」


シオリエルの声が、低く落ちる。


「“変わらないまま”でいることが、

 いちばん強い変化になる」


その言葉の直後。

庭の花が一輪だけ、香りを取り戻しかけ――

すぐ、消えた。


二つの光が近づく。

――重なりかけて、止まる。


そこで、庭が鳴った。


パキ、と。

ガラスが割れるみたいな音。


白い地面に、一本だけ、黒いヒビが走る。

細い。

でも、確実だ。


シオリエルが冷静に伝える。


「そのヒビ、意思を持ってる」


ヒビの向こうに、何かがいる。

“音”が、笑っている。


(……さっきの伏せたカード)


影が小さく呟く。


「ほしい」

「でも、こわい」

「ほしい」

「だって、ずっと――」


言葉が途切れる。

代わりに、胸を刺す沈黙が来る。


それは、重なれなかった想いが、仮にとっていた形だった。


シオリエルは、手のひらを庭に向ける。

掴まない。

結ばない。


それでも――

この場を、閉じる。


星縁契約アストラル・ユニオン


光は完成しない。

だからこそ、砕けない。

完成しないまま、互いを“ここに留める”。


影が、ゆっくりほどけていく。

ほどけながら、言う。


「まだ……ここに、いる」


その声だけが、残る。


「まだ、このままでいたいの」


「封命完了」


だが――

ヒビは消えない。


庭の奥で、もう一度だけ、

“ほしい”が笑った。



Ⅶ. 新しい一歩|クローズ


部屋に戻る。

配信は続いている。

視聴者は、まだコメントを打っている。


誰も、大きな変化に気づかない。

でも、空気だけが少し違う。

湿度じゃない。

“名前の予感”が混ざっている。


澪からメッセージが届く。


《さっきのアイス、クセになりそう》

《また買お》


その下に、入力中の点が一瞬だけ出る。


……消える。

もう一度、出る。


……消える。


オレの右目が、ずき、と痛む。


(……今、澪は何を打った)


次に届いたのは、短い一行。


《ごめん、変なこと言いそうになった》


喉が鳴った。

音が、ひとつだけ落ちた。


オレは返す。


「うん」


それ以上は打たない。

打てない。


「タロットクローズ。……大丈夫だよ」


誰に向けた言葉か、分からない。

でも、“誰か”が救われた顔をしたのが分かった。

コメント欄の行間が、少しだけ温度を持った。



Ⅷ. 余韻/次回予告|名を呼ぶ前に


夜。

窓の外に星がひとつだけ見えた。

ひとつだけ。

それが、なぜか怖い。


しおぽんが、息を殺した声で言う。


「ねぇ……シオンさま。

 星の音、変わったよ」


「どんな?」


しおぽんは、笑わない。


「選ばれなかった音がね、

 “欲しがってる”だけじゃないの」


右目が熱い。

涙じゃない。

焦げる熱。


しおぽんは続ける。


「……“名を名乗ろうとしてる”」


「誰が」


しおぽんは、指を一本だけ立てた。

窓の外じゃない。

配信画面でもない。


オレのスマホ。

澪のスレッド。


「……澪の音、だったよ」


その瞬間、画面の端に、最後のコメントが落ちた。


《嫌われてもいいから、欲しい》


――その直後。

コメント欄に、表示されないはずの通知が、ひとつだけ点く。


【送信は存在しません】


オレの右目の痛みが、

“熱”から――“冷たさ”に変わった。


誰が?

いつ?

何を?


オレは、指が動かない。


しおぽんが、小さく言う。


「ねぇ、シオンさま。

 “さっき消えた言葉”ね……」


「……」


「……悪魔の音がした」


画面が、暗転する。


次回

第7話

『選ばれなかった愛が、名を持つ夜(The Devil)』



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