表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/18

第5話『残された灯、届かない声(Temperance)』

Ⅰ. 導入(現実)|夕暮れの余白


夕暮れの大学図書館。閉館を告げるチャイムが、遠くで鳴った。

オレは返却ボックスに本を滑らせる。


――その瞬間。


カシャン。


乾いた音。

一枚のしおりが、ひらりと足元へ落ちた。


拾い上げるより早く、隣の澪が目を丸くする。


「えっ……なつかし。星屑のしおりじゃん。これ、この本に挟まってたの?」


黄ばんだ紙。幼い線で描かれた、金平糖みたいな星。

澪は笑って、少しだけ頬を掻いた。


「……うわ、絵。これ、あたしが描いたやつだ。へたっぴー。ていうか、文字も……」


指先でなぞる。


『まんげつのよる、またきかせち。』


「“て”が“ち”になってる。私の癖だったんだよね。何歳だろ、これ。ねぇシオン、覚えてる?」


「……あぁ……」


覚えている、と言いたかった。

でも、そこに繋がる道が見つからない。


胸の奥で、ノックだけが鳴る。

扉はある。

鍵穴だけが、どこにもない。


澪は、何も知らない顔で、しおりを本に戻した。


「紙の匂いって落ち着くよね。なんか、余白がある感じ」


余白。

その言葉だけが、耳の奥に残った。



Ⅱ. 星の兆し|混線の気配


部屋に戻ると、窓の外はもう群青に沈みかけていた。

机の端のタロットの箱が、今日も“そこに在る”。


右目の奥が、鈍く重い。

痛みじゃない。欠けた重さ。


スマホを置いた瞬間、スピーカーが小さく鳴った。

電源は切ってあるはずなのに。


「……あれ?」


しおぽんが、いつの間にかベッドの端に座っていた。

いる、というより――戻ってきた、に近い。


「しおぽんね、さっきから音が、ふたつある気がするの」


「ふたつ?」


「うん。重なってないのに、同じとこにいる感じ」


説明はしない。

しおぽんは、そういう“入口”の置き方をする。


オレは息を吸って、吐く。

部屋の空気は静かだ。

だから余計に、静けさの中のズレが目立つ。


通知が一件。

配信の予約時間が、もうすぐだった。



Ⅲ. 接続|配信の窓


配信ボタンを押す。

画面に自分の顔が映る。

コメントが流れ始める。


《今日も来た》

《眠い》

《音いい》


いつも通りの軽さが、少しだけ救いに見えそうになる。

その瞬間、文字が一度だけ揺れた。


《ま ざ っ た ら こ わ れ る き が し て》


次の行。


《だ か ら だ ま っ た》


文字が、途中から滲んでいる。

誤字でも文字化けでもない。

言葉そのものが、薄くなっていくみたいだった。


しおぽんが小さく瞬く。


「……今の、落ちたの。落ちたまま、消えかけてるの」


オレは、コメント欄に指を置く。

返事を打っても、すぐに消す。


(返したら、また“正しい言葉”になる)


だから――拾うのは、別の形で。



Ⅳ. 相談者の影|壊さないための沈黙


相談者は名乗らなかった。

送られてきたのは、断片だけだ。


「言うと、空気が変わる気がした」

「変わったら、戻せない気がした」

「だから、笑った」

「笑ってたら、平気なふりが上手くなった」

「上手くなりすぎて、誰にも見つからなくなった」


悪意はない。事件もない。

ただ、日常の中で、少しずつ。


誰かが冗談で言った言葉。

「気にしすぎ」

「そういうとこあるよね」

「まぁ、いいじゃん」


責められてるわけじゃない。

けど、笑って流した瞬間だけ、声が一段薄くなる。


薄くなった声は、戻り方を知らない。

“壊したくない”は、守りの形をしているくせに、

守ったはずのものから、自分だけが外れていく。


オレは思い出す。

図書館のしおり。

“満月の続き”を、言えなかった夜。


(混ぜないまま、同じ場所にいる)

それが、どれだけ息苦しいか――知ってる。



Ⅴ. 星界への引き込み|揺れる水面


【名のない沈黙の詩】


『混ざったら壊れそうで、

 離れたまま、同じ場所にいた。』


オレは、しばらく黙る。

言葉を探すと、すぐ“正しさ”の手触りが混じる。

だから探さない。置く。


「……壊したくなかったんだよな」


それは肯定でも否定でもない。

ただ、そこまで来た事実の確認。


喉の奥に、起動句が引っかかる。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り。」


息を整える。


(綺麗にしない。終わらせない。消さない)


書き換える。


「混ざれないのは、弱さじゃない。

 壊したくないものが、ちゃんとあったんだ。


 だから今は、ひとつにしなくていい。

 離れたままでも――息ができる場所へ、戻ろう。」


「タロット展開――」


カードを三枚。


コンパス:Temperance

トリガー:Two of Swords

ルート:Page of Cups


指先が冷える。

部屋の輪郭が、ほんの少しだけ薄くなる。


画面の向こうで、コメント欄が一瞬止まった。

“言えなかった声”が、外に漏れる。


空気が、ひび割れた水面みたいに揺らぎ――


「星界ゲート――開放。」



Ⅵ. 星界対話/戦闘|混ざらない光


足元が消えて、代わりに、浅い水が広がっていた。

水は二色に分かれている。

境界はあるのに、争っていない。

ただ、触れた瞬間に砕けそうな薄さで、同じ器にいる。


遠くで、声が鳴る。


「……まざっ……たら……」


言葉になりきれない音。

それが、影の輪郭を作っていく。


影は“怪物”じゃない。

薄い紙で折った舟みたいに、揺れて、沈みかけている。

沈む瞬間だけ、ひどく静かになる。


しおぽんが、背中の少し後ろで息を止めた。

入口の役目は、もう終わっている。


オレは一歩、前へ出る。


「言の葉は鍵、星の光は道しるべ。

 ステラン、ステラン、ステラン――

 来臨せよ、汝――シオリエル!」


白い光が、身体の輪郭を縁取る。

息の重さが変わる。


「……私は、ここにいたい」


影が震える。


「こわ……い……」

「こわいから……だまっ……た」

「だまって……たら……」

「……わたし……いない……」


答えは渡さない。

救いを確定しない。

ただ、混ざらないまま触れる。


シオリエルは、掌を水面に沈める。

二色の水は、混ざらない。

でも、温度だけが少しずつ近づく。


オレは静かに言った。

「混ざらなくていい。

 壊れるなら、今は混ざらなくていい。


 離れたままでも――“いる”ことは、消えない」


影の舟が、きしむ。

紙が濡れる。

濡れて、破れる寸前に、ふっと形がほどけた。


ほどけた音は、泣き声じゃない。

長く息を止めたあとに出る、最初の呼吸だった。


シオリエルは、カードの光を重ねる。


星融調和アストラル・ハーモニー


水面の境界が、境界のまま落ち着く。

“混ざらない”が、拒絶じゃなくなる。

ただの距離になる。


舟だった影は、細かな光になって、水の上に散った。

散りながら、最後のひとつが、かすれたまま言う。


「……いき……できる……」


シオリエルがそっと囁く。

「封命完了。」



Ⅶ. 新しい一歩|クローズ


部屋に戻る。

配信画面が復帰して、コメントがまた流れ出す。

何事もなかったみたいに。


でも、オレの右目の奥の欠けは、さっき少しだけ鳴った。

埋まったわけじゃない。

ただ、“そこに在る”ことが、少しだけ輪郭を持った。


相談者から、短い追伸が届く。


《明日、ひとことだけ言ってみる》

《混ざらなくてもいいって、思ってみる》


オレは、返事を短く打つ。

長くしない。正しくしない。


「タロットクローズ。

……大丈夫だよ。」


言い切りじゃない。

還りの方向だけを、置く。


その直後、別の通知が震えた。

澪からのメッセージ。


《今日、寝落ちした。ごめん》

《図書館のしおり、笑った》


それだけ。


オレは、返信欄に指を置いて――止める。

送る言葉が、まだ“混ざる”気がした。


スマホを伏せる。

逃げない。追わない。

同じ場所にいる、というだけを残す。



Ⅷ. 余韻/次回予告


部屋の灯りが、少しだけ暗くなる。

しおぽんが、窓の外を見ている。


「ねぇシオンさま。星の音、また変わったの」


「……どんな?」


しおぽんは首を傾げる。

笑わない。怖がらない。

ただ、言葉を選ぶ。


「近いのに、遠い音。

 触れたら、ほどけそうな音」


画面の端に、見覚えのない一文が落ちた。

誰のコメントかも、分からない。


《きらいにならないで》


オレは息を吸う。

返事は、まだしない。


次回

第6話『触れないまま、確かに在る(The Lovers)』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ