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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第22話『書き換えられた完成、残響する痛み(Re:World)』

Ⅰ.何も起きなかった世界


星界は、静かだった。


戦闘の余韻も、衝撃の残滓もない。

星々は定められた軌道をなぞり、

空間は、最初からそうであったかのように整っている。


ボニとサヴァは、構えたまま立っていた。


息も、視線も、間合いも――

すべてが“戦闘開始直前”の状態。


「……あれ?」


ボニが、首を傾げる。


「なんかさ……今、変じゃない?」


「……異常はないわ」


サヴァは、即座に周囲を確認する。


空間歪曲なし。

時間干渉の痕跡も、観測されない。


(……それなのに)


理由のない違和感だけが、胸に残る。


説明できない。

だが、確かに――

何かを、見落とした。


「……構えなさい、ボニ」


「りょーかい」


二人は、完全に“戦える状態”へ戻る。


ただ一人を除いて。



Ⅱ.動けない者


シオンは、その場に立ち尽くしていた。


拘束されているわけではない。

足も、腕も、自由だ。


――それでも、動けなかった。


(……オレは、なにを……)


呼吸はできる。

視界も澄んでいる。


なのに、

次の一歩だけが、存在しない。


まるで、

一度書いた答えを、

世界そのものに消されたかのように。


胸の奥が、冷える。


鈍い痛みが、

残響のように、遅れて広がった。


(……痛い……?)


理由は分からない。

ただ、その感触だけが、確かに残っている。


「シオンちゃん?」


ボニの声。


敵意のない、いつもの調子。

それが、ひどく遠くに聞こえた。


シオンは、返事をしようとして――

声が、出なかった。



Ⅲ.観測者


少し離れた場所で、

エテイヤは、その光景を見ていた。


戦闘ではない。

儀式でもない。


――ただ、世界が“更新された”。


「……ああ」


小さく、息を吐く。


驚きでも、歓喜でもない。

もっと、粘度のある感情。


(やっぱり……)


彼は強くなったわけじゃない。

正しくなったわけでもない。


――選び続ける側に、立ってしまった。


それだけ。


エテイヤの視線が、

構え直したボニとサヴァへ向く。


「二人とも、いいわ♡

 シオンとシオリエルのエネルギー、

 引き上げてちょうだい」


「はーい、エテイヤ様」


ボニは、楽しそうに笑う。


「了解しました、エテイヤ様」


サヴァは、淡々と応じた。


《ふふ……見せてもらうわ》

《世界が出した“答え”を》


視線は、再びシオンへ。


《足掻いてみせて》



Ⅳ.拒まれた感触


シオンが、ゆっくりと顔を上げる。


視線の先――

エテイヤと、目が合った。


その瞬間。


エテイヤの胸の奥で、

確かな衝動が、跳ねた。


《……ほしい》


思考より先に、身体が熱を帯びる。


何度も、思ったことはある。

だが、これは違う。


欲望が、理屈を追い越していた。


「……はぁ」


思わず、息が零れる。


「シオン……

 そんな目をしないで」


拒まれた。


――触れようとして、触れられなかった。


それだけで、

彼女の世界が、わずかに歪む。


「もう少しで……

 手に入ると思ったのに」


髪先から、色が変わり始める。

紅が、静かに滲んでいく。


「いいわよ、シオン」


声は優しい。

だが、温度がない。


「あなたの全部を――

 受け止めてあげる」


それは、抱擁ではない。

逃げ道を塞ぐための宣言。



Ⅴ.Re:World


シオンの喉が、震える。


何かを言わなければならない。

そう思うのに、言葉が届かない。


「……オレは――」


その瞬間。


世界が、止まった。


いや――

世界が、“今を確定させない”ことを選んだ。


じわり、と。

空間の奥で、《完成》が塗り替えられていく。


Re:World。


完成が、

別の完成に、上書きされる。


視界が、重なる。

二つ、三つと、同時に在る世界。


胸の奥で、何かが沈黙した。

ほんの一瞬、完全に。


「……っ」


息が詰まる。


「ぐ……!

 右目が……熱い……!」


Areteが、黒く燃え上がる。


「これが……

 世界の、答え……?」


シオリエルの変身詠唱が、

再び“始まってしまう”。


止めた覚えはない。

望んだ覚えもない。


それでも――

世界は、そう処理した。



Ⅵ.嘘の歴史


――もともと、何も起きなかった。


少なくとも、

世界が語る歴史の上では。


ボニとサヴァは、完全な戦闘態勢。

何一つ、欠けていない。


動けないのは、シオンだけ。


何をしたのか。

何を失ったのか。


――思い出せない。


だが、

完全に消えたわけでもない。


胸の奥に、

冷たい痛みの残響だけが残っている。


それが、

確かに“起きた”という証拠。


エテイヤだけが、微笑んでいた。


「……わからない?」


甘い声で、囁く。


「“何かが起きた”はずなのに

 それは、書き換えられたの」


心から、嬉しそうに。


「ああ……いいわ」


視線を、シオンに固定する。


「シオン」


世界が、静まり返る。


構える二人。

動けない一人。

笑う観測者。


シオンは、まだ動かない。


ただ、

その痛みを、忘れていない。



Ⅶ.エテイヤの心変わり


エテイヤの髪先が、

さらに紅く染まっていく。


「シオン……」


その名を呼ぶだけで、

喉の奥が、わずかに震えた。


「……困るわ」


微笑みながら、

ほんの一瞬だけ視線を逸らす。


抑えきれないものを、

自分で確認する仕草。


「こんな顔……」

「見せられるなんて」


短く、息を吐く。


「もう……我慢できそうもないの」


ボニとサヴァに、視線を向ける。


「ボニ、サヴァ」

「ここは、わたしに行かせて」


「えー、エテイヤ様ずるいー!」

「私がやるのー!」


「ボニ、わがままを言わないで」

「エテイヤ様から離れなさい。分かっているでしょう」


ボニの顔色が変わる。

緊張と、恐怖。


「ご、ごめんなさい……エテイヤ様」


「いいのよ、ボニ」

「ありがとう、サヴァ」


「二人とも、離れていてね」


サヴァは、静かに宙へ舞い上がった。

ボニも、慌ててその後を追う。


エテイヤの髪は、

すでに六割ほどが紅く染まっている。


その視線が、

鋭く、まっすぐにシオンを射抜いた。



Ⅷ.誘惑の旋律


エテイヤの鎖が、伸びる。


まず、シオリエルへ。

次いで、シオンへ。


「正面から……受け止めて」


彼女が、

知らない言語で囁いた。


空間が、わずかに捻じれる。


吐息が、旋律へと変わる。

意味を持たない音の連なりが、

直接、心に触れてくる。


――誘惑。


甘く、逃げ場のない調べ。


それは、確かに――

シオンに、届いた。


シオンは、目を逸らさなかった。


逃げなかった。


ただ、

小さく、歯を食いしばった。


世界は、まだ答えを出していない。



次回予告


第23話

『光の巫女 ― 砕けた日常が、星になるまで(The Star)』


音も、色も、熱も失われた世界に、

ただ一度だけ、光が降った。


それは“奇跡”ではない。

誰かが、

照らす側になると決めた結果だった。


砕けた日常は、

まだ星になりきっていない。



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