第18話『触れてしまった意思と、触れていた残響(The Magician)』
Ⅰ. 共鳴|望まれてしまう
星界が、オレのことを望んでいるみたいだった。
オレは別に望んでない……はずなのに。
星界って、何なんだ。
今まで、深く考えなかった。
オレは何のために、
心の残響と向かい合ってる。
現実か夢か。
区別がつかない時間。
区別しようとした、その瞬間。
区別すること自体が、どうでもよくなった。
そこで、誰かが笑っていた。
声は聞こえない。
顔も、はっきりしない。
それなのに――
その笑みを見た瞬間、胸の奥が、きゅっと縮んだ。
――ああ。
そう思っただけで、
何が「ああ」なのかは、わからなかった。
次の瞬間、
その人は、もういなかった。
目を覚ますと、
胸の奥に、何かだけが残っていた。
名前も、理由もない。
ただ、触れてしまった感触だけ。
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Ⅱ. 自己占|見たくないから、見る
自分を占う。
いつ以来だろう。
あまり好きじゃない。
けど――見てみたくなった。
しおぽんが、不安そうに見守る。
「シオンさま……」
「1人で行ってくるよ、しおぽん」
「1人で行かなきゃダメな気がするから」
「……待ってるぴょん」
オレは息をひとつ。
「詩は形、
韻は響き、
祈は還り。」
見せてくれ。
オレの心を。
「タロット展開――」
コンパス : Five of Cups
トリガー : The Magician
ルート : Eight of Swords
今のオレに、
タロットと向き合う資格があるのだろうか。
星界が、何かを求めている気がした。
それが何なのかは、わからない。
ただ――
オレのほうが、目を逸らせなくなっていた。
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Ⅲ. 星界|観客席は、いつも一人
星界は静かだった。
いつも以上に溶け込みそうで、
オレの存在が、薄くなる気がした。
ゲートから現れた瞬間、サヴァがいちばんに観測する。
「シオンが……来た」
次にボニが、嬉しそうに笑う。
「シオンちゃん登場〜」
「待ってたよ、遊ぼ」
何も変わらない。
でも、ひとつだけ、いつもと違う感じがする。
記憶なのか、そうじゃないのか。
区別する前に、もう触れてしまっていた。
星界に入ってから、
知らない映像が映画館で流れ続けていた。
またも観客は、オレだけ。
崩れる光景がスクリーンに流れた瞬間、既視感が走った。
同じじゃない。
似てもいない。
それでも、
「まただ」と思った。
何が、またなのか。
いつの話なのか。
答えは出ない。
ただ、
次は落とせない、という感覚だけが、手に残った。
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Ⅳ. 踏み抜き|無邪気が刃になる
星界の光が、ひときわ強く揺れた。
その揺れに呼応するみたいに、
ボニは、ふと思い出した顔で、ぱっと顔を上げる。
「あ、そうだ」
ただそれだけ。
本当に、何かを思い出しただけの声。
「シオンちゃんってさ」
「昔、すごかったんでしょ?」
サヴァの視線が、瞬時に鋭くなる。
「ボニ」
制止の声は低い。
だが、もう遅かった。
「テレビにも出てたんだよね?」
「占いが当たりすぎる子供」
ボニは星をくるくる回しながら、楽しそうに続ける。
「神童ってやつ?」
「占いの時さ、なんか憑依されてたって」
「言われてなかった?」
軽い調子で、
けれど確かに踏み込んでくる。
「すっごく、きれいだったみたいだね」
一拍。
「憑依って、どんな感じなんだろ」
「自分が自分じゃなくなるのかなぁ」
「見てみたかったな」
ふと、ボニはシオンを見る。
「……あれ?」
「シオンちゃん、顔、こわいよ」
くすっと笑って。
「そんなシオンちゃんも、わたしは好きだな」
無邪気なはずの笑顔が、
その瞬間だけ、ひどく冷たく見えた。
――心臓が、嫌な音を立てる。
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Ⅴ. 回想|当たったあとが、続いてしまう
嬉しかった。
あの頃は。
当たることが。
当てられることが。
家族が誇らしげに笑うのが、何よりも。
《シオン、お母さんとっても嬉しい》
《あなたは、私の誇りよ》
(……やめろ)
カードを引いたときの、指先の感触が蘇る。
占ったのは、一人の女性だった。
「今の彼と……結婚、できますか?」
震える声。
けれど、目は真剣だった。
カードは迷いなく答えを示した。
――結婚。成就。祝福。
「……できます」
そう言った瞬間、
彼女の顔が、ぱっと明るくなった。
「よかった……!」
「ずっと、それを望んでたんです」
「実は少し迷ってて、
他に気になる人もいたんですけど……
安心しました」
未来は、
シオンの言った通りになった。
結婚。
幸せなスタート。
最初は。
でも、未来はそこで終わらなかった。
借金。
生活の破綻。
少しずつ変わっていく夫。
「こんな人じゃなかった」
「でも……結婚望んだのは、私だから」
彼女は、少しずつ壊れていった。
そして、ある日。
その女性は、
シオンの家を訪れた。
その時、家にいたのは母と、オレだけだった。
女性は、にこっと笑って言った。
「あなたの言葉を、
私は信じすぎた」
声は、静かだった。
静かすぎて、逃げ場がなかった。
「私は、ただ幸せになりたかっただけなのに」
次の瞬間。
「おまえのせいだぁ!!!」
叫びと同時に、空気が裂けた。
音が、一瞬遅れて消えた。
オレの視界が、ぐにゃりと歪む。
胸の奥で、何かが折れる音がした。
――オレの何かが、壊れた。
もしかしたら、
結婚前に迷っていた人との方が、
幸せになれたかもしれない。
オレは、未来の選択を固定してしまった。
オレの言葉は、占いは――呪縛なんだ。
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Ⅵ. 刺さる|誰のための「信じる」だったか
「ねえ、シオンちゃん」
ボニの声が、現在へ引き戻す。
「その人さ」
「ちゃんと、当たった未来を生きたんだよね?」
うなずく暇も、否定する暇もない。
「でも、後悔したんだ」
「望んだ未来だったのに」
首を傾げる。
「不思議だよねぇ」
そして、何のためらいもなく核心を突く。
「ねえ」
「大切な人を裏切ってまで」
「どうして占い、するの?」
サヴァが一歩踏み出す。
「……ボニ、やめろ」
「え?」
きょとんとした顔。
「だってさ」
にこり、と笑って。
「シオンちゃん」
「人を傷つけるの、上手だよね」
笑顔のまま。
「当たるから」
「信じさせちゃうから」
星界が、軋む。
「ねえ、シオンちゃん」
「信じた人たちはさ」
「あなたを、楽にしてあげたかったんじゃない?」
一拍。
「優しさって、便利だよね」
「責任、預けられるもん」
最後は、囁くように。
「シオンちゃんの占い」
「誰も、本当は必要としてないよ」
一拍。
「だからさ」
両手を広げて、子供みたいに言う。
「もう、占いなんてやめて」
「世界に身を委ねなよー」
そして。
「でー」
にこっと笑う。
「わたし達と、遊ぼ❤︎」
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Ⅶ. 残存|壊れきらない、という異常
シオンの視界が、白くなる。
怒りも、涙もない。
――感情が、落ちる。
あの時と、同じだ。
でも。
完全には、落ちない。
母の声が、記憶の奥で揺れる。
必死に、抱きしめてくれた腕。
「大丈夫」
「あなたは、悪くない」
何度も。
何度も。
(……母さん)
占いは、憎まれている。
家族も、同じ気持ちだ。
それでも――
愛だけは、残った。
だから、壊れきらなかった。
サヴァはシオンから視線を外さず、低く息を吐いた。
「……これは踏み抜きだな」
静かな声だった。
「しかも、戻れない位置だ」
一瞬、星界の奥を見る。
「Areteが黙った理由も……たぶん、見える」
「力の問題じゃない」
間を置いて。
「――罪が、先にある」
それ以上は言わない。
言った瞬間、裁きになるからだ。
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Ⅷ. 固定|混ざり合う、選択の前で
ボニは、くるっと振り返って笑った。
タッタッタとシオンの背後に回り込む。
後ろから耳元に、ボソッと。
「うん」
「ちゃんと刺さったね」
楽しそうにシオンの肩をつかむ。
「思ったより、きれいに」
「ほら、今の顔」
くすくす笑いながら、ぱっと離れる。
「でもさ」
「もう“遊び方”変えないとだね」
首を傾げる。
「このままだと、壊れ方が単調だもん」
「せっかく面白くなってきたのに」
エテイヤは、何も言わずに見ていた。
星界の揺らぎ。
シオンの沈黙。
落ちきらなかった感情の残滓。
それらを確かめるように、
やがて、ゆっくりと微笑む。
「……ああ」
小さく、息を含んだ声。
「はじまったわ」
その声音はやさしい。
けれど、どこか満ちている。
「ねえ、シオン」
近づきながら、言う。
「あなた、まだ立ってる」
「ちゃんと、壊れきらずに」
くすり、と微笑む。
「……いいわ」
「その歪み方」
視線が、わずかに鋭くなる。
「折れるかどうかなんて」
「もう、どうでもいい」
もう一歩、近づく。
シオンは虚ろな目をしていた。
エテイヤは、ゆっくり近づき――
シオンの顎を、
人差し指でクイと、優しく持ち上げる。
可愛い獲物を見定めるみたいに、
その瞳の奥を見つめていた。
「だって」
「どんな形でも――」
言葉を選ぶように間を置いて。
「あなたは、私の望む場所へ来てる」
微笑みは崩れない。
「望む形?」
首を傾げて、楽しそうに。
「もう、決めなくていいのよ」
顔を撫でながら囁くように、そっと――
「……あなたが、選んでしまうから」
エテイヤとボニに挟まれているシオンを、
サヴァは観測していた。
四人の空気感が混ざり合い、
ひとつになりそうだった。
拒絶でもなく、分かりあうでもない。
混ざり合って、固定されようとしていた。
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Ⅸ. 沈黙|答えの手前で止まる星
星は、答えを急がない。
問いが残ったままでも、世界は進んでしまう。
選ばなかった言葉。
言えなかった真実。
胸の奥に沈めたままの、ひとつの感情。
それらは、間違いではなかった。
ただ――
語られなかっただけだ。
星界は静まり返り、
Areteは、なおも沈黙を守る。
見る者と、見られる者。
知っている者と、語らない者。
境界に立つ女教皇は、
何も告げず、ただ待っている。
その沈黙が、
次の選択を生むことを知りながら。
星は、
まだ答えを許していない。
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次回予告
第19話
『沈黙 ― 語られなかった答え(The High Priestess)』
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