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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第16話『名を呼ばれなかった夜、星はまだそこにあった(Justice)』

Ⅰ. 導入(現実)|正解の温度


朝は、何も感じなくなった。

映画館で映画をボーっと眺めてる、

それがずっと続く。


天気は安定している。

電車は遅れない。

ニュースは穏やかで、炎上も起きていない。


世界は、よく出来ていた。

よく出来すぎていて——息が詰まる。


「……完璧すぎるな」


シオンは独り言みたいに呟き、カップの縁に指をかけた。

温度はちょうどいい。熱すぎず、冷たくもない。

飲めば、喉を通る。身体は反応する。


——味が、しない。


右目の奥が、わずかに脈打つ。

Areteは今日も未来を固定してる。


最短。

最適。

最小の損失。


そのどれもが、間違っていない。


「……なのに」


言葉にする前に、ソファの上で影が跳ねた。

しおぽんが、小さく——けれど今朝は珍しく慎重に、着地する。


「シオンさま……星がね、今日は“静かすぎる”の」


「静か?」


「うん。音が揃いすぎてて……揺れる場所がないの」


揺れない。

曲がらない。

切り分けられた一本道。


——正解だけで構成された世界。


シオンは、カップを置いた。

机の上に残った輪染みが、やけに整って見える。


「……揺れてないのに、立てない感じがする」


しおぽんは瞬きを一つして、耳を伏せた。


「それ、いちばんこわいぴょん」


その瞬間。

スマホの画面が、ほんの一拍だけ暗転した。


映像でも通知でもない。

“映るはずの次”が、来なかったみたいな——空白。


シオンは見なかったことにしようとして、できなかった。

見ない努力が、いちばん目立つときがある。


「……今日、配信。やる」


しおぽんが小さく頷く。

頷き方が、いつもの軽さじゃない。


「うん。しおぽん、入口だけ……ひらくの」



Ⅱ. 星の兆し|日記帳


澪の部屋は、昼でも少し暗い。

カーテンの隙間から落ちる光が、

埃を浮かび上がらせている。


空気は乾いているのに、喉の奥だけが湿ったままだ。


片づけの途中だった。

理由はない。

ただ、落ち着かなかった。


棚の奥。古い箱。

触れた瞬間、指先にざらつきが吸い付いた。

紙と段ボールの匂い。長い時間の匂い。


中から出てきたのは、

薄汚れた日記帳だった。


角は丸く、紙は黄ばんでいる。

手のひらに乗せると、妙に軽い。

——軽いのに、落とせない。


「……こんなの、持ってたっけ」


ズキンと頭痛。

「また…..痛む」


《また?》


ぱらぱらとめくる。


《めくっちゃダメ》


最初の数ページは白紙。


“分かってる”けどめくってしまう。


指が答えを求めていた。

そして……やっと指が止まった。


幼い文字。

力が足りなくて、線が震えている。



こんや、しおんがほしのくにのはなしをしてくれる。

たのしみ。わくわく。


しらないいきものや

きいたことないまちのはなし。

きっといっぱいきける。


まんげつのよる

またきかせて。



「……こんや、しおんが……星の国の話をしてくれる……?」


声に出した瞬間、胸がざわめいた。

心臓の表面を、爪で引っかかれたみたいに。


“まんげつのよる

またきかせて”


《しおりと同じ》


覚えていない。

まったく、思い出せない。


でも——大事だったことだけは、分かる。

意味じゃない。出来事でもない。

“これは、私の中心に触れていた”という感覚だけが残っている。


ページの端に、指がかかる。

めくろうとして——止まった。


分からない。

なのに、分かった。


これは、思い出してはいけなかったはずだ。


理由はない。

怖い映像も、痛みもない。


ただ、

「今の自分が、ここにいられなくなる」

そんな予感だけが、皮膚の裏側に残っている。


あの夜、続きを読まなかった自分が、ここにいる。

その事実が、なぜか救いみたいに重かった。


澪は、息を整えるみたいに唇を噛んだ。

噛んだ痛みで、いまの自分を固定しようとする。


そのとき。


——耳の奥で、囁きがした。


『……セレフィーズと共に』


「っ……!」


澪は顔を上げた。

部屋には誰もいない。

窓の外も静かだ。

電車の音すら、今日は遠い。


それなのに、確かに“呼ばれた”。


呼ばれた——のに、名がない。

名がない声が、器の縁だけをなぞって去っていく。


心臓が、強く打つ。

速い。怖い。

でも——どこか懐かしい。


澪は日記帳を閉じて、抱きしめた。

紙の薄さが、胸骨に当たって痛い。


痛い。

だから、まだ私だ。


窓ガラスに、薄い自分が映る。

笑っていないのに、泣いてもいない。

“正しい顔”に見えてしまって、目を逸らした。


逸らした目の先で、スマホが一度だけ震えた。

通知はない。

でも、画面の端に——見覚えのない短い一文が残った。


《選んだのに、立てない》


澪は、それを自分のものだと認めないまま、消した。


消した指が、少しだけ震えていた。



Ⅲ. 接続(配信)|ズレ


夜。

シオンは配信を立ち上げた。


部屋の灯りはいつも通り。

しおぽんも、いつも通りの位置に座る。

画面の中の自分も、きっと“整っている”。


でも、コメントの流れが——妙に、揃いすぎていた。


面白い。

かわいい。

助かる。

ありがとう。


“正しい反応”だけが並ぶ。


しおぽんが画面の外で、耳を伏せる。

喉が鳴る音が、異様に大きく聞こえた。


「……今日、静かだな」


言った瞬間、コメント欄が一拍遅れて追随する。

“静かだね”

“確かに”

“落ち着く”


落ち着く——はずなのに、息が浅くなる。


そのとき。

一つだけ、混ざった。


《選んだのに、立てない》

《正しくて、間違ってないのに》


画面が、ほんの少しだけ滲んだ。


シオンの右目が、一瞬だけ霞む。


未来が——遅れる。


一本道だったはずの線が、

ほんの一拍、揺らいだ。


「……今の」


しおぽんが、ソファの端で耳を伏せる。

尻尾の先だけが、忙しなく震えている。


「星……巻き戻った」


「なに?」


「ほんの、ちょっとだけ。でも……あったはずの“次”が、来なかった」


Areteは沈黙している。

提示はある。けれど、即答じゃない。

答えが“薄く”なっている。


シオンは、はっきりと理解した。


——誰かが、“正解を選ばなかった”。


それは世界にとって誤差で、

けれど自分にとっては、呼吸だった。


シオンは右目を押さえ、笑いそうになるのを堪えた。


「……まだ、止まれるんだな」


しおぽんは小さく首を振る。


「止まれる、じゃないよ。

 “止めた人”がいるぴょん」


コメント欄の一文は、すぐに流れて消えた。

なのに、部屋の空気だけが戻らない。


「……このまま行くと、どこかで折れる」


Areteが提示する。

“最適な休息”

“最適な言葉”

“最適な終了”


シオンは、それも正しいと分かる。

正しいからこそ、怖い。


配信を切った。

切った瞬間、部屋が少しだけ暗くなった気がした。


暗いわけじゃない。

“正しさの照明”が一つ落ちただけ。


「……会いに行く」


しおぽんが頷く。

今度は、軽い。


「うん。入口、ここまで。

 この続き……シオンさまの温度だよ」



Ⅳ. 相談者の影|再接続


夕方。

大学構内。冬の光が短い影をつくる。


澪は、少し迷ってから声をかけた。


「……シオン」


振り向いた顔は、いつも通りだ。

疲れていない。不安も、見えない。

“整っている”。


澪は、その整い方に、理由のない怖さを感じた。

朝の日記帳の紙の匂いが、喉の奥に残ったまま。


「最近さ……ちょっと、楽そうだね」


その言葉に、Areteは“正しい反応”を提示した。


肯定。

安心。

穏やかな笑み。


シオンは、従わなかった。


「……そう見える?」


「うん。前より、ちゃんと前見てる感じ」


澪は、安心している。

その安心が、痛いほど分かった。


——正解の未来は、他人を安心させる。


シオンは、澪の目を見た。

その奥に、言葉にならない揺れがある。

揺れがあるのに、澪は揺れを否定しようとしている。


「澪」


名前を呼ぶ。

一拍、間を置く。


「……もしさ。

 正しくて、間違ってない選択でも……

 どこにも立てなくなること、あると思う?」


澪は少し考えて、首を傾げた。


「……よく分かんないけど。

 でも、間違ってないなら……いいんじゃない?」


悪意はない。

迷いもない。


その“迷いのなさ”が、今日の空気と同じ匂いをしていた。


シオンは、それ以上言わなかった。

言えば、澪を壊せる。

壊してしまうのは簡単だ。


でも——壊すことが正しいとは限らない。


「……うん。そうだね」


その一言だけが、喉に引っかかったまま落ちていく。


澪は笑って、軽く手を振った。


その笑みが、朝の紙の匂いと混ざって、

澪の顔を別人みたいに見せた。


別れ際。

澪が、言いかけて止めた。


「……ねえ」


「ん?」


「……いや。なんでもない」


なんでもない、の言い方が、

“言いたいことがある”の証明みたいに残った。


シオンは追わなかった。

追えば、答えにしてしまう。

答えにした瞬間、澪の“今”が折れる気がした。


立ち去る澪の背中が、冬の光でやけに細い。


その細さが、

“選ばれなかった夜”の形をしていた。



Ⅴ. 星界への引き込み|星の兆し(提示)


夜。

星界の縁。


底も、天井もない場所。

水面のような闇が、呼吸みたいに揺れている。


エテイヤは、静かに立っていた。

立っているのに、重さがない。

声だけが、先に届く。


「ねえ、シオン」


責めない声。

奪わない距離。


「今日は、少し揺れたね」


「……何をした」


「何も」


本当だ。

彼女は、何もしていない。


「ただ、世界が“正しく”動いただけ」


エテイヤは微笑む。

艶やかなはずの微笑みが、今日は薄い。

紙の裏側みたいに、透けている。


「迷わなくていい。

 誰も、傷ついてないでしょう?」


見せられる未来。

澪は笑っている。

配信は安定している。

しおぽんも、そこにいる。


「失ったものなんて、ない」


——正解しか、残っていない。


シオンは水面を見た。

そこに映るのは、自分の顔ではない。

“整った世界”の輪郭だけだ。


「……失ってない、って言い方が」


声が、低くなる。


「いちばん怪しい」


エテイヤの口元が、ほんの少しだけ歪む。


「嫌なの?」


「嫌だ」


即答だった。

Areteの提示より早い。


「それを選ぶ理由が、オレにはない」


エテイヤは、そこで一歩だけ近づいた。

近づき方が、優しいのに冷たい。


「理由がないんじゃないよ」


囁きが、鼓膜の内側を撫でる。


「理由が“残ってない”だけ」


笑う。

でも、その笑いは勝ち誇らない。


「ねえ。澪は、平気そうだった?

 “幼馴染”って、便利だよね。

 正しい顔で笑えば、何も起きてないことにできる」


その一言が、刺さる場所を選びすぎていた。


シオンは、怒らない。

怒ると、正解になる。

正解にした瞬間、彼女の言葉は勝つ。


だから、息だけ変える。


「……エテイヤ、その言い方」


「うん。嫌い?」


エテイヤは首を傾げる。

嫉妬でも独占でもない顔で。


「“嫌い”って言えるなら、立てるよ。

 言えないほうが、沈む」



Ⅵ. 星界対話|拒否(覚醒の芽)


シオンは、右目を閉じた。


Areteは見せ続けている。

見れば分かる。

従えば、楽だ。


でも。


「……見えてる」


声は、低い。


「全部、正しい。

 でも……それを選ぶ理由が、オレにはない」


目を、逸らす。


未来が、止まる。


一瞬。

ほんの一瞬だけ——世界が判断を保留した。


空気の粒が、遅れて落ちる。

音が、遅れて届く。


しおぽんが、息を呑む。


「……星、迷ってる」


迷う。

迷うということは、分岐があるということだ。

分岐があるということは——


“選べる”ということだ。


エテイヤの表情が、わずかに変わった。

怒りではない。

恐れでもない。


——面白がっているのでもない。


ただ、

“計算しづらいもの”を見たときの顔。


「へえ……」


囁きが、闇の中で小さく跳ねた。


「やっと、触ったね」


その瞬間。

シオンの胸の奥で、言葉にならない一行が、硬く結晶になった。


(沈黙の詩)

『正しくても、ここに立てない夜がある。

 名前を呼ばれないまま、息だけが残る。』


静止。

世界が、少しだけ静かになる。

静かさが増えたんじゃない。

“余計な正解”が一枚剥がれた。


シオンは、息を吸って吐く。

声を、決める。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り。」


タロット展開――


水面に、カードが落ちる音がしないまま、影だけが広がる。

見えるのは絵柄じゃない。

“今の座標”だけ。


コンパス:Justice

——正しさは、救いではない。立つ場所を奪うことがある。


トリガー:The Hanged Man

——動けないのに、正しい形で止まってしまう。


ルート:The Star

——呼ばれていなくても、そこに残る光を、取り落とさない。


書き換えは、答えじゃない。

救いでもない。

ただ、壊れないための翻訳。


シオンは言葉を選ぶ。

選び直す。

断定しないまま、方向だけを置く。


「……“正しい”を、やめるんじゃない。

 “正しいだけ”を、やめる」


言った瞬間、Areteの提示が乱れる。

乱れは失敗じゃない。

乱れは——人間の呼吸だ。


エテイヤが、初めて目を細めた。

それは負けでも勝ちでもない。


「……じゃあ、選びなよ」


「ああ」


シオンは頷く。

頷きが軽いのに、戻らないものがある重さ。


「オレは——呼ばれてない夜を、消さない」


しおぽんが小さく跳ねた。

泣かない。

泣きたくなるのを、笑う努力で抑える。


「……うん。

 それ、しおぽん、好き」



Ⅶ. 新しい一歩|クローズ


星界の縁の闇が、ほんの少しだけ薄くなる。

明るくなったんじゃない。

“帰れる方向”ができただけ。


エテイヤは、離れ際に笑った。

やさしい笑いじゃない。

悪意でもない。


“残酷なほど誠実”な笑い。


「澪に、言う?」


「……まだ言わない」


「へえ」


エテイヤは肩をすくめる。


「言わない自由、ね。

 澪も、持ってたらよかったのに」


その言葉が最後の棘になりそうで、

シオンは、棘にしない選び方をした。


「……お前の言葉は、便利すぎる。

 刺さる場所を、知りすぎてる」


エテイヤは否定しない。


「知ってるよ。だって——」


続きを言わなかった。

言えば、答えになる。

答えになった瞬間、世界はまた“整う”。


シオンは背を向ける。

背を向けることが逃げじゃない夜がある。


「タロットクローズ。」


閉じる。

でも、消さない。


“呼ばれてない夜”を、閉じるだけ。



Ⅷ. 余韻|残ったもの(次回予告へ)


夜。


澪は、ベッドの上で日記帳を抱えていた。

電気は点けない。

月の光だけが、紙の端を白く縁取っている。


「……まんげつの夜、また聞かせて」


誰に向けた言葉でもない。

でも、確かに残った。


涙が、静かに落ちる。

紙に落ちて滲む前に、指で拭った。

拭った指が濡れている。


濡れている。

だから、まだ私だ。


——消えたはずの未来が、まだここにある。

それは、思い出せなかったから残った未来だった。


同時刻。


鏡の前。

シオンは自分を見る。


右目は、完成した世界を見る。

だが——


自分の未来だけが、映らない。


《観測対象:SHION》

《未来分岐:未確定》

《状態:拒否》


空白は、まだ埋められていない。


それでも。

立つ場所だけは、失われていなかった。


しおぽんが、鏡の横で小さく跳ねる。

いつもの調子に戻りきらないまま、笑う努力をしている。


「シオンさま……きょう、えらんだね」


「……うん」


「じゃあさ」


しおぽんは耳を立て、少しだけ胸を張った。


「星はまだ、そこにいるよ。

 呼ばれてない夜も——消えてない」


シオンは小さく頷いた。

頷けたことが、今日いちばんの“現実”だった。


そして、最後に。

言える範囲だけ、言う。

保証じゃない。

でも、帰るための一言。


「……大丈夫だよ」



次回予告


消えたはずの夜が、

少しずつ、輪郭を取り戻す。


星の国は、まだ呼ばれていない。

——呼ぶかどうかを、選べるまま。


ただひとつ。

“呼ばれなかった名”は、もう一度だけ、世界の縁を叩く。


そのとき、澪は——

日記帳の次のページを、めくらないとは限らない。



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