第12話『相談が消える日、名だけが残る夜(——)』
プロローグ|「助かる」という言葉
朝の改札は、少しだけ静かだった。
静か、というより、
迷いの音が少ない。
「Etera、今日遅れるって送って」
「この返事、Eteraに直してもらお」
「角立たないやつでお願い」
誰も隠さない。
誰も照れない。
“考えなくていい”ことが、
もう恥じゃなくなっている。
広告の画面が切り替わる。
《返事は、あなたの代わりに》
《言えなかったことを、ちょうどいい形に》
「助かるよね」
その一言が、
正しすぎて、引っかからない。
引っかからないものは、
踏まれたことにも気づかれない。
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Ⅰ. 現実|相談が来ない
配信開始の通知は、静かだった。
鳴らないわけじゃない。
ただ、呼ばれない。
「こんばんは。シオンです」
コメントは流れる。
でも、流れ方が違う。
《今日も見てる》
《雑談?》
《Eteraで決めたら今日は休むが最適だった》
《報告だけど、昨日の件うまくいった》
報告。
完了。
結果。
相談がない。
悩みが消えたわけじゃない。
悩みは、別の場所で処理されている。
(……ここじゃない)
右目の奥は痛まない。
その代わり、焦点だけが合いすぎる。
「今日は……雑談でいい?」
即座に返ってくる。
《それが最適》
《うん、最適》
“最適”が、拍手の代わりに落ちる。
拍手より、軽い。
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Ⅱ. 澪|便利な生活
澪は歩きながら話していた。
「Etera、今日遅れる。店長に送って」
『了解。文面はこちらでよろしいですか?』
「うん、それで」
送信。
一瞬で終わる。
澪は笑う。
「助かる〜」
そのまま、次の提案が出る。
《シオンに「配信?」と送信/成功率 88%》
澪は迷わない。
指を滑らせる。
きょう配信?
送ったあと、
なぜかスマホを伏せる。
理由はない。
伏せる必要もない。
でも、少しだけ間が空く。
澪はそのまま歩き出す。
「……」
何か呼びかけそうになって、
音が途中で切れたことに、
本人は気づかない。
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Ⅲ. 消えていく場所
大学の掲示板。
「学生相談室
受付方法変更
※Etera経由を推奨」
カフェ。
二人組。
「それ、Etera通した?」
「今やる」
声は相手を向かない。
画面に向かう。
占い配信の告知が、
ひとつ、またひとつ消えていく。
理由は丁寧で、短い。
別の形でお役に立てればと思います。
別の形は、
もう決まっている。
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Ⅳ. 観測
【Decision Latency: Reduced】
【Consultation Demand: Near-Zero】
【Naming Events: Declining】
「……観測値、上昇。呼名圧、低下」
評価はない。
感情もない。
世界は、正常だ。
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Ⅴ. 星界の縁|焦り
水面は揺れない。
エテイヤは立っている。
「……あれ?」
笑おうとして、やめる。
「呼ばれなくても……回るんだ」
声が、少しだけ割れる。
「呼ばせる前にさぁ……」
言い切らない。
言い切れない。
足が、勝手に前へ出る。
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Ⅵ. 抵抗|沈黙
配信終盤。
コメント欄の右端に、
小さな表示が出る。
《推奨返答:
「今日はここまで。ありがとう」
成功率 93%》
正しい。
間違っていない。
シオンは、
それを見て、言わない。
言わないまま、
時間が流れる。
五秒。
十秒。
コメントがざわつく。
《?》
《大丈夫?》
《無言?》
何も言えない。
代わりの言葉も出てこない。
喉が、空っぽだ。
三十秒。
沈黙が、放送事故になる。
それでも、
シオンは喋らない。
(……待つのは、違う)
その感覚だけが、
胸に残る。
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Ⅶ. ノイズ|星座
指がカードに触れかけて、止まる。
その瞬間——
世界が、反転する。
右と左が、合わない。
星の並びが、上下逆だ。
理解しようとした瞬間、
吐き気が走る。
耳鳴り。
視界が滲む。
(三枠……?)
【コンパス】——
【トリガー】——
【ルート】—— 7
数字だけが残る。
星座の輪郭が、
歪んだまま立ち上がる。
美しくない。
正しくない。
見てはいけない。
見てしまった。
「……っ」
音にならない音が、
喉に溜まる。
ステ、
ステ、
言わない。
言えない。
しおぽんが、息を詰める。
「……いま、だめ……」
その一言で、
視界が戻る。
戻った世界は、
何事もなかったように整っている。
それが、いちばん気持ち悪い。
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エピローグ|越線
配信を切る。
部屋は静か。
静かで、正しい。
スマホが点く。
《次の最適:
今日は誰にも相談しない》
閉じる。
閉じても、安心が残る。
その安心を、
壊したいと思ってしまう。
外では、誰かが笑っている。
それでも、
胸の奥で一つだけ決まる。
——待つのは、やめよう。
理由はない。
正しくない。
でも、
ここにいないよりは、ましだ。
右目の奥で、
歪んだ星座が、もう一度だけ瞬いた。
静かすぎる世界の中で、
それだけが、うるさかった。
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