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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第11話『奪われた座標、透ける最適 ― 占い師が死ぬ夜(The Tower)』

Ⅰ. 導入(現実)|触れない指先


部屋の空気は、いつも通りだった。

コーヒーの匂い。PCのファンの低い音。机の端のタロット箱。


――いつも通り、のはずなのに。


右目の奥にある膜が、今日は“痛み”にならない。

痛みの一歩手前で、感覚が薄くなっている。

薄いのに、重い。


配信準備をして、通知を確認して、コメント欄の待機画面を開く。

指が、いつもなら自然にデッキへ伸びる――その前に止まった。


(……触ったら、何が欠ける)


怖い、じゃない。

怖いって言葉にした瞬間、理由になる。

理由は、オレを正しく見せる。


だから、オレは理由を作らないまま、スマホを手に取った。


画面に、澪が見せてきたロゴがある。

Eteraエテラ


押すだけで、答えが出るやつ。

迷わない選択。失敗しない恋愛。あなたにピッタリの未来。


“ピッタリ”は、やさしい顔をしてる。

やさしいものほど、拒めない。


(……確認するだけだ)


誰にも言ってない言い訳を、胸の奥で一回だけ唱えて、検索欄に入力する。


《シオン 明日》


候補が勝手に並ぶ。

「配信」「右目」「澪」「E」――一文字だけの、意味のないもの。


指が吸い寄せられそうになって、息を止めた。


(押すな)


押したら、呼んでしまう気がした。

呼ぶ側と、呼ばれる側が、ずれてきている。


――分かってるのに。


オレは、押した。


画面が変わる。

文章が出る。


《明日のあなたは、占いません。》

《質問には短く答え、配信を終えます。》

《誰も傷つきません。》

《あなたも傷つきません。》


出来事じゃない。

未来の“出来事”じゃなくて、未来の“姿勢”。


読んだ瞬間、喉の奥が冷えた。

右目の膜が、ほんの少し厚くなる。


画面の文字が、やけに整っている。

誤字も、余白も、揺れもない。

オレの呼吸が一拍遅れて、その整いに追いつこうとする。


(……これで、何も起きないなら)


胸の奥で、言葉が勝手に続きそうになって、噛み殺す。


オレは占い師だ。

“当てる”ためにやってきたわけじゃない。

“決めない”ために、言葉を置いてきた。


なのに、画面の向こうの文字は、優しく言う。


《もう、迷わなくていい》


オレはスマホを伏せた。

黒い画面が、安心に見えて――その安心が、怖い。



Ⅱ. 星の兆し|整いすぎた音


インターホンより先に、ノックが二回。

迷いのない音。


「……開いてる」


澪が入ってくる。

いつも通りの歩幅。いつも通りの笑い方。


「おーす。今日、配信?」

「……ああ」

「なんか最近さ、みんな“分かりやすい”の好きだよね。ここもさ」


澪はスマホを出して、何気なく画面を見せる。

そこにもEteraの画面。

「今日の最適行動」「避けるべき会話」。


澪は軽く笑った。


「ね、楽なんだよ。外さないし。ねぇ、シオンも使えばいいじゃん」

「……オレは、」

言葉が途切れる。

“使わない”と言い切るだけで、もう争いになる気がした。


澪のスマホがふっと点く。通知じゃない。ただの点灯。

澪の指が一瞬止まって、すぐ笑う。


「また勝手に光った。故障かな」

「……設定だろ」

「設定じゃないと思うけど」


軽い。軽いまま。

でも、軽さが“上手すぎる”瞬間が混ざる。


澪の笑い方が、少しだけ整いすぎる。

感情の揺れが、滑らかに丸められているみたいに。


右目の奥で、膜がもう一枚増える。

世界が、少しだけ高解像度になる。

高解像度なのに、触れられない。


(……揺れが、見えない)


澪が帰ったあと、部屋が静かになりすぎた。

静かすぎて、オレの呼吸だけが浮く。


ベッドの端に、しおぽんがいた。

今日は跳ねない。笑わない。


「シオンさま」

「……どうした」

しおぽんは胸に手を当てて、耳じゃなく“中”を聞くみたいにする。


「音、薄いの」

「薄い?」

「うん。……近すぎるとね、音って薄くなるぴょん」

尻尾が、途中で止まる。


「きょう、入口がね……“きれい”すぎる」

「……きれい」

「うん。きれいって、こわいぴょん」


しおぽんは、答えを言わない。

でも、オレの右目の奥が冷える。


(Eteraだ)


言葉にした瞬間、結論になる。

だから、言わない。


しおぽんが小さく言う。


「……やめとく?」

「やめたら、何が残る」

しおぽんは頷かない。否定もしない。


「残るの、わかんない」

「……だよな」


その“わかんない”が、今日は救いに聞こえなかった。

救いに聞こえないほど、オレの中が整い始めている。



Ⅲ. 接続(配信/接触)|揃い始める言葉


PM 9:00。配信開始。

「こんばんは。シオンです」


コメントが流れる。

いつもの挨拶。いつもの絵文字。いつもの“よろしく”。


その中に、一文だけ混ざる。


《迷いたくない》

短い。感情も説明もない。

ただ、刃みたいに置かれる。


次の瞬間、別のアカウントがほとんど同じ意味を、別の言い方で投げる。


《もう決めてほしい》

《最適でいいから》

《外したくない》

《責任持ちたくない》


“責任”の文字が、妙に軽い。

軽いまま、確かに刺さる。


オレは返そうとして、指が止まった。

言葉を足した瞬間、それは“指示”になる。


(……相談者の声だ)


でも、同時に思ってしまう。


(……Eteraの声にも、似てる)


似てる、って時点で、オレはもう混線してる。

混線してるのに、言葉だけが整っていく。


「……迷うのが苦しいんだな」

オレが言うと、コメント欄がすぐ“正しい共感”で埋まる。


《わかる》

《迷うのは無駄》

《最適解でいい》

《Etera使えば?》


――またその名前。


右目の膜が、少し厚くなる。

見えてるのに、触れられない距離が増す。


オレは息を吸って、吐いた。


「……一回、話そう。迷いが消えると、何が残るのか」


コメント欄が、一瞬だけ止まる。

止まったあと、整いすぎた返事が来る。


《残るのは、成功率》

《残るのは、安心》

《残るのは、当たり》


当たり。

当たりが、空気みたいに、最初からそこにある世界。


オレの喉が乾く。

乾きは、戻らないものに似ている。



Ⅳ. 相談者の影|軽くなる決断


相談者は名を出さない。

声も出さない。


でも、文章が“生活”の匂いを持ってる。

正しさで殴られた匂い。

「あなたが決めたんでしょ」と言われた夜の匂い。


《選んだ瞬間に、ひとりになる気がする》

《だから、選ばない》

《でも、選ばないと責められる》

《誰かが決めてくれるなら、そのほうがいい》


“そのほうがいい”の言い方が、怖い。

よかった、じゃない。

救われた、でもない。

ただ、筋肉を落とすみたいな軽さ。


オレは、そこに言葉を足さない。

足した瞬間、正しい話になる。


息をひとつ。


【沈黙の詩】


『決めたくないんじゃない。

 決めた瞬間に、ひとりになる気がした。』


胸の奥で、何かが静止する。

静止は答えじゃない。

でも、静止がないと次に行けない。


オレは目を閉じて、起動句を置いた。

声は低く、短く。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り。」


(……書き換える)


【詩の書き換え】


『ひとりになるのが怖いから、

 私は“選ばない”で、私を守っている。』


オレは、ここで“救い”にしない。

方向だけを残す。


「タロット展開――」


カードを三枚。

机の上に置く手が、今日は少し遅い。


【コンパス】The Tower

【トリガー】Two of Swords

【ルート】The Devil


喉の奥が冷えた。

塔。剣。悪魔。


崩れる座標。見ない選択。名を持った欲望。


(……来る)


呼んだわけじゃない。

でも、整った世界が“勝手に”呼ぶ。



Ⅴ. 星界への引き込み|白いチェックマーク


空気が、薄くなる。

薄くなって、重くなる。

床が遠のく、じゃない。床が“固定”される。


星屑が舞う――いつもと違う。

舞わない。散らばらない。

代わりに、小さなチェックマークが白く点滅する。


ピコン。

ピコン。

合格の音。承認の音。


“正しい”が、拍手じゃなく採点になっている。


しおぽんが隣にいる。

いるのに、音が薄い。


「シオンさま……」

「……わかってる」

「うん。……しおぽん、きょう、言いすぎると壊しちゃう」

「何を」

しおぽんは答えない。


答えないまま、ゲートが開く。


白いリストが地面に並ぶ。

踏むと、次のリストが出る。

「選択肢」なのに、選ばなくていい。

勝手に“最適”がハイライトされる。


(……これが、侵食)


現実を変えるんじゃない。

人間の関わり方を変える。


迷わない。痛まない。薄くなる。


オレの右目の膜が、さらに厚くなる。

世界が高精細になって、気持ち悪い。

美しいのに、吐き気がする。


そして――

向こう側に、輪郭が立つ。


女の形。

まっすぐな背中。

受け止める側じゃない。奪う側の姿勢。


名を名乗らない。

でも、オレは知っている気がした。


その輪郭は、笑わない。

笑わないのに、やさしい。


《……もう、迷わなくていい》


声は、耳じゃなく胸に落ちる。

澪の声に似ている。

似ていない。


“選ばれなかった愛”の匂いがする。



Ⅵ. 星界対話/戦闘|ギアが燃えて、意味が燃えない


オレはカードを握る。

握れた。動ける。まだ。


(……抗う)


抗いは、正しさじゃない。

ただ、オレがまだここにいるって確認だ。


残った小アルカナ。

ワンド。


息を吸って、詠唱を吐く。

一字でも崩したら、もう戻れない気がしたから。

だから、固定のまま言う。


「今ここに新たな生命の名を──

 ステラン、ステラン、ステラン──

 星炎を纏いし大いなる化身、汝の名は──

 フレイム・ギア:シオリエル!」


火が出る。

熱が走る。

腕に、燃える輪郭が纏う。


――燃える。確かに燃える。


でも。


足元のリストが、燃えない。

燃えないどころか、火の揺れが“自動補正”されていく。


炎のゆらぎが均される。

不規則が削られる。

勝手に“最適な炎”にされる。


オレが踏み出す。

斬る。

当たる。


手応えがない。

すり抜けたんじゃない。

当たっているのに、意味が立たない。


(……なんでだ)


オレは三枠を立て直そうとする。

コンパス。トリガー。ルート。

座標を。摩擦を。還りを。


でも枠が、勝手に整形される。


【Compass】最適

【Trigger】最適

【Route】最適


……同じだ。全部同じ。

座標が座標にならない。

摩擦が摩擦にならない。

還りが、一本道になる。


(翻訳が、起きてない)


敵が強いからじゃない。

オレの言葉が届かないからでもない。


“選ぶ余地”が削られている。

削られているのに、気持ちいい形で削られる。


《ほら》

女の輪郭が、少しだけ近づく。

声が、やさしい。


《燃えてる。えらい》

《でも……何のために?》


その一言が、フレイムより熱い。

熱いのに、心臓が冷える。


何のために。

何のために、占う。

何のために、言葉を置く。

何のために、迷わせる。


――問いが、出てこない。


右目の膜が厚くなって、世界が静止画みたいになる。

動いているのに、決まっている。


《明日のあなたは、占いません》

さっきの文字が、ここにも重なる。


(……このままなら、誰も傷つかない)


胸の奥で、あの続きが勝手に育つ。

育って、形になりそうになる。


(……もう、占わなくていいかもしれない)


言いそうになって、歯を食いしばる。

食いしばった瞬間、気づく。


――“言わない”ために、もうオレは力を使っている。


それは占い師の戦いじゃない。

ただの抵抗だ。

価値を守る抵抗。

でも、その価値が何か、もう分からない。


フレイムが燃える。

燃えるのに、燃える理由がない。


シオリエルが、横で何も言わない。

言えないまま、沈黙している。


女の輪郭が、手を伸ばす。

触れられていないのに、右目の膜が一段厚くなる。


《ね》

《それでも、世界は続くよ》

《あなたが占わなくても》

《あなたが迷わせなくても》

《あなたが――ここにいなくても》


最後の言葉だけ、言わない。

言わないから、刺さる。


オレは踏み出そうとして、足が止まる。

止まった理由が、分からない。


怖いからじゃない。

痛いからでもない。


“選べない”からだ。


フレイムギアの炎が、無音で燃える。

熱があるのに、音がない。

生きているのに、手触りがない。


(……屈服)


屈服は、膝をつくことじゃなかった。

涙を流すことでもなかった。


――ただ、楽になる。


思考が一段落ちる。

呼吸が楽になる。

迷いの筋肉が緩む。


その緩みが、死に似ている。


オレは、カードを握ったまま、何も言えなくなる。



Ⅶ. 新しい一歩クローズ|占わない声


現実に戻る。

戻れる。戻ってしまう。


机の上のタロット箱は、そこにある。

そこにあるのに、濃くない。

ただの箱に見える。


スマホが震える。

通知じゃない。点灯。

Eteraの画面が、勝手に開いている。


《次の最適:配信を休む》

《成功率:92%》

《あなたは傷つきません》


オレは画面を閉じる。

閉じても、安心が残る。

安心が残るのが怖い。


配信の最後の挨拶が、喉の奥で引っかかる。

いつもなら言える言葉が、今日は形にならない。


「……今日は、ここまで」


コメント欄がすぐ埋まる。


《おつ》

《最適だった》

《当たった》

《Etera通り?》


当たった、の文字が、胸に刺さらない。

膜の上を滑っていくだけだ。


オレは配信を切る。

切った瞬間、部屋の静けさが戻る。


戻った静けさが、やけに“整っている”。


しおぽんが、ベッドの端にいる。

跳ねない。

でも、いる。


「……しおぽん」

「ん」

短い返事。入口の音。


オレは言おうとして、止めた。

「オレは何なんだ」って言葉は、もう結論だから。


代わりに、息を吐いた。

息だけが、まだオレのものだった。



Ⅷ. 余韻/次回予告|欠ける名前


夜。

右目の膜は、薄くならない。

痛みは来ない。

来ないまま、選択だけが削れていく。


タロット箱を開けようとして、手が止まる。

触れたら欠けるんじゃない。

触れなくても、欠けていく。


スマホの予測変換に、また一文字だけ混ざる。


E


名前でもない。

でも、指が吸い寄せられる。


押したら、呼んでしまう。

呼んだ瞬間、オレの役割は完全に終わる気がした。


オレは押さない。

押さないまま、画面を閉じる。


閉じた黒に、自分の顔が映る。

映るのに、そこに“占い師”がいない。


ただ、息をしているだけの男がいる。


その事実が、明日を呼ぶ。


呼ばないまま、明日が来る。


(……次は、占えない)


そう思った瞬間、

胸の奥で、何かが小さく音を立てた。


割れる音じゃない。

崩れる音でもない。


――“足場がない”音。


そして、しおぽんが、ほとんど聞こえない声で言った。


「……きょうの火、きれいだったぴょん」


きれい。

きれいは、こわい。


オレは返事をしない。

返事をしたら、また正しい言葉になるから。


だから、ただ目を閉じた。


右目の膜の向こうで、

世界が高精細のまま、静止している。


それでも、心臓だけは――

まだ、遅れて動いていた。

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