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TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―  作者: 詩韻


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第10話 『均された正解、薄まる痛み ― 混ざる水が選ぶ夜(TEMPERANCE)』

Ⅰ. 導入(現実)|当たり前の「当たり」


朝のコンビニ。

レジ横の小さなモニターが、淡々と文字を流していた。


《Etera式:本日の最適行動》

《避けるべき会話:3》

《成功率:92%》


並んでいた三人が、ほとんど同じ間で、同じ棚へ手を伸ばした。

パンの袋が擦れる音まで、似ている。


誰も笑わない。

誰も驚かない。

当たる、はもう「信じる対象」じゃない。

空気みたいに、最初からそこにある。


駅前の縦長ディスプレイ。

ゴシック体が、冷たい光を切り替えていく。


《迷わない選択》

《失敗しない恋愛》

《あなたに“ピッタリ”の未来》


“ピッタリ”という言葉だけが、

やけにやさしく見えた。

やさしいものほど、拒めない。


部屋に戻る。


鍵の閉まる音が、乾いていた。

乾く音は、戻らないものに似ている。


机の端にタロットの箱。

触れていないのに、そこだけ在り方が濃い。


右目の奥に、薄い膜。

痛みじゃない。

痛みの一歩手前で、感覚が一枚だけ隔てられている。


(……当たる、って)


言葉にした瞬間、結論になる。

結論は、人の未来を一本にする。


オレは、そこで止めた。



Ⅱ. 星の兆し|混ざりすぎた音


ソファの端に、しおぽんが座っていた。

今日は跳ねない。

入口としての静けさだけが残ってる。


「シオンさま」


「……ん」


しおぽんは耳じゃなく胸に手を当てる。

“聞く”んじゃない。

“重なる”のを確かめている。


「星の音ね、混ざりすぎてるぴょん」


「混ざると、どうなる」


しおぽんはすぐ答えない。

答えにしたら、そこから先が決まってしまうから。


「強くもない。弱くもない」

「ちょうどいいの」


右目の膜が、少し厚くなる。

見えてるのに、触れられない距離が増す。


しおぽんが、短く言う。


「痛くならない音ってね、止められないぴょん」


オレは配信の準備をする。

同じ手順。

同じ配置。


スマホを伏せた瞬間、暗い画面が“安心”に見えて――

その安心が、少し怖い。


(……楽、だ)


楽になった瞬間、人は「自分で選ぶ」筋肉から先に落ちる。

その落ち方を、オレは知っている。



Ⅲ. 接続(配信)|整う言葉、揃う視線


PM 9:00。配信開始。


「こんばんは。シオンです」


コメントが流れる。

いつも通りの挨拶。

その中に、すぐ混じる。


《Eteraで見たけど今日はTEMPERANCE》

《混ぜると安定する日》

《最適解ください》

《外したくない》

《当てて》


“当てて”の文字は、胸に刺さらない。

冷たい膜の上を、滑っていくだけだ。


「……よかったな」


《成功報告》が流れる。


《言われた通り動いたら上手くいった》

《迷わなくて済む》

《正解助かる》


正しい言葉は、息を奪わない。

だから、誰も止まらない。


しおぽんが画面の外で、小さく手を振る。


「ぴょん。いるよ」


コメントが一瞬だけ緩む。

でも、すぐまた整う。

整うことが、当たり前になっている。


オレは、息をひとつ。

今日、正しさを置いたら終わる。

正しさは、居場所を奪う。



Ⅳ. 相談者の影|「決めて」が欲しい夜


相談者はすぐ入ってきた。

名乗りは「ユウキ」。大学三年。


「就活で迷ってます」

「第一志望か、第二志望か」


声は落ち着いている。

落ち着きすぎて、揺れが見えない。


「第一志望 の方がやり甲斐感じるんですけど、Eteraだと、第二志望の方が定着率も年収も上って言われました」

「もう、そっちにしようと思ってます」


《思ってる。》

でも言葉が、もう“決まった形”をしている。


「最後に占いでも確認したくて」

「外したくないんです」

「間違えたくない」


外したくない。

その一言が、喉の奥で引っかかる。


湿った畳の匂いが、記憶の底から立ち上がった。

狭い町の集会所。折りたたみ椅子。大人の笑い声。


「すごいね」

「当たってる」

「神童だ」


当たることが、疑われなかった頃。

当たることが、ただ褒め言葉だった頃。


――外れなかった占いが、オレの家族を壊した夜。

誰もが“より良い正解”だと思ってた。

オレもそう。


でも、戻れなかった。


オレの言葉が杭になった。

抜けない杭。

抜けば血が出る杭。


(忘れてない)


ユウキが言う。


「で、どっちが正解ですか」


オレは、すぐには返さない。

返した瞬間、それは「一本の未来」になる。


代わりに、低く置く。


「……占うよ」


ユウキが、少しだけ目を見開く。

期待の形が戻る。


オレは続ける。


「でも、一本にはしない」


言い切らない。

宣言にしない。

“やり方”の話として置く。


「選択肢を増やす」

「増えた分だけ、あなたに返す」



Ⅴ. 内省(静止区間)|増やす、という怖さ


正しい答えを渡すのは簡単だ。

それは痛くない。

痛くないものほど、人は何度でも求める。


でも、痛くない正解は、

いつか人から“自分の足”だけを奪う。


オレはカードを見下ろす。

膜の向こうで、右目が熱を持ち始める。


(……楽になりたい)

(決めてやればいい)

(喜ばれる)


その誘惑が、今日はいちばん近い。


だからこそ――

増やす。

あえて増やす。


「決めてあげる」じゃない。

「決められる場所へ戻す」。



Ⅵ. 星界対話/戦闘|当てるが、縛らない


オレは息をひとつ。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り。」


【沈黙の詩】


『当たった瞬間、

 未来が一本になるのが、怖い。』


黙る。

言葉を足せば説教になる。

説教になった瞬間、ユウキの居場所が消える。


【詩の書き換え】


『未来を一本にしないために、

 選べる道を増やす。』


「タロット展開――」


カードは三枚。


コンパス:Temperance

トリガー:Ace of Swords

ルート:Six of Cups


オレは、節制を見る。

混ぜる。均す。整える。

そして、痛みを薄める。


「……Temperanceはさ」

「優しい顔をしてる」


ユウキが息を呑む。

オレは続ける。


「混ぜれば整う」

「薄めれば楽になる」

「正しい答えに寄せれば、外さない」


Ace of Swordsに視線を移す。


「で、剣が立つ」

「一つに決める」

「断言する」

「間違えない」


最後に、Six of Cups。


子ども。過去。無垢。

戻れない原点。


喉の奥が、少しだけ痛む。


オレは、視線を上げる。

ユウキを見る。


しおぽんが、ほとんど声にならない声で言う。


「……混ざりすぎてるぴょん」


オレは頷かない。

否定もしない。



Ⅶ. 新しい一歩|選ばせる、という痛み


ユウキが急ぐ。


「つまり、第二志望が正解ってことですか」


オレは首を振らない。

肯定もしない。


ユウキの呼吸が浅くなる。

その形を求めている。


ユウキが苛立つ。


「結局どっちなんですか」

「占いって、当てるんじゃないんですか」


オレは、代わりに決められない。

だからこそ、二つを並べる。


「正解は、両方だ」

「第一志望も、第二志望も、正解に出来る」


「は?」


ユウキの声が硬くなる。

硬くなるのは、守りだ。


オレは淡々と置く。


「第一志望を選ぶなら」

「あなたは“自分の道”を残せる」

「ただ、痛い」

「周りの正しさに、何度も殴られる」


ユウキが口を開きかけて止まる。


「第二志望を選ぶなら」

「失敗は減る」

「安心も増える」

「でも、“決めた感覚”が残りにくい」

「正しさの中で、あなたが薄くなる」


ユウキが言う。


「……それ、ただの説明じゃないですか」

「どっちでもいいって言ってるのと同じ」


違う。

同じに聞こえるのは、ユウキが“より良い正解”に寄っているからだ。


ユウキの呼吸が、荒くなる。

画面越しでも分かる。

納得じゃない。

ほどけない鎖を、探している呼吸。


「損しない方って、どっちですか」

ユウキの声が、少しだけ低く濁る。

「人生かかってるんですよ」


オレは、ひとつだけ質問する。


「外したくないのは、どっちだ」


「……は?」


「第一志望を選んで、自分が傷つくのが怖いのか」

「第二志望を選んで、自分が薄くなるのが怖いのか」


ユウキの呼吸が止まる。

止まるのは、正解がない質問だから。


しおぽんが小さく言う。


「……いま、音、戻ってきたぴょん」


オレは続ける。


「これは占いだ」

「未来を指し示す」

「でも、あなたの足を奪って当てない」


ユウキが叫ぶ。


「じゃあ、決めてくださいよ!」

「外れたら……外れたら、あんたのせいにさせてよ」

「それが占いでしょ」


コメントが同調して加速する。

《心配だから言うけど、答えがほしい》

《決めてもらえると助かる人もいるよ》

《Eteraの方が親切》

《突き放してるだけ》


オレは、すぐに返さない。

言い返した瞬間、正しさになる。


だから、低く置く。


「終わらない」

「終わらないまま、続く」


それでも、増やす。

道を増やす。

逃げ道を増やす。


「第三の選択肢もある」

「第一志望に挑戦して、期限を決めて撤退する」

「第二志望に入ってからも、第一志望を諦めない」

「“今は決めない”のも、選択だ」


ユウキの顔が歪む。


「……そんなの」

「だるい」

「……失敗しないって言ってくれればいいのに」


その言葉が、本音だった。

だるい、は「自分で選ぶ痛み」への拒否だ。


ユウキは言う。


「やっぱり無理です」

「Eteraに戻ります」

「そっちの方が親切だ」


ユウキのコメントが、止まった。



Ⅷ. 共鳴演出|救われないまま、残る


コメント欄がざわつく。


《冷たくない?》

《結局答えないじゃん》

《占い師失格では》

《Eteraの方がいい》


オレは言い訳しない。

まとめもしない。


配信を切る。

数字が落ちる。通知が鳴る。

胸が少し痛む。


右目の膜の奥が、熱い。

熱いのに、冷たい。


(……それでも)


あの夜の杭を思い出す。

当たった言葉が、誰かの未来を固定した夜。


オレは、同じやり方を選ばない。

でも、占いは放棄しない。


示す。

そのうえで、増やす。

増えた分だけ、相手に返す。


その“返す”が、今日の代償だ。


ユウキは今頃、

Eteraの「正解」に抱かれているだろうか。


画面に映る自分の顔が、

少しだけ、他人みたいだった。



Ⅸ. 後日談|正解の、そのあと


数日後。


タイムラインを流し見していると、

見覚えのある名前が、ふいに引っかかった。


《内定、もらいました》


短い文章。

余計な言葉はない。


動画の中の青年は、

内定通知をかざして自慢げに喋っていた。


「みんなもEteraに決めてもらうといいよ」

「なんならAiの使い方教えようか?w」


笑っている、はずだった。

口角は上がっている。

でも、どこも動いていない。


コメントが並ぶ。


《おめでとう!》

《さすが》

《正解だったね》

《やっぱ安定だよね》


その中に、

「よかったね」も

「嬉しそう」も

ひとつもなかった。


オレは、画面を閉じる。


右目の奥が、少しだけ熱を持つ。

膜の向こうで、何かがきちんと当たった感触。


(……まただ)


未来じゃない。

結果でもない。


“薄くなる”ってやつだ。


オレは、それ以上考えない。

考えた瞬間、それもまた一本になる。


机の上のタロットの箱に、

触れずに視線だけ置く。


当てたくて、占っているわけじゃない。

でも――

当たってしまうことがある。


それだけの話だ。



Ⅹ. 余韻|澪は見ない


夜。

玄関のノックが二回。


澪が入ってくる。

いつも通りの歩幅。いつも通りの袋。


「ちょっと寄った」


「……ああ」


澪は配信の話をしない。

見ていないから。

関わらないと決めているから。


冷蔵庫を開けて、飲み物を取る。

生活の音だけが増える。


澪は机の端――タロットの箱を一度だけ見る。

触れない。

視線だけ、かすめる。


それから、何でもない顔で言う。


「……まだ、続けてるんだね」


評価じゃない。

肯定でもない。

確認に近い。


オレは短く答える。


「……うん」


澪はそれ以上、踏み込まない。

踏み込まないことが、澪の見届け方だ。


一拍。


「無理すんなよ」

澪はそれだけ言って、笑わない。


オレは返事をしない。

返事をしたら、安心になる。

安心は、誤魔化しになる。


澪はソファに座り、スマホを開く。

画面が一瞬光って、すぐ暗くなる。


「Etera占いさ」

「最近、みんなやってるんだよ」

「私も当たってる気がする」


オレは否定しない。

否定した瞬間、敵になる。

敵にしたら、簡単になる。

簡単な物語にしたくない。


澪が笑う。


「楽だよ。迷わなくて済む」


オレは、少し遅れて言う。


「……当たった、は」

「自分で歩いた、とは違う」


澪は返さない。

返せないまま、スマホを伏せる。


その伏せ方が、昔より少しだけ丁寧だった。


右目の奥が、静かに痛む。

痛いから、まだ大丈夫だと思った。



次回

第11話

『(未定)』

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