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魔族という名の絶対悪

ドラコニア共和国の首都、その心臓部に位置する中央広場は、富と権力の匂いでむせ返っていた。


磨き上げられた大理石の敷石は、空行く雲と、行き交う人々の姿をぼんやりと映し出し、その中央に聳え立つ巨大な噴水は、絶え間なく銀貨のような水飛沫を空へと撒き散らしている。


リリスは、その喧騒の只中に、まるで風景に溶け込んだ染みのように、静かに佇んでいた。


バーンズ子爵の気まぐれな命令で、高価な香辛料を買い求めに来た彼女にとって、このきらびやかな光景も、人々の賑わいも、何一つ意味をなさなかった。


彼女の心は、厚い氷に閉ざされた冬の湖であり、いかなる外部からの刺激も、その静寂を乱すことはない。


その空虚な青い瞳は、ただ、与えられた任務を遂行するための情報を機械的に処理するだけで、そこに宿る魂は、遥か遠い地下牢の暗闇にいる母の元にあった。


その時、広場の一角に設置された巨大な魔力映像版が、眩い光と共に起動した。


共和国の紋章が大きく映し出された後、緊迫した面持ちの報道官が現れ、その声が魔力によって増幅され、広場全体に響き渡った。


「緊急速報!緊急速報をお伝えします!先ほど、リバティア連邦との国境地帯に侵攻した魔族の大部隊が、我が人間連合軍の決死の反撃により、壊滅したとの報が入りました!」


その一言が、広場の空気を一変させた。


一瞬の静寂の後、まるで堰を切ったかのような、爆発的な歓声が沸き起こった。


商人たちは商品を放り出して抱き合い、貴婦人たちは扇で顔を覆いながらも喜びの声を上げ、子供たちは意味も分からず飛び跳ねていた。


それは、共通の敵に対する勝利という、最も原始的で、最も強力な一体感の発露であった。


熱狂は、やがて剥き出しの憎悪へと姿を変えていく。


誰からともなく、呪詛のような言葉が叫ばれ始めた。


「よくやったぞ、連合軍!」「魔族どもに死を!奴らはこの大陸から一匹残らず消し去るべきだ!」「穢れた血を根絶やしにしろ!奴らが存在する限り、我々に真の平和は訪れない!」「そうだ、奴らは獣だ!人間の言葉を話すだけの、醜い化け物だ!」


その声は、一つの巨大なうねりとなり、広場を支配した。


それは、正義という名の大義名分を得た、集団的な狂気であった。


人々は、己が抱える日々の不満や不安を、魔族という名の絶対悪に投影し、その憎悪を叫ぶことで、束の間の高揚感に浸っていた。


リリスは、その憎悪の渦の中心に立ちながら、ただ無感動にその光景を眺めていた。


穢れた血。


その言葉は、確かに彼女自身を指すものであった。


雑種の魔族の母と、誰かも知れぬ男たちの間に生まれた、雑種の中の雑種。


その血統はあまりに薄く、彼女の外見を人間と何ら変わらぬものにしていたが、それでも、彼女の存在は、この世界が定義する「穢れ」そのものであった。


しかし、群衆が投げつける罵声は、彼女の凍てついた心に、何の傷もつけることはない。


それは、遠い国の言葉で語られる、自分とは無関係な物語のように、ただ彼女の鼓膜を通り過ぎていくだけだ。


痛みも、悲しみも、怒りすら感じない。


なぜなら、彼らが叫ぶ「真実」は、彼女がその身をもって学んだ、この世界の冷たい理そのものであったからだ。


この世界は、そういうものなのだ。


ただ、それだけのこと。


魔力映像版の画面が切り替わり、今次大戦における三人の英雄の姿が、大きく映し出された。


報道官の声が、誇らしげに彼らの功績と、与えられた称号を読み上げる。


「この歴史的勝利の立役者こそ、神聖ルミナナール帝国より派遣された、勇猛なる三名の騎士である!その苛烈なる正義の槍で、敵将をただ一撃のもとに貫いた断罪の槍、ゼノン様!その慈悲深き歌声で、傷つき倒れた幾万の兵士を再び戦場へと立たせた黄昏の聖歌、リアム様!そして、その凍てつく魔術で、敵の大軍団を一瞬にして氷の墓標へと変えた冬の森の断罪者、フィオナ様!彼らの勇姿を、我々は永遠に忘れることはないだろう!」


画面には、白銀の鎧を纏い、厳しい表情で遠くを見据える騎士が、聖印を胸に掲げ、どこか物憂げな笑みを浮かべる牧師が、そして、琥珀色の瞳で冷徹に戦場を見下ろすエルフの魔法使いが、それぞれ映し出されていた。


広場は、再び割れんばかりの歓声と賞賛に包まれた。



【作者よりお願い】


もし、この物語の中に

胸に引っかかった感情が、ほんの少しでも残ったなら。


苦しかった。

切なかった。

救いが見えなかった。


それでも――

「この先を、最後まで見届けたい」

そう感じていただけたなら。


評価【★★★★★】や、

続きを忘れずに辿っていただくための

【ブックマーク】をしていただけましたら、

それだけで、この物語は救われます。


あなたが感じてくれた、その気持ちが、

この物語を、最後の一行まで導いてくれます。


ありがとうございます。

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