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防衛線崩壊

オーギュストは血に濡れたブーツで石畳を踏みしめ、戦場の轟音を背にホールへと駆け戻る。


視界に飛び込んできたのは、地獄絵図と見紛う光景であった。


倒れ伏す巨躯のオーガと、胸を穿たれたリザードマンの死骸。


その中心に、一人の少女が膝をついている。


リリスだ。


だが、その姿はオーギュストの知る怯えた少女のものではない。


両の手首は無残に砕け、白い骨が皮膚を突き破り、そこから真紅の茨が溢れ出ている。


植物は脈動し、魔族の血を啜り、鋼鉄のような棘を煌めかせている。


不浄。


オーギュストの長年の経験が、即座にそう警鐘を鳴らす。


それは人の業ではない。


魔族の、それも忌むべき変異種の力だ。


彼女が地下牢を脱し、ここまで来た手段を理解すると同時に、彼の右手が無意識に大剣の柄を強く握りしめる。


裏切り者。


魔族の手先。


先刻の断罪が脳裏をよぎり、処刑の義務感が背筋を走る。


彼女こそが、この混乱を招いた元凶の一端ではないのか。


今ここで首を刎ね、禍根を断つべきではないのか。


「やめなさいっ!!」


エヴァの絶叫が、オーギュストの思考を寸断する。


魔力枯渇で顔面蒼白のエヴァが、震える体でリリスを抱きしめている。


冒険者たちの切っ先から、その異形の少女を庇っている。


オーギュストは足を止めた。


リリスの背中は、味方の魔法によって焼け焦げ、赤黒い肉が露出し、煙を上げている。


それでも彼女は、エヴァに背を向けず、敵である魔物に向けて茨を構えていた痕跡がある。


アサシンの死体。


エヴァの無事。


事実は明白だ。


この異形の少女は、己の身を盾にして、エヴァを守り抜いたのだ。


自らの骨を砕き、肉を焼き、命を削ってまで。


それが演技であるはずがない。


策謀のために、これほどの自己犠牲を払う者がいるだろうか。


オーギュストの奥歯がギリと音を立てる。


己の目が曇っていたのか。


それとも、この世界が狂っているのか。


「……武器を引けぇっ!!」


腹の底から絞り出した怒号が、混乱する冒険者たちを打ち据える。


冒険者たちがびくりと肩を震わせ、振り返る。


オーギュストは鬼のような形相で歩み寄り、リリスに向けられていた剣の一本を素手で掴み、強引に押し下げた。


「マ、マスター……しかし、こいつは……!」


「見れば分かる! 魔物を殺し、味方を守った! それが全てだ!」


オーギュストは叫び、エヴァとリリスの前に立ちはだかる。


「敵は外だ! 同士討ちをしている暇などない!」


彼は大剣「断崖」を構え、砕けた扉の向こう、闇から押し寄せる新たな魔物の群れを睨みつける。


リリスへの疑念が晴れたわけではない。


彼女の力は危険であり、魔族との関係も未だ不明瞭だ。


だが、今この瞬間において、彼女は敵ではない。


エヴァを守った恩人であり、守るべき「身内」だ。


「総員、防衛線を再構築せよ! 死にたくなければ槍を構えろ!」


オーギュストの命令に、冒険者たちが我に返り、慌ただしく動き出す。


「グゥオオオオッ!」


雄叫びと共に、新たなオークの部隊がホールへと雪崩れ込んでくる。


オーギュストは息を吐き、足元の石畳を踏み割るほどの力で踏み込む。


「我が背後に道はないと思え!」


一閃。


大剣が風を切り、先頭のオークを兜ごと両断する。


返り血を浴びながら、オーギュストは背後の気配を感じ取る。


エヴァの腕の中で、意識を失いつつあるリリス。


その小さな、しかし壮絶な覚悟を見せた少女のために、今はただ、鋼鉄の壁となることを選ぶ。


疑いは後だ。


罪も罰も、生き残った後に問えばいい。


今はただ、この命を賭して、彼女たちが繋いだ希望を守り抜くのみ。


オーギュストは咆哮し、死地へと剣を振るい続けた。

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