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やめなさいっ!!

リリスは砕けた両手を突き出し、真紅の茨を放つ。


茨は暗殺者の胸を貫通し、背後へと突き抜ける。


同時に、冒険者が放った火球がリリスの背中を焼く。


リリスはよろめき、口から血を吐き出す。


視界が赤い霧に覆われ、全身の感覚が鈍磨する。


それでも、彼女の意志は、ただ一つの目的を捉えて離さない。


「貫け――【紅茨】」


砕けた手首から噴出した茨が、螺旋を描いて収束し、一本の巨大な槍へと変貌する。


それは空間を切り裂き、エヴァの背後へ躍り出たリザードマン・アサシンへと殺到した。


鱗に覆われた魔族が、毒刃を振り下ろそうとした刹那。


真紅の切っ先が、その胸甲を貫通する。


硬質な破壊音と共に、アサシンの背中から太い棘が突き出し、心臓ごと肉を抉り取った。


魔族は悲鳴を上げる間もなく、虚ろな瞳で宙を仰ぎ、ぐらりと傾く。


エヴァの首筋に触れんとしていた刃が、力なく床に落ち、冷たい金属音を立てた。


直後、熱波がリリスを襲った。


冒険者の一人が放った火炎魔法が、彼女の無防備な背中に直撃する。


「がっ……あ……!」


灼熱が皮膚を焼き、衝撃が肋骨を軋ませる。


リリスの体は前につんのめり、崩れ落ちそうになる。


だが、彼女は倒れなかった。


地面に根を張った茨を支えにし、膝を震わせながらも踏み止まる。


背中の服は焼け焦げ、爛れた皮膚から煙が昇る。


血と煤で汚れた顔を上げ、リリスはエヴァの背中を見つめ続けた。


守れた。


その事実だけが、消え入りそうな彼女の意識を辛うじて繋ぎ止めている。


しかし、周囲の空気は凍りついていた。


冒険者たちは、魔族を串刺しにし、火炎を受けても倒れない異形の少女に対し、戦慄を深めていた。


「ひっ……死なないぞ、こいつ!」


「追撃だ! 止めを刺せ!」


剣士が剣を振り上げ、魔導師が再び杖に魔力を込める。


彼らの目には、リリスはもはや人間ではなく、倒すべき敵、恐怖の対象としてしか映っていない。


殺意が、物理的な圧力を伴ってリリスに迫る。


リリスは抵抗しなかった。


もう、指一本動かす力も残っていない。


ただ、静かに目を閉じ、訪れるであろう痛みを待った。


「やめなさいっ!!」


裂帛の気合が、ホールを震わせた。


エヴァ・ハインリヒが、魔力枯渇によるふらつきを押し殺し、リリスと冒険者たちの間に割って入った。


彼女は両手を広げ、味方の武器に自らの身を晒す。


その亜麻色の髪は乱れ、顔色は青白かったが、瞳には鬼気迫る怒りと、悲痛な叫びが宿っていた。


「武器を下げなさい! この子は……リリスは、敵じゃない!」


冒険者たちの動きが止まる。


「で、でもエヴァ様! そいつは……その腕は……!」


「見なさい! この子が何をしたのかを!」


エヴァは叫び、リリスを指差すのではなく、彼女の背後に転がる二体の魔族の死体を示した。


巨大なオーガと、狡猾なアサシン。


どちらも、エヴァと負傷者たちを殺そうとした脅威だ。


それを討ち取ったのは、誰か。


冒険者たちは視線を巡らせ、そして血まみれで膝をつく少女に戻した。


異形の茨は、アサシンを貫いたまま、その役目を終えて萎れ始めている。


リリスの背中は火傷でただれ、四肢は砕け、全身から血が滴っている。


それは、化け物の姿ではなく、捨て身で仲間を守り抜いた、傷だらけの英雄の姿だった。


エヴァは膝をつき、崩れ落ちるリリスを抱きとめた。


「リリス……!」


「エ……ヴァ……さ……」


リリスの口から、空気が漏れるような音がした。


焦点の定まらない瞳が、ぼんやりとエヴァの顔を映す。


「まも……れ……た……?」


「ええ、守れたわ。貴方が守ってくれたのよ」


エヴァは涙を流しながら、リリスの血と煤にまみれた頬を撫でた。


轟音が響く戦場の片隅で、血に濡れた少女と治癒師だけが、静謐な空気に包まれていた。

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