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悪魔にでも

「行けー!」


刹那、リリスの両腕の皮膚が内側から食い破られた。


バヂリ、グチュリ。


湿った破壊音と共に、骨と肉を排除して飛び出したのは、鋼鉄よりも硬く、蛇のようにしなやかな、棘だらけの深緑の蔦であった。


それは生物的な脈動を打ちながら、瞬きする間もなく、リリスを組み敷こうとしていたガストンの胸板を貫いた。


「が……ッ!?」


ガストンの目が限界まで見開かれる。


悲鳴を上げる暇すらなかった。


貫いた蔦は、ただ突き刺さるだけでは終わらない。


ズルリと体内で蠢き、無数の毛細根を血管の一つ一つに侵入させる。


心臓が、肺が、胃袋が、異物に蹂躙され、急速に養分として吸い上げられていく。


ガストンの皮膚の下を、何かが這い回るようにボコボコと隆起し、次の瞬間、彼の目、鼻、口、耳から、鮮血と共に真紅のバラが爆ぜるように咲き誇った。


「あ……ボ、ス……」


ガストンは、自身の顔面が花園と化す中で、乾いた肉人形のように崩れ落ちた。


同時に、リリスの左手から伸びたもう一本の蔦が、目前のボルコフを襲っていた。


ボルコフは反射的に剣を盾にしたが、触手の威力は、ただの覚醒級剣士の防御を紙屑のように粉砕した。


剣身ごと腹部を貫通される。


「ご、ふッ……!」


ボルコフの口から、大量の血反吐が撒き散らされた。


彼は信じられないものを見る目で、自分の腹から生えた蔦を見下ろした。


痛い。


熱い。


腹の中で、何かが蠢いている。


腸が引きちぎられ、内臓が根に変わっていく。


「ぐあぁぁぁぁッ! やめ、やめろッ! 俺の体が……中で、何かが……ッ!」


絶叫するボルコフの傷口から、急速に蕾が膨らみ、パッと開花する。


それは、彼が流した血の色よりもなお濃く、禍々しいほどに美しい大輪のバラであった。


リリスは無表情のまま、右腕を一振りする。


蔦に繋がれたボルコフの体は、布切れのように宙を舞い、地面に叩きつけられた。


彼は痙攣し、全身の毛穴から細い茎を突き出しながら、花の養分となって絶命した。


「ヒッ……!」


「ば、化け物だ……!」


残された盗賊たちが、恐怖に顔を歪めて後ずさる。


リリスは泥の中からゆっくりと立ち上がった。


両腕はもはや人の形を留めていない。


肩から先は、太く脈打つ茨の束となり、その先端には鮮血を滴らせた捕食植物の顎が開いている。


彼女の瞳は、泥と雨に濡れながらも、感情の色を完全に失っていた。


あるのは、有機的な殺戮機構としての冷徹な機能だけ。


逃げ出そうと背を向けた盗賊の背中に、伸びた蔦が突き刺さる。


「ぎゃあああッ!」


脊椎を砕き、そのまま首を貫通して、口から花を咲かせる。


リリスは手首を(あるいは手首があった場所を)僅かに動かすだけで、蔦を自在に操り、逃げ惑う男たちを次々と串刺しにしていった。


斬りかかってくる斧を蔦で受け止め、瞬時に巻き付いて腕をねじ切る。


魔法を放とうとした術者の喉元に棘を突き立て、詠唱ごと食い破る。


一人の男が、泥に足を取られて転倒した。


彼は涙と鼻水を垂れ流し、リリスに向かって両手を合わせた。


「た、助けてくれ! 悪かった! もうしない! 金もやる、何でもするから!」


リリスは、その男の前に静かに歩み寄った。


かつて自分が、彼らにそう乞うた時のように。


そして彼らが、それを嘲笑い、踏みにじった時のように。


リリスの茨が、男の開かれた口内へと滑り込む。


「んぐッ……ぉ……!」


舌を押し潰し、食道を裂き、胃袋へと到達する。


体内での開花。


男の体がビクンと跳ね、眼球が裏返る。


リリスは表情一つ変えず、養分を吸い尽くして萎びた死体を、ゴミのように投げ捨てた。


数分も経たずして、街道の喧騒は死絶した。


雨音だけが、変わらず降り注いでいる。


だが、そこはもはや泥濘んだ街道ではなかった。


累々と重なる盗賊たちの死体。


その全てから、異常な生命力を誇る真紅のバラが咲き乱れている。


血の赤、バラの赤。


腐臭と、濃厚な花の香りが混じり合い、むせ返るような死の園が形成されていた。


リリスの体からは、不思議と汚れが消えていた。


返り血も、泥も、すべては触手が吸収し、彼女の肌を白磁のように美しく修復していた。


かつての痣も、噛み跡も、犯された痕跡も、すべて消え失せていた。


リリスは、泥の中に座り込むエヴァの元へと歩み寄った。


エヴァは震え、言葉を失い、目の前の光景を凝視していた。


彼女の知るリリスではない。


彼女が守ろうとした少女は、地獄そのものを現出させた怪物だった。


リリスはエヴァの前に跪いた。


血を一滴も浴びていない、純白の肌。


整いすぎた顔に、壊れた人形のような微笑みを浮かべる。


彼女はそっと手を伸ばし、エヴァの汚れた頬に触れた。


その指先は温かく、優しかった。


「もう、大丈夫です」


リリスの瞳から、一筋の涙が伝い落ちる。


「エヴァさんを傷つけるものは、全部、私が肥料にしましたから」


「だから……安心してください」


エヴァの喉がひきつり、悲鳴も言葉も出ない。


ただ、目の前の美しい悪魔が流す涙と、周囲に広がる死の花園の対比だけが、網膜に焼き付いていた。

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