表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/164

盗賊団

光に焼かれた網膜の痛みは、物理的な苦痛を超えて、魂そのものを灼くような屈辱の烙印であった。


ボルコフは、ぬかるんだ森の道を、手探りで、千鳥足で進んでいた。


瞼の裏に焼き付いたあの純白の閃光は、今もなお幻覚のように明滅し、彼の視界を歪んだ万華鏡に変えている。


木々の根に何度もつまずき、泥に膝をつくたびに、口汚い罵りが彼の唇から漏れた。


「くそっ……あの女狐……!」


彼の後ろからは、同じように視力を奪われた手下たちの、呻き声とめくら滅法に枝葉をかき分ける音が続く。


彼らがようやくたどり着いたのは、苔むした石壁と崩れかけた監視塔が残る、古い砦の跡地だった。


そこが、このサラス近郊一帯を縄張りとする盗賊団「鉄牙」の一翼を担う、彼らのアジトであった。


ボルコフが、もつれる足でアジトの中庭に転がり込むと、焚き火を囲んで酒を飲んでいた数人の男たちが、一斉に彼に注目した。


その視線には、労いではなく、好奇と侮蔑の色が混じっていた。


「おいおい、なんだその様は、ボルコフ隊長。昼間っから泥んこ遊びかい?」


焚き火の傍らで剣の手入れをしていた、痩身で鷲鼻の男――ガストンが、にやにやと笑いながら声をかけた。


彼の言葉を皮切りに、他の男たちからも、抑えきれない嘲笑が漏れ始める。


「獲物もなしに、手ぶらでご帰還か?」


「見ろよ、あいつら、揃いも揃って目が真っ赤だぜ。女にでも泣かされたか?」


ガストンの言葉は、一本一本が毒を塗られた針のように、ボルコフの千切れかけたプライドに突き刺さった。


彼は、まだ完全に回復しない視界で、ガストンの歪んだ顔を睨みつけた。


「黙れ……てめえら……」


「黙れ、だと? 聞こえねえな。獲物はどうしたんだって聞いてんだよ。まさか、たかが乗り合い馬車一台、仕留め損なったわけじゃあるまいな?」


ガストンはわざとらしく立ち上がると、ボルコフの前に回り込み、その顔を覗き込んだ。


「ああ? まさか、本当に? あの馬車には、上等な女が二人乗ってたはずだぜ。あの銀髪の小娘なんざ、高く売れただろうによ。それを、手ぶらで、この無様な姿で逃げ帰ってきたってのか?」


ボルコフの顔が、怒りと屈辱で紫色に染まっていく。


「……あの馬車には、司祭がいたんだ。光の魔法を使う、厄介な女が……」


「司祭だと?」


ガストンは、腹を抱えて大笑いした。


他の男たちも、それに同調して下品な笑い声を上げる。


「はっ! 覚醒級のお前らが、五人がかりで、たかが魔導級の女司祭一人に追い払われたってのか! こいつは傑作だ! 鉄牙の名が泣くぜ、ボルコフ!」


その瞬間、ボルコフの中で、理性の最後の糸が、ぷつりと音を立てて切れた。


「うおおおおおっ!」


獣のような咆哮と共に、ボルコフは背負っていた巨大な戦斧を抜き放ち、ガストンに襲いかかった。


だが、視界はまだ定まらず、その一撃は空を切り、焚き火の脇にあった丸太の椅子を粉々に砕け散らせた。


火の粉と木片が、夜空に舞い上がる。


ガストンは、紙一重でそれを躱すと、嘲笑を浮かべたまま剣の柄に手をかけた。


「ほう、やる気か? 目も見えねえくせに」


アジトの空気は、一瞬にして張り詰めた。


仲間同士の殺し合い。


それは、盗賊団の掟で最も重い罪の一つだ。


だが、今のボルコフに、そんな掟を気にする余裕はなかった。


「てめえ……殺してやる……!」


ボルコフは再び斧を構えようとした。


その肩を、背後から伸びてきた老獪な盗賊の腕が、力強く掴んだ。


「やめとけ、ボルコフ。内輪揉めは高くつくぜ」


ボルコフは、荒い息をつきながら、ガストンを睨み続けた。


その瞳は、もはや人間のそれではなく、深手を負い、追い詰められた獣のそれだった。


彼は、斧を地面に突き立てると、その柄に額を押し当て、唸るように言った。


「……殺す。必ず、殺す」


その言葉は、もはやガストンに向けられたものではなかった。


「あの女司祭と……あの銀髪の小娘……。絶対に、許さねえ……」


ボルコフの全身から、殺意が黒いオーラのように立ち昇っていた。


彼は、ゆっくりと顔を上げると、アジトにいる全ての男たちを見回した。


「いいか、てめえら。これはもう、ただの追い剥ぎじゃねえ。狩りだ」


ガストンは、剣から手を離し、興味深そうに眉を上げた。


「狩り、だと?」


「そうだ。あの二人は、おそらくサラスの冒険者ギルド、鉄槌と坩堝の連中だ。あの服は、そこの治癒師のものだろう。街に帰ったはずだ」


ボルコフの思考は、屈辱を燃料として、異常な速度で回転を始めていた。


「俺たちは、あの二人を、この森に誘い込み、嬲り殺しにする。金や物じゃねえ。俺の、いや、俺たちのプライドの問題だ」


彼は、ガストンの方を向いた。


「てめえの言う通りだ、ガストン。俺は、恥をかいた。だがな、この恥は、あいつらの血でしか、濯げねえ」


その言葉には、もはや短絡的な怒りだけではない、冷たく、計算された復讐の意志が宿っていた。


ボルコフは、突き立てた斧の柄を握りしめ、続けた。


「俺たちは、誇り高き盗賊団鉄牙の一員だ。鉄牙には掟がある。牙を剥かれたら、噛み殺す。受けた侮辱は、百倍にして返す。違うか!」


その言葉に、アジトの空気が変わった。


嘲笑は消え、代わりに、血の匂いに惹きつけられた獣たちの、獰猛な同調が渦巻き始めた。


彼らは、単なる烏合の衆ではない。


共通の掟と、歪んだ誇りで結ばれた、組織だった暴力集団なのだ。


「そうだ! 俺たちに恥をかかせた奴は、生きて森から出しちゃならねえ!」


「あの女、捕まえて、仲間全員で慰み者にしてやろうぜ!」


「あの銀髪のガキは、俺に寄越せ! 高い値がつく前に、じっくりと可愛がってやる!」


下劣な欲望が、復讐という大義名分を得て、正当化されていく。


ガストンは、完全にボルコフの側に立っていた。


彼は、ボルコフの肩を叩き、邪悪な笑みを浮かべた。


「いいぜ、ボルコフ。その狩り、俺も乗った。だが、ギルドを直接襲うのは無謀だ。あのドワーフの女将は、相当な手練れらしいからな」


「分かってる」


ボルコフは、冷静に答えた。


「だから、待つんだ。奴らが、再びギルドの外に出てくるのを。あの女司祭は、治癒師だ。薬草摘みか、配達依頼で、必ずまたこの街道を通る。そこを、確実に仕留める」


彼は、斥候役の若い盗賊に命じた。


「お前は、明日からギルドの門を見張れ。あの女司祭と、銀髪の小娘の動向を、逐一報告しろ。絶対に、見失うんじゃねえぞ」


「へい、親分!」


ボルコフは、再び焚き火に目をやった。


燃え盛る炎の中に、彼は、あの聖なる光とは対極の、地獄の業火を見ていた。


そして、その炎の中で、あの銀髪の少女が、泣き叫び、命乞いをする姿を、幻視していた。


*俺に、痛みと屈辱を与えたな。*


*ならば、お前には、絶望を与えてやる。*


*ゆっくりと、時間をかけて、お前のその綺麗な瞳から、光という光を、根こそぎ奪い去ってやる。*


復讐の炎は、ボルコフの心の中で、夜の闇よりも黒く、そして深く、燃え上がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ