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第200話 戦争という茶番劇

ドラコニア共和国の首都、その華やかな表層から隔絶された地下の深淵。


かつて忘れ去られた邪神を祀っていたであろう円形の祭壇は、今は新たな主を迎えていた。


壁には不気味な魔力の紋様が青白く明滅し、空気は淀み、死と腐敗の匂いが微かに漂う。


その中心、黒曜石を削り出して作られた禍々しい玉座に、魔族の若き指揮官メルクリウスは足を組んで座していた。


彼の指先が、退屈そうに肘掛けを叩く音が、不規則なリズムで空間に響く。


その視線の先には、アルビオン王国の使者を名乗る男、アラン・スミスが恭しく頭を垂れていた。


アランの顔には常に浮かんでいるはずの穏やかな笑みはなく、ただ絶対的な強者の前に立つ者の緊張だけが張り付いている。


「……面白い芝居を見せてもらった、人間の男よ」


メルクリウスは、まるで戯曲の台詞を口にするかのように、ゆっくりと唇を開いた。


その声は若々しくも、幾千年の時を経たかのような深みと威圧感を宿している。


「愚かな商人どもを焚きつけ、帝国の英雄を罠に嵌めようとは。……なかなかの脚本家だ。だが」


メルクリウスはすっと立ち上がり、アランの眼前に音もなく移動する。


その瞳孔が猫のように細められ、アランの心の奥底を覗き込む。


「我が魔族が、アルビオンの猿どもに助けを乞うた記憶など、我の記録には存在しないのだがな」


冷たい圧力がアランの全身を押し潰す。


汗が額から流れ落ち、背筋を凍てつかせる。


一歩でも間違えれば、この場で肉塊に変わるだろうという本能的な恐怖。


だが、アランは震えを押し殺し、顔を上げた。


「……無論です、メルクリウス様。……偉大なる魔族の方々が、我々のような脆弱な種族に協力を求めるなど、あり得べからざる侮辱でしょう」


アランの声は、恐怖に震えながらも、滑らかさを失わない。


「これは協力要請ではございません。……ただの、利害の一致にございます」


彼は一歩下がり、芝居がかった仕草で胸に手を当てた。


「敵の敵は、友。……これは、我々人間が長きにわたる裏切りの歴史の中で学んだ、唯一にして至上の真理。」


アランは言葉を続ける。


「私の目的は、ゼノン・アルトリウス個人ではありません。彼一人が死んだところで、帝国は第二、第三の英雄を生み出すだけでしょう。……真の目的は、神聖ルミナール帝国と、そしてこの愚かなドラコニア共和国、その双方の国力を根こそぎ削り取ることです」


アランの言葉は、メルクリウスの興味を引いた。


彼は歩みを止め、アランに続きを促す。


「ダグラス卿は、帝国の英雄をおびき寄せる罠に、まんまと食いつきました。……近々、共和国は魔族襲来の偽情報を流し、帝国軍を誘い込むために国境付近の警備を意図的に手薄にするでしょう。……彼らは、帝国軍と偽の魔族がぶつかるのを、高みの見物と洒落込むつもりです」


アランはクツクツと喉の奥で笑う。


「ですが、本当の劇はそこから始まります」


彼はメルクリウスを見据え、その計画の最も邪悪な部分を告白した。


「警備が手薄になったその場所に、我々は本物を呼び込みます。……本物の魔族を召喚するのです。……それも、共和国の衛兵が儀式を行った、という痕跡を残して」


メルクリウスは一瞬、目を丸くし、そして次の瞬間、堪えきれないといった様子で哄笑した。


その笑い声は謁見室の壁を震わせ、天井から埃を落とす。


「ククク……ハハハハハ! 面白い! 実に面白いぞ、人間!」


彼は笑いながらアランの肩を強く叩いた。


「帝国を騙し、共和国を裏切り、そして我々魔族すらも駒として利用する。……その上で、すべての罪を互いになすりつけ合わせ、自分だけが高みの見物を決め込むか」


メルクリウスは感嘆のため息をつく。


「貴様たち人間の闇は、我々が振りかざす純粋な破壊衝動よりも、よほど深く、捻じ曲がり、そして……美しい」


彼は玉座に戻り、再び深く腰を下ろした。


その瞳には、退屈の色はもはやない。


これから始まる最高の遊戯を前にした、子供のような純粋な愉悦が輝いていた。


「よかろう。……その茶番、乗ってやろうではないか」


彼はアランに顎をしゃくる。


「存分に踊るがいい。……だが忘れるなよ、人間。……舞台の主役が誰であるかを」


その言葉は、協力の承諾であると同時に、いつ裏切っても構わないという最終通告でもあった。


「もったいのうございます」


アランは深々と一礼する。


その顔には、計画が成功したことへの満足と、目の前の魔族への底知れぬ恐怖が、奇妙なバランスで同居していた。


彼は後ずさりながら謁見室を退出し、その姿は再び地下の闇へと吸い込まれていった。


一人残されたメルクリウスは、指先で空間に小さな闇の渦を作り出し、それを弄びながら呟く。


「……全く。……人間の闇というものは、我ら魔族の純粋な力よりも、よほど深く、そして厄介だな」

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