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「きれいな、お人形さん!」

フィオナは、人間たちの下品な笑い声と、甘ったるい香水の匂いが混じり合うこの空間に、明確な嫌悪を感じていた。


彼女にとって、この祝宴は勝利を祝う神聖な儀式などではなく、ただの野蛮な騒乱に過ぎない。


しかし、彼女の冷静な思考を僅かに乱すものが、もう一つあった。


それは、この水晶の間を満たす魔力光や人々の熱気とは明らかに異質な、微弱で、しかし粘つくような不快な魔力の流れだった。


それはまるで、清らかな湧水に垂らされた、一滴の汚泥。


その存在自体が、彼女の研ぎ澄まされた感覚を逆撫でした。


*この感覚…間違いない。魔族の気配だ。弱く、雑で、取るに足らないほどの微かさ。だが、確かに存在する。この共和国の連中は、どこまで腐っているのだ。英雄を讃える宴に、穢れた血を招き入れるとは。*


彼女は表情一つ変えず、オルレアン侯爵との形式的な会話をやり過ごしながら、その琥珀色の瞳の奥で、静かに魔力の触手を張り巡らせていた。


その繊細な触手は、貴族たちの虚栄心をすり抜け、貴婦人たちの宝石の輝きをやり過ごし、ただひたすらに、あの不快な源流へと向かって、闇の中を進む蛇のように、しなやかに伸びていく。


やがて、彼女の魔力探査網は、広間の最も薄暗い一角で、その目標を捕捉した。


そこには、壁の花のように、数十人の若い男女が、まるで品定めを待つ家畜のように、静かに佇んでいた。


そして、その中に、ひときわ異質な存在がいた。


他の者たちが緊張や僅かな期待に身を震わせる中、ただ一人、全ての感情を消し去ったかのような、青い瞳の少女。


フィオナの魔力の触手が、その少女の周囲で、確信を持って収束した。


*見つけた。この娘か。血は薄い。あまりに薄すぎて、ほとんど人間のそれと変わらない。魔族の母と、人間の男との間に生まれた雑種…いや、その母親自身も、恐らくは血の混じった下等な種だろう。汚泥を水で薄めたところで、汚泥は汚泥。穢れが消えるわけではない。*


彼女の心中に、冷たい侮蔑の波が広がった。


エルフという、血の純潔を何よりも重んじる種族にとって、このような存在は、自然の摂理に反した、許されざる汚点であった。


彼女の視線が、剃刀のように鋭く、リリスの姿を切り裂いた。


フィオナは、何事もなかったかのように、隣で共和国の海運の重要性について熱弁を振るっていたオルレアン侯爵に、その意識を向けた。


彼女は侯爵の話の切れ目を捉えると、その声に氷のような冷たさを滲ませて、静かに口を開いた。


「オルレアン侯爵」


その声は、喧騒の中にあって、奇妙なほどはっきりと響いた。


侯爵は得意満面な表情でフィオナの方を向く。


「これはこれは、フィオナ様。何かお気に召さないことでも?」


「いえ、ただの好奇心です」フィオナは、作り物めいた、完璧な微笑をその唇に浮かべた。


「この祝宴には、随分と多様な客人が招かれているように見受けられますが、ひょっとして、魔族の方もお招きになったのですか?」


その言葉は、まるで何気ない世間話のように紡がれたが、その内には、鋼の棘が隠されていた。


オルレアン侯爵は、フィオナの質問に込められた鋭い意図に、全く気づかなかった。


それどころか、彼はこれを、自らの手腕と財力を誇示する絶好の機会だと判断した。


彼は、秘密を打ち明ける共犯者のように声を潜め、しかしその顔には隠しきれない得意満面の笑みを浮かべて、フィオナに身を乗り出した。


「おぉ、さすがはフィオナ様、お目が高い!ええ、ええ、おりますとも!ですが、ご心配には及びません。あれらは客ではございません。皆様方、特に、ゼノン様やリアム様のような英雄に、今宵一夜の奉仕をさせるために、私めが共和国中から集めさせた花々でございますよ!美男美女なんでもそろっております!」


侯爵は、壁際に立つリリスたちの方へ、芝居がかった仕草で顎をしゃくった。


「東方の美人、西方美男子、頑丈な獣人、そしてご覧の通り、僅かばかりですが魔族の血を引く美少女も。無論、全員、我が家の魔術師によって、絶対服従の高級奴隷契約を施してあります。万が一にも、英雄方にご迷惑をおかけするようなことはございません。どうぞ、ご安心の上、お好きな花をお選びください。はっはっは、これも共和国からの、ささやかな感謝の印でございます」


「あれらは全て、この私が責任をもって管理する奴隷。厳格な奴隷契約によって、その牙も爪も、そして意思さえも完全に封じております。英雄方への奉仕のために、私が国中から選りすぐった極上の品々。安全は、このオルレアンの名にかけて保証いたしますとも」


侯爵は、そう言って、壁際の少女たちを、まるで自分の所有する家畜を自慢する牧場主のような目で見遣った。


その言葉には、罪悪感など微塵もなく、ただ、自らの財力と権力を誇示する、下劣な満足感だけが満ち溢れていた。


その下卑た笑い声が、フィオナの鼓膜を不快に震わせた。


彼女の琥珀色の瞳の奥で、静かな怒りの炎が、僅かに揺らめいた。


同じ頃、ゼノンは、終わりなき貴族たちの賞賛の言葉の洪水から逃れるように、無意識に視線を彷徨わせていた。


この喧騒、この熱狂、その全てが、彼の心には虚ろな反響音としてしか届かない。


彼の魂は、いまだに戦場の硝煙と血の匂いの中に囚われたままであった。


その時、ふと、彼は一つの視線を感じた。


それは、この会場の誰のものとも違う、奇妙な視線。


憎悪でも、崇拝でも、好奇心でもない。


まるで、遠い星を眺める天文学者のように、何の感情も温度も伴わない、ただ、そこにあるものを認識するだけの、無機質な視線。


導かれるように、ゼノンの顔がその方向へと向く。


彼の灰色の瞳が、壁際に立つ、感情を失った青い瞳と、寸分の狂いもなく交差した。


時間が、止まった。


ゼノンの脳裏に、雷鳴と共に、六年前の光景が焼き付いたように蘇った。


陽光に満ちたバラ園。


甘い花の香り。


そして、一輪の赤いバラを、はにかみながら差し出す、小さな少女。


その頬は希望に輝き、その瞳は、世界への信頼で満ち溢れていた。


きれいな、お人形さん!


その声が、幻聴となって彼の耳に響く。


そして今、目の前にいるのは、同じ顔立ちをしながら、その瞳から全ての光を失った、一体の人形。


……ああ。


…ああ、ああ……。


君は……。


ゼノンは、息をすることさえ忘れていた。


彼の心臓を、氷の槍が貫いたかのような、激しい衝撃。


それは痛みですらなく、ただ、絶対的な現実が、彼の魂を根こそぎ破壊していく音だった。


オルレアン侯爵の自慢げな声も、リアムの心配そうな視線も、もはや彼の意識には届かない。


この絢爛豪華な「水晶の間」で、ただ一人、ゼノンだけが、六年の時を超えて果たされた、あまりにも残酷な再会の意味を理解し、その場に凍り付いていた。



【作者よりお願い】


もし、この物語の中に

胸に引っかかった感情が、ほんの少しでも残ったなら。


苦しかった。

切なかった。

救いが見えなかった。


それでも――

「この先を、最後まで見届けたい」

そう感じていただけたなら。


評価【★★★★★】や、

続きを忘れずに辿っていただくための

【ブックマーク】をしていただけましたら、

それだけで、この物語は救われます。


あなたが感じてくれた、その気持ちが、

この物語を、最後の一行まで導いてくれます。


ありがとうございます。

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