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生死は問わない

通信室の空気は、冷たく張り詰めていた。


水晶板に映し出された映像は、乱れたノイズと共に途切れ途切れに明滅していた。


泥にまみれ、片腕を失った少女が、絶望的な形相でこちらを見つめている。


背後には、異形の影と、圧倒的な魔力の輝きが迫っていた。


「……リアム、様……情報が間違ってます……救援をお願いします……」


悲痛な声が途切れた瞬間、リアムは躊躇いなく水晶板への魔力供給を断った。


映像が消失し、部屋は再び暗闇と静寂に包まれる。


彼はゆっくりと息を吐き、隣に座っていた通信兵に視線を向けた。


「今見たものは忘れろ。……記録も残すな」


「は、はいっ!」


兵士は青ざめた顔で敬礼し、慌ただしく記録媒体を破棄する作業に移った。


リアムは椅子の背もたれに体を預け、目を閉じる。


計算違いだ。


凡人の狂信者集団という事前情報は、完全に誤りであった。


融合級の術者。


それも、腐食呪詛を操る手練れ。


単騎のリリスでは荷が重すぎる。


だが、焦りはない。


彼の脳内では、すでにリスクとリターンの計算が完了し、次なる手が導き出されていた。


リアムは立ち上がり、懐から漆黒の通信石を取り出した。


これは軍の正規回線ではない。


彼が個人的に飼っている、影の猟犬たちへの直通回線である。


魔力を流し込むと、石が赤黒く脈動する。


「鴉。……起きろ」


短い呼びかけに対し、即座に応答がある。


ノイズ混じりの、感情のない男の声。


御意。


……指示を


「座標、帝都近郊、北東の森。……廃棄された礼拝堂跡地だ」


リアムは冷然と告げる。


「標的は邪教集団。ただし、指導者は融合級の術者であり、下級悪魔の召喚を確認している。……総員、対魔装備で展開せよ」


了解。


……生存者は?


「不要だ。……一人残らず殺せ。礼拝堂ごと焼き尽くし、更地にしろ」


リアムの声には、慈悲の欠片もない。


「そして、最優先事項だ」


彼は一呼吸置き、言葉に重みを乗せる。


「管理番号704を回収しろ。……生死は問わないが、生きていれば治療班へ。死んでいれば死体を持ち帰れ。……決して敵に渡すな」


704……あの新しい特務兵か。


……了解した


通信が切れる。


扉がノックされ、重厚な足音が近づいてくる。


「リアム、どうした? 通信室から強い魔力波を感じたが」


現れたのは、白銀の儀礼服を纏ったゼノンであった。


彼は眉を寄せ、心配そうにリアムの顔を覗き込む。


リアムは瞬時に表情を変えた。


冷徹な指揮官の顔から、人好きのする温和な牧師の顔へ。


「やあ、ゼノン。……来てしまったかな」


彼は肩をすくめ、苦笑を浮かべる。


「いや、大したことじゃない。近郊の森で、少しばかり魔力の異常反応があったらしくてね。……念のため、調査部隊を出そうとしていたところだ」


「異常反応? ……魔族か?」


ゼノンの瞳に鋭い光が宿る。


彼は剣の柄に手をかけた。


「私が行こう。……帝都の近くで魔族が跋扈するなど、見過ごせん」


リアムは首を横に振り、ゼノンの手を優しく制した。


「待て待て、落ち着け。……まだ確定したわけじゃない。野良の魔物が迷い込んだか、あるいは古い遺跡の魔力が漏れ出しただけかもしれない」


彼はゼノンの目を見つめ、諭すように語りかける。


「君が出るほどのことじゃないさ。それに、明日は式典があるだろう? ……英雄が寝不足で目の下に隈を作っていては、市民が不安がる」


「だが……」


「任せてくれ。……私の部下に調べさせる。もし本当に危険な魔族なら、すぐに君を呼ぶよ」


嘘である。


呼ぶつもりなど毛頭ない。


ゼノンが現場に行けば、惨殺された無実な市民と信徒の山と、異形に成り果てたリリス、そしてこれから行われる虐殺劇を目撃することになる。


それは、彼の潔癖な正義感には耐え難い毒となるだろう。


リアムの言葉に、ゼノンはしばし葛藤したが、やがて手を離し、息を吐いた。


「……分かった。君がそう言うなら、任せる」


「ああ、任された。……さあ、部屋に戻って休んでくれ」


ゼノンが去った後、リアムは一人、通信室に残った。


窓の外を見る。


雨に煙る帝都の夜景は、黒いインクをぶちまけたように暗い。


あの闇の向こうで、今まさに血が流れ、命が奪われようとしている。


リリスは今頃、泥の中で苦痛に喘いでいるだろう。


だが、それも必要な犠牲だ。


ゼノン・アークライトという光を輝かせ続けるためには、その足元に広がる影を引き受ける者がいなければならない。


自分と、そしてリリス。


二人は共犯者として、その影の中で踊り続ける運命にある。


「……死ぬなよ、704番」


リアムは窓ガラスに映る自分の顔に語りかける。


「お前にはまだ、私の代わりに泥を被ってもらわなければならないのだからな」


彼は背を向け、通信室を後にした。


足取りは軽く、迷いはない。


その背中は、聖職者の服を纏いながらも、死神の如く冷酷な空気を漂わせていた。

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