表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
133/220

危険因子

帝都の喧騒が眠りについた深夜、軍魔法技術開発局の最上階にある執務室は、冷徹な静寂に支配されていた。


魔導灯の青白い光だけが、卓上に積み上げられた羊皮紙の束を照らし出し、琥珀色の液体が入ったボトルに反射している。


フィオナは革張りの椅子に深く腰掛け、羽根ペンを走らせていた。


紙の上を擦る硬質な音だけが、規則的に室内の空気を刻む。


彼女が作成しているのは、極秘扱いとされた「管理番号704・性能評価報告書」である。


インクが滲むことなく、整然と並ぶ文字は、彼女の性格そのもののように無機質で合理的であった。


フィオナは筆を止め、書き上げた一節を冷ややかな瞳で読み返す。


対象704は、従来の魔族奴隷とは一線を画す特性を有する


彼女の脳裏に、雨の中庭で突きつけられた真紅の茨が蘇る。


魔力感知網をすり抜け、物理的な死を運ぶ音なき刃。


魔力回路を持たない攻撃手段は、対魔導師戦闘において圧倒的な優位性を持つ。


既存の防御結界は反応せず、初見での回避は困難である


フィオナは眉間に皺を寄せ、苦々しい記憶を咀嚼する。


あの時、自分の喉元に迫った死の感触は、屈辱であると同時に、兵器としての完成度の高さを証明するものであった。


彼女はペン先にインクを含ませ、続きを記述する。


また、精神構造においても特筆すべき柔軟性が見られる。


夜会における諜報活動では、対象は自らを「無知な愛玩動物」として演出し、警戒心の高い貴族から重要機密を引き出すことに成功した


単なる殺戮機械ではない。


人の心の隙間に入り込み、毒を盛るように情報を抜き取る狡猾さ。


それは、野獣の凶暴性と、娼婦の媚態を併せ持つ、歪で危険な才能であった。


フィオナはグラスを手に取り、琥珀色の液体を一口含んだ。


酒精が喉を焼き、冷え切った思考に熱を与える。


問題は、その異常なまでの学習速度と適応能力である。


教えられたわけでもない礼法を完璧に模倣し、場の空気を読み、最適な仮面を被る。


その成長曲線は、帝国の想定を遥かに上回っている。


結論として、管理番号704は現時点において「制御可能な危険因子」である


彼女は断定的に記す。


首輪という物理的な枷と、ゼノンへの歪んだ執着心という精神的な鎖。


この二つが機能している限り、彼女は帝国の最強の犬であり続けるだろう。


だが、犬が賢くなりすぎれば、鎖の繋ぎ目を噛み切る方法を学ぶかもしれない。


フィオナの瞳に、冷たい警戒の光が宿る。


道具は便利であればあるほど、使い手の喉を掻き切るリスクを孕む。


フィオナは新しい羊皮紙を引き寄せ、提言の項を書き始めた。


対象の有用性を最大化し、かつ潜在的な反逆リスクを早期に摘出するため、以下の措置を推奨する


ペンの動きが加速する。


より過酷な環境下での単独潜入任務への投入。


および、精神的負荷の高い汚れ仕事の継続的な割り当て


彼女は筆圧を強め、最後の文を刻み込む。


これにより、対象の忠誠心の限界強度を測定し、同時に兵器としての損耗を促すことで、過度な戦力増強を抑制する


使い潰す。


それが、フィオナが導き出した最適解であった。


彼女が壊れるまで使い倒し、壊れれば廃棄する。


それが帝国にとって最も合理的で、安全な運用方法である。


フィオナは署名を添え、封蝋を垂らして家紋の印を押した。


重厚な音が、一人の少女の運命を決定づける判決のように響く。


「……精々、役に立ちなさい。704番」


彼女は独り言ち、冷たい夜景を見下ろす窓へと視線を向けた。


ガラスに映る自分の顔は、氷のように無表情であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ