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意思ある刃へ

リリスは地下武器庫の冷たい石床に膝をつき、夜会で得た記憶の断片を淡々と言語化する。


天井から吊るされた魔導灯が揺れ、彼女の影を壁に長く引き伸ばす。


目の前に立つリアムは、腕を組み、表情を消して耳を傾けている。


リリスの口から紡がれるのは、シュトラウス男爵の口が滑った国家機密の詳細であった。


「計画名黒鉄の巨神。来週火曜日、深夜零時に帝都を出発。ルートは北街道を北上し、サラスを経由して西部渓谷へ。……警備編成は重装歩兵二個小隊のみ。魔導師の随伴はありません」


リリスは息継ぎもせず、男爵の手帳から盗み見た数字や、会話の端々から拾い集めた情報を繋ぎ合わせる。


「速度を優先するあまり、対魔法防御および奇襲への対策が欠落しています。……男爵は誰にも知られていないと慢心していますが、情報はすでに下層の酒場にも漏れ始めている可能性があります」


言葉を切ると、地下室に重い静寂が戻る。


首輪の鎖が微かに擦れる音だけが残響する。


リアムは長い沈黙の後、ゆっくりと息を吐き出した。


その瞳には、単なる道具を見る目とは異なる、鋭い評価の色が宿っている。


「……驚いたな」


彼は短剣の柄に指を掛け、リリスを見下ろす。


「ただの宴席の飾りとして連れて行ったつもりだったが、これほどの獲物を持ち帰るとは。……フィオナも認めるわけだ」


リアムは歩み寄り、リリスの前にしゃがみ込む。


聖職者の仮面を完全に脱ぎ捨てた、冷徹な策士の顔がそこにあった。


「この情報は、金に換算すれば城が一つ買える価値がある。だが同時に、帝国の危機管理の穴を示す致命的な欠陥でもある」


彼はリリスの顎に手を添え、上向かせる。


「お前は、ただ殺すだけの犬ではなかったようだ。……嗅覚も鋭い」


リリスはその視線を受け止め、瞬き一つせずに答える。


「私は、ゼノン様の敵となり得る全てを排除するために存在します。……情報もまた、殺すべき敵の一部です」


リアムの手が離れると、リリスは意を決したように口を開く。


「リアム様。……提案がございます」


「言ってみろ」


「この輸送計画、警備の穴を埋めるために、正規軍を動かせば目立ちすぎます。敵対勢力に重要な荷物があると宣伝するようなものです」


リリスは言葉を選び、しかし確信を持って続ける。


「私が、影から支援します。……隊列から離れた位置で並走し、接近する脅威を事前に排除します。正規軍が気づく前に、全てを処理します」


それは、首輪を嵌められた奴隷が口にするにはあまりに大胆な、単独行動の要求であった。


本来なら許されざる越権行為。


だが、リリスは自らの有用性を賭け、その危険なカードを切った。


「私なら、痕跡を残しません。……公式には何もなかったことになります」


リアムは立ち上がり、数歩歩いて背を向ける。


壁に掛けられた地図を見上げ、何かを計算するように指を動かす。


やがて、彼は振り返り、歪んだ笑みを浮かべた。


「……面白い。ゼノンならば危険だと即座に却下するだろうな」


彼は懐から、真新しい羊皮紙と黒いインク壺を取り出す。


「だが、私は効率を愛する。お前のその異常なまでの生存能力と隠蔽技術、使わない手はない」


リアムはサラサラと何かを書き記し、リリスに放り投げる。


「特別権限委譲書だ。……ただし、これの使用は私の許可がある場合のみ。そして、失敗した時は脱走兵の暴走として処理する」


紙片には、現場での限定的な判断権限と、事後報告を許容する旨が記されていた。


それは、リリスが「ただの道具」から「意思ある刃」へと昇格した証でもあった。


リリスは紙片を拾い上げ、胸に押し当てる。


冷たい紙の感触が、心臓の鼓動と重なる。


「感謝いたします、リアム様。……必ずや、ご期待に添う成果を」


「勘違いするなよ、704番。これは信頼ではない。……より効率的に使い潰すための調整だ」


リアムは釘を刺すように低い声で告げる。


「当然、ゼノンには秘密だ。彼には夜間の歩哨任務とでも伝えておく。……あの潔癖な英雄に、自分の庇護者が影で泥遊びをしているなどと知られたくはあるまい?」


「はい。……墓場まで持っていきます」


リリスは深く頭を下げる。


二人の間に流れるのは、秘密という名の鎖で繋がれた、冷たくも強固な共犯関係の空気であった。


リアムが去った後、リリスは一人、薄暗い地下室で羊皮紙を見つめた。


これで、また一つ。


ゼノンの知らない場所で、彼の光を守るための闇が深まった。


彼女は小さく微笑み、その紙を懐の奥深くに仕舞い込んだ。

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