ゴミ処理係
地下室特有の湿った冷気が、石造りの壁を伝ってリリスの肌にまとわりつく。
天井から吊るされた魔導灯が、琥珀色の微かな光を落とし、壁に掛けられた無数の武器の影を床に伸ばしていた。
リリスは直立不動の姿勢で、目の前に立つリアムを見つめている。
真新しい軍用ブーツが、冷たい石床を踏みしめる感触だけが、彼女の意識を現実につなぎ止めていた。
リアムは僧服の裾を翻し、陳列された短剣の一つを指先でなぞる。
金属の冷たい輝きが、彼の瞳の中で反射する。
聖職者の仮面を脱ぎ捨てた彼の表情には、底知れぬ実務的な冷徹さが張り付いていた。
「呼び出した理由は分かっているな、704番」
リアムの声が、地下の閉鎖空間に低く響く。
リリスは無言で頷き、首輪の金属音だけを返答とした。
「お前が署名した契約、そして首に嵌めたその枷。それが意味するものを、具体的に教えよう」
リアムは短剣を台に戻し、リリスに向き直る。
「特務戦力とは、聞こえはいいが、要は帝国のゴミ処理係だ。法で裁けぬ裏切り者、公には手出しできない敵対勢力の要人、あるいは国家の繁栄に不要な障害物。それらを人知れず排除する」
彼は一歩踏み出し、リリスとの距離を詰める。
その眼光は、リリスの奥底にある覚悟を値踏みするように鋭い。
「暗殺、破壊工作、非正規の拷問。……騎士道精神とは対極にある、血と泥にまみれた仕事だ。拒否権はない。お前は道具であり、道具に思想は不要だからだ」
リリスは瞬き一つせず、その言葉を受け止める。
彼女にとって、それは恐怖の宣告ではなく、待ち望んでいた存在証明であった。
「承知しております。……私は、汚れるためにここにいます」
淡々とした、しかし芯のある声。
リアムは口角を僅かに上げ、満足げな笑みを浮かべた。
「物分かりが良くて助かる。だが、一つだけ重要なルールがある」
リアムは指を立て、天井を指差した。
その先には、眠っているであろうゼノンの部屋があるはずだ。
「ゼノン・アークライトは、帝国の英雄だ。民衆にとっての光であり、正義の象徴でなければならない。……彼自身もまた、その理想に殉じようとする潔癖な男だ」
リアムの声色が、皮肉とも哀れみともつかぬものに変わる。
「彼は本気でお前を守ろうとしている。お前を人間として扱い、更生させようとしている。……そんな男に、薄汚い暗殺命令を下せると思うか?」
リリスは首を横に振る。
想像するだけで、胸が痛む。
あの輝かしい白銀の鎧が、陰惨な血で汚れることなどあってはならない。
彼は太陽の下で剣を振るうべきであり、闇の中でナイフを振るうのは自分の役目だ。
リアムはリリスの肩に手を置く。
その手は重く、共犯者の契約を強いる圧力が込められていた。
「だから、実際の指令系統は私が握る。軍部からの汚れ仕事は、すべて私の手を通してお前に下す」
彼はリリスの耳元で囁く。
「ゼノンには黙っていろ。彼には公的な警備任務や演習とでも報告すればいい。……彼の手を汚さず、彼の心を守る。それが、お前と私の共通の利益だ」
リリスはリアムの瞳を見つめ返す。
そこには、友を守るために自ら泥を被る覚悟を決めた男の、歪んだ献身があった。
リリスは深く頭を下げる。
「了解いたしました、リアム様。……ゼノン様の御心に、一片の曇りも生じさせぬことを誓います」
「良い心がけだ。お前が手を汚せば汚すほど、彼の鎧は輝き続ける」
リアムは懐から一枚の羊皮紙を取り出し、リリスに手渡した。
封蝋には、軍情報部の刻印が押されている。
「では、初仕事だ。帝都の下層区画に潜伏する反帝国組織暁の牙。彼らのアジトを特定した」
リアムは冷然と告げる。
「夜明けまでに殲滅しろ。生存者は不要だ。……証拠も残すな」
リリスは羊皮紙を受け取り、その冷たい感触を指先で確かめる。
これが、自分の新しい日常。
これが、エヴァと別れてまで手に入れた、生きる場所。
「お任せください。……雑草は、根こそぎ刈り取ります」
地下室の闇の中で、銀色の首輪が鈍く光った。




