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エヴァさんに御慈悲を

ヴァレリウスの指先が銀針を摘み、リリスの鎖骨の窪みに先端を食い込ませる。


皮膚が微かに抵抗し、プツリという音と共に金属が肉を裂いて侵入する。


鋭い痛みが神経を駆け上がり、リリスの全身が反射的に強張る。


喉の奥から悲鳴がせり上がるが、彼女はそれを歯の隙間で噛み砕き、代わりに低く嘲るような笑い声を漏らす。


「……ふふ、その程度ですか」


リリスは顔を歪めず、冷徹な仮面を維持したまま、眼前の審問官を見据える。


「魔族の痛みへの耐性は、人間ごときが想像できるものではありませんよ。もっと深く、もっと無慈悲にやらなければ、私の口からは何も出てきません」


ヴァレリウスは針をさらに奥へと押し込み、骨膜を擦るように動かす。


リリスの額に汗が滲み、呼吸が一瞬止まる。


彼女は机の下で拘束された拳を握りしめ、爪が掌に食い込む痛みで意識を繋ぎ止める。


「強がりもそこまでいくと愛おしいな」


ヴァレリウスは恍惚とした表情で、血に濡れた針を引き抜く。


赤い雫が白い肌を伝い、囚人服の襟元を染める。


彼はその軌跡を指でなぞり、リリスの耳元で囁く。


「君の体は正直だ。筋肉の収縮、冷や汗、瞳孔の拡散。すべてが恐怖と苦痛を叫んでいる。口では魔女を演じていても、肉体はただの怯える少女だ」


ヴァレリウスは二本目の針を手に取り、今度はリリスの指先へと向ける。


「君が庇っているエヴァ・ハインリヒだがね。彼女への尋問も並行して行う予定だ。君ほど頑丈ではないだろうから、少しの手荒な真似で壊れてしまうかもしれない」


彼は針の切っ先を、リリスの人差し指の爪の間にあてがう。


「彼女が泣き叫び、君を恨みながら死んでいく姿を想像したまえ。君が守ろうとしたものが、君のせいで無残に踏みにじられる」


リリスの瞳が揺れる。


エヴァの名前が出た瞬間、鉄壁と思われた魔女の演技に亀裂が入る。


「……彼女のことなど、どうでもいいと言ったはずです」


声が微かに震える。


「壊れるなら壊れればいい。道具が一つなくなるだけです」


「ほう? ならばなぜ、今、君の心拍数が跳ね上がった?」


ヴァレリウスはリリスの手首の脈に指を当て、冷ややかに笑う。


「君の嘘は美しいが、脆い。その献身が剥がれ落ち、ただの絶望が顔を出す瞬間が待ち遠しいよ」


針が爪の間に突き刺される。


激痛が指先から脳天までを貫き、リリスは息を飲むことさえ忘れ、声にならない叫びをあげる。


視界が明滅し、意識が飛びかける。


限界だ。


これ以上は、演技を続けられない。


もし自分が崩れれば、この男の興味はエヴァへと向かう。


それだけは、絶対に阻止しなければならない。


リリスは霞む視界の中で、ヴァレリウスの瞳に宿る暗い炎を見る。


彼は苦痛を愛し、破壊を愉しむ変質者だ。


ならば、彼が最も喜ぶものを与えればいい。


もっと深く、もっと惨い、彼好みの獲物を。


リリスは呼吸を整え、口角を吊り上げる。


「……あは、あはははッ!」


狂気じみた笑い声が、地下室に響く。


「痛い、痛いですわ! でも、足りない……全然足りない!」


彼女は拘束された体を激しく揺さぶり、自ら鉄の拘束具に手首や足首を打ち付ける。


皮膚が裂け、新たな血が床に滴り落ちる。


「貴方の愛撫はその程度? 魔族を裁くというのなら、もっと私の魂を削り取ってごらんなさいよ! 私の体を滅茶苦茶にして、中身を暴いてみなさいよ!」


リリスは血走った目でヴァレリウスを睨みつけ、挑発する。


「エヴァ? あんな退屈な女に構っている暇なんてないでしょう? ここに、こんなにも極上の玩具があるのですから!」


彼女は舌を突き出し、自分の唇を舐める。


その姿は、聖女の皮を被った魔女そのものであり、同時に、捕食者を誘う哀れな生贄でもあった。


ヴァレリウスの目が大きく見開かれる。


驚き、そしてすぐに深い歓喜の色が浮かぶ。


彼は予定表が書かれた羊皮紙を無造作に床へ投げ捨てた。


「……素晴らしい」


彼は震える手で、より太く、より凶悪な形状をした螺旋状の針を手に取る。


「そうだ、リリス。その通りだ。他の誰かなどどうでもいい。今はただ、君だけを愛そう」


ヴァレリウスは椅子を引き寄せ、リリスの目の前に座る。


彼の関心は完全にリリス一人に固定された。


エヴァへの尋問、政治的な駆け引き、全ての雑音が彼の中から消え去る。


目の前の少女を、物理的にも精神的にも解体し尽くすことだけが、今の彼の世界の全てとなる。


「さあ、見せてくれ。君の限界のその先を」


螺旋針が、リリスの太腿にねじ込まれる。


肉を抉り、神経を巻き取るおぞましい感触。


「ギィィィィィィッ!!」


リリスは絶叫する。


演技ではない、魂からの悲鳴。


だが、その叫びの裏側で、彼女は微かに安堵していた。


(これでいい……私を見て……私だけを壊して……エヴァさんには指一本触れさせない……)


激痛の波に飲み込まれながら、リリスは薄れゆく意識の中で、エヴァの無事な姿を祈り続けた。

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