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全ての罪を飲み込もう

数日間に及ぶ馬車の旅路は、終わりを迎えた。


分厚いカーテンの隙間から、眩いばかりの陽光が差し込み、車内の澱んだ空気を切り裂く。


神聖ルミナール帝国の心臓、帝都ルミナリス。


巨大な白亜の城壁を潜り抜けた瞬間、鼓膜を震わせたのは、圧倒的な生の奔流であった。


石畳を叩く無数の蹄の音、広場から湧き上がる歓声、鐘楼が告げる正午の鐘の響き。


市場には色とりどりの果実や織物が溢れ、着飾った貴族や活気ある市民が行き交う。


平和。


繁栄。


秩序。


窓の外には、穢れを知らぬ黄金の世界が広がっていた。


だが、その光景は、鉄格子付きの窓枠によって切り取られ、囚われの身であるリリスたちの瞳には、遠い異国の幻影のようにしか映らない。


光が強ければ強いほど、車内に落ちる影は濃く、深く沈殿していく。


馬車は賑やかな大通りを外れ、石畳の色が白から灰色へと変わる法務地区へと進む。


歓声は遠ざかり、代わりに冷たい風が石壁を撫でる音だけが支配する。


建物は巨大化し、装飾を削ぎ落とした無骨な威圧感を持って迫り来る。


その最奥に鎮座するのは、空を突き刺すように聳え立つ黒曜石の巨塔。


異端審問所、「断罪の塔」。


帝都の栄光を陰で支える、恐怖と粛清の象徴である。


馬車が重々しい鉄扉の前に停止すると、衛兵たちが槍を鳴らして敬礼した。


フィオナが先に降り、冷ややかな視線で降りてくるよう促す。


リリスは足枷を引きずりながら、硬い地面に足を下ろした。


塔が落とす巨大な影が、彼女の身体を飲み込む。


見上げれば、塔の頂は雲に隠れ、まるで天そのものを拒絶しているかのようだ。


ゼノンが背後に立ち、無言のままその広い背中でリリスたちを威圧する視線から遮る。


だが、その庇護さえも、ここから先の領域では無力であることを、肌を刺す冷気が教えていた。


重い鉄扉が開かれ、地下へと続く螺旋階段が口を開ける。


湿った空気と共に、鉄錆と古びた血、そして絶望の臭気が鼻腔を衝く。


一段下るごとに、地上の光は遠ざかり、石壁の松明が揺らめく頼りない灯りだけが道となる。


階段の壁には、無数の鎖や拘束具が装飾のように掛けられ、かつてここで果てた者たちの無念が染み付いている。


時折、厚い壁の向こうから、人のものとは思えぬ低い呻き声や、何かが砕ける音が漏れ聞こえる。


エヴァの顔色は蒼白になり、リリスの手を握る指先が小刻みに震えている。


最下層。


そこは完全なる闇と静寂が支配する、生者のための墓場であった。


フィオナの指示で、リリスとエヴァは鉄格子で仕切られた特別独房へと押し込められる。


冷たい石床。


湿った藁の束。


そして、逃げ場のない閉塞感。


鍵が回される金属音が、重い宣告のように響き渡り、二人は世界から切り離された。


リリスは鉄格子を背にして座り込み、天井の隅にある小さな換気口を見上げた。


そこからは、地上の光など一筋も届かない。


しかし、彼女の脳裏には、先ほど見た帝都の輝きが焼き付いていた。


美しい世界。


エヴァが生きるべき世界。


そして、自分が決して足を踏み入れてはならない場所。


リリスは自分の手をじっと見つめる。


細く、傷だらけの指。


魔族の血が流れる、穢れた器。


彼女の中で、思考は冷徹な氷のように固まっていく。


審問が始まれば、真実は歪められ、慈悲など期待できないだろう。


ならば、自分が成すべきことは一つ。


「魔女」として、全ての罪を飲み込むこと。


エヴァを騙し、脅し、利用した凶悪な魔族として振る舞い、彼女を「被害者」という安全な場所へ突き放すこと。


それが、家族と呼んでくれた人への、最初で最後の恩返しとなる。


廊下の向こうから、重厚な足音が近づいてくる。


審問官の到着を告げる音だ。


リリスはゆっくりと立ち上がり、服の埃を払った。


震えはない。


恐怖は心の奥底に封じ込め、その上から決意という名の鉄仮面を被る。


隣に座るエヴァが、不安げにリリスを見上げる。


リリスは屈み込み、エヴァの両手を包み込んだ。


「大丈夫です」


静かな声。


それは自分自身への暗示でもあった。


「どんなことがあっても、私は私です。だから……信じていてください」


言葉には出さない。


(私が何を言っても、貴女を嫌いになったわけではないと)


エヴァが何かを言いかけた瞬間、鉄格子の前に影が落ちた。


ゼノンが、苦渋に満ちた表情で立っている。


その後ろには、執行人の姿が見え隠れする。


時が来たのだ。


リリスはエヴァの手を離し、一度だけ強く握り返してから、扉の方へと歩み出した。


その背中は小さく、脆いが、決して揺らぐことはなかった。

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