やがて、あの言葉の意味がわかった
魔力映像版に映し出された三人の英雄。
その中で、一際目を引く白銀の鎧を纏った男の名が、広場の喧騒を突き抜け、リリスの鼓膜に届いた。
「断罪の槍、ゼノン」。
その響きは、彼女の凍てついた記憶の湖に投じられた、一個の小石であった。
それは、大きな波紋を立てることもなく、ただ音もなく深淵へと沈んでいく。
しかし、その沈下の軌跡は、湖底に堆積していた澱を静かに舞い上がらせ、忘れ去られたはずの光景を、彼女の意識の表層へと押し上げた。
六年前。
まだ世界が、偽りの楽園の色をしていた頃。
陽光に満ちた庭園で、彼女は一輪の赤いバラを、おとぎ話の王子様のような、美しい鎧の人形に差し出した。
その時、彼はその大きな体を屈め、彼女と視線を合わせ、そして言ったのだ。
二つの、不可解な言葉を。
「ありがとう」
そして、
「ごめんなさい」
当時の彼女には、その第二の言葉の意味を解き明かす術はなかった。
ありがとう、は分かる。
花をもらったのだから。
だが、ごめんなさい、とは何に対しての謝罪だったのか。
その問いは、答えを得られぬまま、彼女の無垢な心の中に、小さな棘のように残されていた。
だが、今ならば分かる。
バーンズ子爵の寝台で、痛みと屈辱の中で世界の真実を学んだ今ならば。
あの謝罪が、一体何を意味していたのかを。
*ああ、そうか。あの言葉は、そういう意味だったのか。*
それは、同情。
それは、憐憫。
それは、これから避けられぬ運命によって蹂躙されるであろう、か弱き存在に向けられた、束の間の感傷。
しかし、それは決して、救済の手を差し伸べるという約束ではなかった。
なぜなら、自分は彼にとって、守るべき民ではなく、討つべき敵であったからだ。
あの白銀の騎士は、魔族の幼体である自分を前にして、その内なる騎士道精神と、帝国兵士としての義務との間で葛藤したのだろう。
そして、その葛藤の末に、彼は後者を選んだ。
だからこその「ごめんなさい」。
救うことができないことへの謝罪。
殺さねばならない相手に、僅かばかりの同情を抱いてしまったことへの、自己嫌悪。
そうだ、自分は、あの時からずっと、殺されるべき存在だったのだ。
救いを求めること自体が、許されざる傲慢であったのだ。
その冷徹な真実が、リリスの心に、改めて深く刻み込まれた。
それは、もはや彼女に痛みを与えることはない。
ただ、世界の構造を再確認するだけの、無機質な作業に過ぎなかった。
報道官の声が、再び熱を帯びて広場に響き渡る。
「そして、朗報です!この度の戦勝を祝し、三名の英雄方は、神聖ルミナール帝国への凱旋の帰路、我がドラコニア共和国に立ち寄られることが決定いたしました!数日のご滞在ではありますが、共和国はこの栄誉を、最大限の歓待をもってお迎えする所存であります!」
その発表は、群衆の熱狂を、制御不能なレベルにまで引き上げた。
英雄たちを、この目で見ることができる。
その栄光に、直接触れることができる。
その期待が、広場を埋め尽くす一人一人の胸を焦がし、歓喜の絶叫となって天を衝いた。
人々は、来るべき祝祭の日を思い描き、その顔を希望と興奮で輝かせている。
リリスは、その狂乱の渦に背を向け、静かにその場を離れた。
彼女の心には、六年前の騎士との再会に対する、いかなる感情も湧き上がってこなかった。
期待も、憎悪も、恐怖も、何一つない。
ただ、六年の時を経て、再び二つの運命の線が交差しようとしている。
その事実を、まるで遠い星の運行を眺める天文学者のように、冷たく、そして無関心に認識するだけだった。
彼女は、背後で鳴り響く歓声を聞きながら、与えられた任務を遂行するために、香辛料店へと足を向けた。
その足取りは、軽くも重くもなく、ただ、決められた道を、決められた歩幅で進むだけの、自動人形のそれであった。
英雄の凱旋も、世界の行く末も、彼女にとっては、地下牢に繋がれた母の命より、価値のあるものではなかった。
【作者よりお願い】
もし、この物語の中に
胸に引っかかった感情が、ほんの少しでも残ったなら。
苦しかった。
切なかった。
救いが見えなかった。
それでも――
「この先を、最後まで見届けたい」
そう感じていただけたなら。
評価【★★★★★】や、
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【ブックマーク】をしていただけましたら、
それだけで、この物語は救われます。
あなたが感じてくれた、その気持ちが、
この物語を、最後の一行まで導いてくれます。
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