特殊性癖
俺にはドカヘルが似合う。
そう思っておった。俺ほどドカヘルの似合うモヤシはおらぬのだと。
しかし現場の男どもは口を揃えていうのだ。「パンクのロック歌手みたいなやつ」──と。黒い髪がモッサモッサなのも、そう見えるらしい。
何を言うとるか。ロック・ボーカリストならともかく、ロック歌手などというものは既に絶滅しておる筈である。俺のことは是非「文豪のような容姿」と言うてくれ。
大体、おまえらに何がわかるというのだ。おまえらに愛がわかるか? おまえらに愛する女性は……まぁ、おるのだろう。しかし、その女性に「愛してる」と言うたことがあるのか? 俺はある。っていうか毎日ソノにそれを言うておる。まるで日課のように──否! すべからくそれをしておるのではなく、心から我が妻にその言葉を言うておるのだ。
男三十一歳──恥ずかしげもなく妻に「愛してる」を口にできる者にはドカヘルが似合うのである。
今日も大地を穿つ肉体労働を終え、帰ると四畳半の部屋でソノが飯を炊いている。
「おかえり、さんちゃん。今日は子持ちししゃもが安かったの」
涙が出る。
こんな良い嫁の、かわいい笑顔を、俺なんぞがいただける幸せに。そしてこんな美しい嫁に、飯を炊かせる己の不甲斐なさにだ。
日に一万円の銭を稼ぐとはいえ俺はしがない労働階級。ブルジョワジーは俺に似合わぬ。プロレタリアートが似合うとはいえ、ソノにもっと楽しい思いをさせてやりたい。綺麗な服を着せてやりたい。
それでも俺は『すまん』は言わぬ。
今日も「ありがとう」を口にする。もちろん「愛してる」も伝えるのだ。そしてソノを真正面から抱きしめ、その丸い頭を撫で撫でするのである。
「愛してる、ありがとう」
「あたしもだよ、さんちゃん」
妄想する。
ソノの──この天使のごとき人間の頭には、どんな綺麗な脳味噌が入っておるのか? と。
俺が愛してやまないこの女性は、どんなことを考えていて、それをどんな脳味噌において考えておるのか? と。
その蓋をぱかりと開けて、見てみたい。
きっと美しい光沢を浮かべているであろうその脳味噌に、舌を入れてみたい。
きっと彼女も痺れたように笑ってくれるだろう。しかし、そのあとで壊れて、もう二度とこのかわいい笑顔を見せてはくれなくなるのであろうか。
己を鎮め、今日もそのかわいいつむじに接吻するにとどめた。
笑い声が二人の食卓に弾む。
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最低俗悪の告白を読者諸兄に開示しよう。
俺はその夜の帰り道、新しい力を得たのだ。
しかし最初はそうだとは思わなかった。ジジジと点滅する古い街灯の下に立っていたのはチュパカブラというやつだったのかもしれぬ。ちいかわに出てくるようなかわいいものではなかったが。
巨大な蚊のような、しかし獣の身体をもつその怪物の姿を認めた時、もう逃げるには時機を逸しておった。
やつは飛びついてくると、その尖った長い口腔を、俺の頭に突き立てた。迂闊なことにドカヘルは脱いでおった。しばらくチュウチュウと音を立て、俺は頭の中身を吸われた。それで俺は死んだと思ったのだ。すまぬ、ソノ。ソノよ、俺のことは忘れて幸せになってくれ──そればかりを考え、その時に新しい力を得たのだなどとは、ちっとも考えられる筈もなかった。
いつの間にかアパートの玄関だった。
ドアを開けると、愛するソノが振り向いた。
「おかえり、さんちゃん。お疲れさま」
また、涙が出かけた。
俺の愛する嫁は世界一かわいい嫁だ。俺はまっすぐ抱きしめると、今日も「愛してる」を言う。
その唇に接吻し、その耳に愛を囁きながら、尖った爪で、無意識にソノの頭の蓋を切り開いていた。
ゆっくりと、宝箱を開けるように、ソノの蓋を、開く。
中には瑞々しい処女のような脳味噌が、はちきれんばかりに揺れていた。俺はたまらず尖らせた舌をそこに差し入れると、丁寧に、優しくかき回す。
電気を流されたように、ソノの顔が痺れて痙攣し、嬉しそうに白目を剥きながらも、俺を見つめた。
その髪を優しく撫でながら、俺は何度も彼女の愛しい脳味噌を味わった。美しい脳味噌に見惚れた。ソノが考えていることは、その世界は、残念なことに伝わってはこなかった。しかしソノの味はわかった。その味は俺の全身に伝わり、駆け巡った。俺はソノを知れた。知れたつもりになれた。
夢が──叶いました。
そっと頭の蓋を戻すと、ソノが痺れるのをやめ、にっこりと言った。
「今日は豚肉が安かったのよ!」
二人で食卓に並んで着くと、茹でた豚肉をぽん酢で食った。二人とも酒は飲まぬが、酔ったようになっておった。
二人の食卓にばかみたいな笑い声が行き交った。
次の朝、目覚めると、ソノが俺の胸を爪で切り開き、心臓を食っておった。うっとりするような表情で、顔を左右にゆっくりと振りながら、味わっておった。ソノは俺のそこが知りたかったのだ。俺ばかりが願いを叶えてすまんかった。好きなだけ食え。それでどうか俺のハートを知ってくれ。
最低だ。最低で俗悪だと知りながらも、俺はこの幸福を読者諸兄に告白したい。
俺たち夫婦は『バカップル』になってしまったのだ。




