【第八話】県立高校三年、立花美羽
お父さん達と会うために山道を登山口に向かって走りながら、私たちはヒロシくんから事情を聞いていた。
私たちが小川に顔を洗いに行ったすぐ後にやってきた三体のグリフォンのこと。
そしておそらく魔物軍の幹部であろう男の話をヒロシくんから聞く。
説明を終えた、ヒロシくんはその時考えついた、これからの私たちの行動案を話だす。
「奴らはすぐにあの広場に放置された死体処理のために戻ってくるだろう。俺はその魔物たちが死体処理をする現場を親父さん達にみてもらおうと思う。もちろん奴らに気づかれずにひっそりとだ」
「なるほど、私たちの戦闘の動画を見せるよりも、実際に魔物達をみてもらった方がいいと考えたのね」
「ああそうだ、美羽。あの死体を処理されてしまったら、動画を見せただけでは証拠としては弱い。仮に親父さんたちに信じてもらえても、さらに上の人はそれだけでは足らないといって、動画を画像解析やら、なんやらかけらて調べようとするだろぉ、そんなことしているうちにあっという間に時間が過ぎてしまう。それじゃ奴らの思う壺だ」
「仮にも俺たちの親父は自衛隊の幹部。確か1等陸佐、上から3番目だっけ?それに加えてレンジャーの人たちも目撃したとの証言があれば、撮影した動画の信憑性も上がると考えたわけだな」
「そういうこと。あの動画は解析されるとしても、それだけの人が証言してくれたらかなり早い段階で上の人たちは動いてくれると思うぞ。」
「さすがヒロシくんね!」
ヒロシくんにとって、次から次へと起こった、考えもつかない異常事態の中で、瞬時にここまで考えを至らせるヒロシくんに心から感心した。私だったらその場に固まっていただけだろう。
「なっ!美羽、ヒロシを最初に味方につけて正解だったろ」
兄は自分のことのように自慢げだ。
そう本当にヒロシくんはすごい人だ。難関の防衛大学にも主席で合格している。防衛大学よりもっと難しい難関大学でも、どこでも難なく入学できたはずだったと、前にヒロシくんの担任だった私の担任の先生も、そう絶賛していた。学力だけなく運動能力も秀でているらしく、防衛大学ではみんなが次々に脱落してい激しい訓練でも涼しい顔して難なくこなしてしまうそうだ。「ヒロシは自衛隊の未来を背負って立つ男だ」とヒロシくんの話をするたびに兄はそう言っていた。
「だがヒロシ、巻き込んでしまって本当に申し訳ない!この借りは必ず返す!」
兄は私も思っていたことをヒロシくんに詫びる。
「いいんだよ、借りなんか返さなくっても。それどころか巻き込んでくれてなきゃ何も知らないうちに魔物に殺されていたかもしれないんだぜ。借りを作ったのは俺んほうだ。それも特大なヤツな」
そう、ヒロシくんは人としての器も大きい。
そうこう話しているうちに登山口からやってくる自衛隊の隊服を着た四人を確認する。
「お父さん達だ!」
「とりあえず広場の視察までの行動は、俺から親父さん達に説明するから任せてくれないか?」
「ああもちろん任せる!」
父たちの距離が近づき、声が届く距離になると、父は心配そうに大声で声をかけてきた。
…………「おーいっヒロシは大丈夫かぁ〜」
「おい、親父さんは俺のことを心配しているようだけど、なにを心配してるんだ?」
父はおぶされていたヒロシくんが負傷していると思ったらしく、応急処置の準備を整え待ってくれていた。
「父さんすまない!紛らわしいことをしてしまった」
私たち三人は、父とレンジャーの方々にお詫びを入れる。
ごめんなさい…。
こうして私たちは無事父たちと合流し、魔物たちがやってくる広場を、こっそりと偵察ができる高台へと急いでいた。
先頭に兄と兄に背負われたヒロシくん。その後をレンジャーの三人、そして父を背負った私が最後尾だ。
「うっううううぅぅ……。」
私に背負われた父が私の背中で泣いているような声をあげているだけど、酔ったのだろうか?だが先を急がなければならないので気にせず走り続ける。
私が背中を追うレンジャーの三人は、少しスピードは落としているとはいえ、ダッシュの状態で走り続ける兄にしっかりとついて行っている。
父たちと合流した際、父に自分たちの無事を手短に伝えると、すぐにヒロシくんに交代して状況説明をしてもらう。父は黙ってヒロシくんの話を聞き、そしてその指示にしたがってくれた。ただ父はひとつだけヒロシくんに「ヒロシ、おまえなんでパジャマなんだ?」と質問していた。
父たちと合流し、その場を出発して30分、ようやく広場全体を見渡せて鬱蒼と木々が生える高台に到着する。
私たちは身を潜めながらそっと広場を見下ろす。隣にいた父が「くっ」と息を呑む微かな声が聞こえた。
見下ろした広場にはまだ大量の魔物の死体が転がっていた。
気づくと父の隣で酒井3等陸曹が小型ビデオカメラでその様子を撮影していた。
わざわざ少し後ろに下がり、父や他のみんなが映り込むように撮影している。なるほど、その場に父や同僚がにいた証拠としてそのような撮影をしているのだろう。
ビデオカメラは、兄が嘘をついて話した山岳地帯の地滑りの状況を撮影するために持って来たのだろう。嘘をついてごめんなさいと心の中で謝る。
しばらくすると大きな羽音が近づいてくる。私と兄の頭を潰してくれた鳥ライオン、グリフォンだろう。(グリフォンだと後でヒロシくんに教わった)かなりの数で飛んできたようで、どのグリフォンも前足である鳥足に二体ずつ小鬼を掴んでいた。ちなみに豚巨人はオークと呼ばれているらしい。
グリフォンたちはゴブリンを広場に下ろすと、ゴブリンたちは死体を大きな袋に詰め込んでいった。その間数体のグリフォンは上空を旋回し、周りを警戒しているようだった。
死体でいっぱいになった袋をグリフォンたちは掴んで空に舞い上がり、そのまま山岳地帯の最奥部へと飛んでいった。
グリフォンたちが死体袋を全て回収すると。ゴブリンたちは空に両手をあげて何やら呟き始める。すると雲ひとつない晴天の空から雨が降り出す。
「なんだあれは?」
父がそう呟く。
「あれは魔術だと思うよ」
父の疑問に私はそう答えると、何やら言いたげな顔になったが、そのまま押し黙る。
ゴブリンが降らせた大量の雨は広場の血の跡をきれいに流していく、雨の中ゴブリンたちは見落としがないかと地面を這うように調べてまわった。
あらかたきれいになると雨を止め、元いた3分の2程度のゴブリンたちは山の奥に姿を消していく。残ったゴブリンは地面の雨が乾くのをまち、再びあたりを調べてまわっている。
…まだ痕跡が残っていたのだろうか、ところどころでまた魔術の雨を降らせている。すごい念の入りようだ。
やっと満足したのか残りのゴブリンも隊列を組んで山の奥まで帰っていた。
「さて、早速この状況を説明してもらいたいところだが、それは自衛隊基地に戻ってからにしよう。私だけでは荷が重すぎる。信頼のおける上官にも事情聴取に付き添ってもらうつもりだ。おまえたち異論はないな?」
「もちろん異論はないよ」
私たちを代表して兄が答える、私もヒロシくんも大きく頷く。
「それじゃレンジャーの三人はすまないがここで監視を続けてくれ。状況が異常すぎるので他の者にはここをまかすことが出来ないから、少し長丁場になると思ってくれ。市岡隊士長は一旦基地に戻って必要な物資を揃えてここに戻って来てもらうことになる。何か質問は?」
「はっ、了解です。質問はありませんが忘れないうちにこのビデオカメラをお渡しします。予備がまだありますのでお持ちください」
「了解だ。何かあればすぐに連絡するように。そしてくれぐれも身の安全を最優先するように」
「はっ」
そうして敬礼を交わす父とレンジャーの方々。
私たちはレンジャーの方々へ挨拶もそこそに早々に下山を始めた。