【第三話】勇者、日本に帰郷する
陛下と僕が、魔術の特訓や日本侵攻作戦のすり合わせをしていた10日間の間に、宰相は兵の招集や、兵站の下準備等に駆けずり回っていたようだ。
《陛下、日本侵攻準備は滞りなく整いましたぞ!》
陛下と僕が侵攻計画の不備がないかチェックしていた時、会議室のドアが「バンッ」と大きな音を立て勢いよく開くと、開口一番、宰相は大声でそう告げきた。
宰相とは10日ぶりの顔合わせだが、すっかりと人相が変わっていた。
落ち込んだ目は睡眠不足を連想させ、眉間にクッキリ浮き出た皺は苦悩の連続だったことを物語り、ゲッソリと痩せコケた頬はろくに食事もとっていないことを示していた。
陛下と僕は思わず《だっ誰?…》と口走ってしまうほどの変わりようだった…。
陛下は宰相の苦労を瞬時に察すると、声も高らかに宣言した。
《宰相、ご苦労であった!それでは明日の早朝に出陣式を執り行うこととする!》
《ははぁっ!御意のままに!》
陛下の宣言を聞き、宰相はまた会議室から飛び出して行った。
《あのぉ〜陛下、宰相死にませんよね?…》
《…あ、ああ、…そうだな。……いやっ大丈夫だ。後ほど私が宰相に治癒魔術を施すこととしよう…》
《ありがとうございます!是非そうしてください》
そして翌朝、帝城にある、学校のグランドが10個は入ろうかというほどの広さがある中庭に、大勢の魔物たちが集結していた。
決して綺麗だとは言えないが、それなりの隊列を組んだ状態で、それぞれ思い思いに隣にいる魔物たちと話し込んでいる様子が、遠目からでも確認できる。
そんなザワザワとしていた中庭の様子だったが、壇上に現れた陛下によってピタリと止み、シーンとした静寂に包まれる。
『✦◇⁃✫❊✴︎☩☓☍♆⚇!』
《皆の者、よくぞこの場に集うてくれた!》
陛下は僕を気遣ってか、異世界語と念話を同時に使って演説を始めた。
へぇ〜、そんな使い方もできるんだぁ…。
《これより、皆は戦地日本へと向かうこととなる。知っての通り、日本は地球の国々の中でも大国と呼ばれるほどの国。決して侮ることはできない。恐らくこの中から多くの戦死者が出てくるであろう…。しかしっ、忘れないで欲しい!その死は、残された皆の愛すべき家族や、友人たちの未来の希望につながっていることを!》
うん、うんっ!陛下のお言葉、胸に沁みるよ!
僕も日本に家族や友人たちを残してきている…。
たとえ僕が死のうとも、その家族と友人たちだけじゃなく、出来るだけ多くの人々が戦火に巻き込まないようにしなければ…。
《それでは今より、この軍の総指揮官と幹部たちを紹介する》
僕が決意を新たにしていると、どうやら軍の幹部たちの紹介が始まったようだ。
《まずは軍の総司令官、ここへ…》
陛下からの呼びかけに、総司令官に任命された小柄な人物が、陛下に歩み寄る。
『えっ宰相?』
なんと、総司令官に任命されていたのは宰相だった。
《陛下より総司令官の任を任された、帝国宰相のグムエルだ。皆の者よろしく頼むぞ…。さて、この場を借りて、私から皆へ紹介したい人物がいる。日本からの救世主、『勇者』山本太郎殿、ここへ…》
宰相のスピーチに会場内の兵士たちが再び騒めき始める。
そりゃぁそうだ、今から攻め込む日本の国民が自軍の救世主だと急に言われても、当然戸惑うだろう…。
だが、呼ばれてしまったのでは仕方がない、僕は控えていた壇上の隅からおずおずと宰相の前に進み出る。
すると宰相はニッコリと僕に笑いかけて、握手を求めてくる。
僕は差し出された宰相の手を取り、しっかりと握手を交わす。
すると騒めいていた会場が、再び静寂を取り戻す。
《宰相が言っておった通り、ここにいる『勇者』山本太郎は我らの救世主であることは誠だ。その証拠に今から皆の前である術を、この勇者に披露してもらうこととする》
宰相の後を引き継ぎ、再び皇帝陛下が会場の全員に語りかける。
会場全員の目が僕に集中する。痛いほどの視線に僕の緊張感はピークへと達したが、静かに深呼吸をすると、陛下の仰った術を壇上で披露した。
その術が発動した途端、あたりは眩いほどの光に占領されてしまう。
そしてその光がおさまっていくと、オーク一人がかろうじて映り込めるような、姿見鏡のような楕円形の空間が姿を表す。
《ゲートだ…》
静寂に包まれた会場にいる一人の兵士がそう呟いた…。
《ほっ本当だ!ゲートだ…間違いない、俺は一度だけこの目でゲートを見ている》
そばにいたもう一人の兵士が、声を上げる。
念話で語られた、その声は瞬く間に、会場中に響き渡り…。
ウオォォォォォォ………!!!!!
静寂が一瞬で歓声に変わる!兵士たちの雄叫びが大音量で会場中を埋め尽くした…。
兵士たちの興奮冷め止まぬ中、出陣式は粛々と進み、滞りなく出陣式は終わりを迎えることができた。
今は末端の兵士たちは、それぞれの宿舎に戻っており、僕の目の前にいるのは、それぞれの隊を統率する大隊長と小隊長たちのみ。
僕はその隊長たちに囲まれていた。
《勇者様!志願して来た末端の兵たちを代表して申し上げます!私たちはどうなっても構いません!どうか…、どうか残された家族たちをどうぞお救いください!》
目に涙を溜めながら、僕に懇願してくる大隊長のひとり…。
他の隊長たちも、目に涙をいっぱいにしながら、懇願するように僕を見つめている。
そんなみんなの様子に、僕の目にも涙が溢れてくる。
《大丈夫!任せて!今日この日この時、僕は誓ってみせる!ここに発現させたゲートを、みんなの家族たちの、幸せに通じる扉にしてみせるとっ!》
《うっううぅぅ…、ありがとうございます!ありがとうございます!…》
集まった隊長たちは口々に僕への感謝の言葉を残しながら、それぞれの宿舎に戻って行った…。
うっうぅ!やっヤバい!
兵士たちの自分達が犠牲になろうとも家族を守ろうとするその思い。そしてその気持ちを叶えてあげたいと思う僕の気持ち。だけど、僕はそれを叶えることができるのかという不安。そしてこれから待ち構えている困難への怯み。それらの気持ちが僕の胸の中で暴れ回っていた。
《見事だったぞ!勇者よ!》
《ええっ、ええっ、天晴れでしたな!》
僕が様々な気持ちで胸が一杯になって悶え苦しんでいる時、ふたつの声が僕に語りかけてくる。
《あっあっありがとうとざいます!でも…一時はどうなることかと思いましたよ…。なんにもお話を伺っていなかったから…》
《ああ、その点については謝罪しよう。我らは最後にその方を試したのだからな》
《僕を試したのですか?…そのぉ僕の何を試したのでしょうか?》
《驚くことに、その方は私の持てる術式を全て覚え切った。それは、この異世界で強大な力を得たことになる。それはわかるな?》
《ええっもちろんそのことは理解しております…。えっ?まさか僕が裏切りをするとでも…?》
《ああ、その通りだ、だがそれは杞憂だったがな…。人は混乱に陥った時に、本当の心の部分が出やすい、だからわざと、そのような状況を作り上げた。その上で、その方の魔物たちに対しての立ち振る舞いを全て見させてもらった。その時のその方の魔素の流れもな…。その方が魔物たちに接する時、魔素の流れはいつでも、強い共感と使命感のような感情を示していた。つまり、その方は魔物たちの気持ちを汲み、それを同情してなお、強く助けたいと願っていることの現れ。疑ってしまい申し訳ないと思う。すまなかったな…》
《めっ滅相もございません!なにしろ僕がこの異世界に来てからまだ、1ヶ月も経っていないのです、そう思われても致し方がないかと…》
《そうかっ、その方の心遣い感謝するぞ…。そして…これは私からの最後のことばだ…東郷夏彦よ、その方にも日本に親兄弟や、友人たちがいることだろう、また無碍に日本の同胞たちを亡き者とするのは大変心苦しいことだともわかっている。だから言おう。私は日本人たちを全滅させたいわけでも、服従させて奴隷のように扱いたわけでもないのだ…。私が願うのはただひとつ…異世界の民たちにこれからも生き続けていて欲しい…ただそれだけなのだ…》
《……陛下、承知しました。私、東郷夏彦は陛下のその命、しかと承りました!》
その日の夜は、皇帝陛下から招かれ、異世界では最後になるかもしれない晩餐に出席した。
その席には宰相も出席しており、陛下や宰相と今回の作戦を無事に成功に収め、異世界の人々が無事に生き延びることができた次の未来について語り合った。
異世界側は、日本や地球のことを調べていたことは知っていたが、実際に住むとなれば話は別だろう、いろいろと不便があるかもしれない。
そして願わくば、どれだけ時間が掛かろうと、異世界の魔物たちと地球の人々が手を取り合い、お互いに助け合う未来を語り合う。
異世界に迷い込んでから、短い間での付き合いであったが、僕はすっかり心を許していた皇帝陛下に、心からの感謝の気持ちを告げその場を退席した。
その翌日、いよいよ日本への進軍が開始された。
陛下たちに見送られ僕は自分が発現させたゲートを潜る…。
ゲートの中はとても不思議な空間になっていて、上下、左右の感覚があやふやになる、何度も潜っているがいまだに慣れない。
やがて前方に光が刺して来た……。
ああぁ…、帰って来たんだ…。
もう二度と戻ることはないと思っていたのに…。
そして今、勇者となった僕は再び日本の地を踏んでいた。
日本の屋根と謳われる山岳地帯の山々の一角、その頂上より遥か遠くに見える街並みを望みながら僕は感慨に耽る。
普通の人間なら米粒程度しか認識できないその遠くの街並みも僕の能力を使えば、ビルや建物の形状、歩く人の顔まで、はっきりとわかるほど近くに見える。
「ふふっ。まさかこの日本にまた戻れるとは思わなかったよ」
僕が立っている山頂に秋特有の植物の匂いを含んだ、爽やかな風が吹き抜け、僕の頬を優しく撫でる。まるで僕が異世界の勇者となって戻ってきたのを喜んでいるようだ。
爽やかな風とは裏腹に、まだ勇者と呼ばれる前の日本にいた頃に起きた、腹立たしい出来事を思い出し、僕の眉間に深く皺がよる。
「『Z』だけは、絶対に潰しておかなければならない…。そのためには立花大吾…まず君から消えてもらうことにしよう…」
僕の母親は『Z』に殺されている…。
『Z』とは、数カ国にあるそれぞれ最大級と言われる犯罪組織たちが手を組み、膨大なマーケットである日本をターゲットとして、集結し起こした秘密結社のことだ。
ひょんなことから、僕は母親の本当の死因を知り、母が残してくれた莫大な資産を使って、真相を探っているうちに辿り着いたのがこの『Z』だった。
そして、僕と同じ歳である立花大吾は、その若さをして『Z』の大幹部であった。
僕は母の仇を打つべく、日本から『Z』を排除するために、あらゆる手段をも厭わず、日夜戦っていた。立花大吾はそんな僕の先回りをして、数々の計画を台無しにして来た、張本人である。日本で全国指名手配にされたのも、間違いなくこの立花大吾の策略と言っていい。
『Z』を壊滅に追い込みには、まずこの立花大吾を始末するしか、ほかはないだろう…。
日本での辛い経験を思い出し、激情から思わず声に出してしまったが、僕はその激情を無理やり抑え込む。
これから作戦遂行のための長い長い下準備に取り掛からねければならないのだ、激情にかられている場合ではない。計画では5年以内に全国の潜伏場所に兵たちを配置し終えなければならない。
だが僕はそれを4年で遂行するつもりだ、4年後には僕は二十歳を迎える。それまでになんとしてでも作戦を遂行させようと決めていた。
異世界の魔素減少は今現在でも、じわじわと異世界の人々を苦しめ始めている。少しでも早い解決が望まれているのだ。
「おっと物思いに耽っている場合じゃないな!」
僕は視察のため山岳地帯の山頂部へとやって来ていた。視察も終わり、魔物軍が潜んでいる、山岳地帯の森林部へと戻ることにする。
僕がゲートの日本側の出現場所として選んだのは、日本列島のど真ん中、そこを起点として、北海道方面へと北東へ、九州方面へと西へ、各部隊を送り込むのにちょうどいい場所だ。
そしてその場所は奇しくも、僕の生まれ育った街の近くに存在していた山岳地帯だった。そして僕を追い込んだ、立花大吾が住んでいる街でもある。この街の付近には大きな自衛隊基地が存在していた。
ちなみに日本列島は北から北海道、本州、四国、九州と大きく四つに分かれていて、その間には海を隔てることになるが、本州からそれぞれの土地に渡る際のこともちゃんと考えていた。
僕も帝城の中庭に兵たちが集結するまでは見たことがなかったのだが、異世界にはグリフォンと呼ばれる、空の覇者たちがいた。そのグリフォンたちの力を借りて、体重の軽いゴブリンたちを夜の闇に紛れて、運搬する手筈になっている。グリフォン1体につき、およそゴブリン4体、かなり地道な作業となるだろう。
それを考えると、これからの道のりは随分と長いように思える。
まずはこの場所を日本侵攻の本拠地として、早く機能できる状態にしなくてはならない。
森林部へと戻って来た僕は、仲間の兵士たちと共に穴掘り作業に加わる。
基本的に地上部分への拠点は考えていない、監視衛星や巡回のヘリから発見されてしまう恐れがあるからだ。
穴を掘り進めているとつくづく思う。なるほど、魔術がこんなに便利であれば、異世界の科学が進歩していないのには頷けるなぁと。穴を掘った側から、魔術で穴の周りの地盤を固めていくことができる。この強度なら落盤などの心配もないだろう。
ただしかし、この作業を後1360箇所で進めていかなければならない…。
ダメだ!弱気になってはと、自分に喝を入れて黙々と作業を続けていった………。
穴を…掘るべしっ!掘るべしっ!掘るべしっ!………………
最初の一年は本州の半分に拠点を作ることができた。よしよし順調だ!
…穴を…掘るべしっ!掘るべしっ!掘るべしっ!………………
二年目は本州の残りと、四国地方の全てに拠点を作った。
……穴を…掘るべしっ!掘るべしっ!掘るべしっ!………………
三年目は北海道地方に手をつけ、全ての目標場所に拠点を設置。
………穴を…掘るべしっ!掘るべしっ!掘るべしっ!………………
四年目にとうとう最後の九州地方に着手、沖縄まで含めてなので、海を隔てた移動にはかなり苦労をしたが、それでも僕は手を休めない。
そして、四年。かなりの歳月を経て、計画の全ての潜伏場所に拠点を作り上げ、とうとう!ついに!作戦開始の日を迎えることとなったのだ!
僕は全国の全ての拠点作りの最後の地、九州地方からゲートを発現させた本拠地へと戻ると、その足で総司令官である宰相の元へと報告に向かう。
《宰相!九州地方の拠点作りも滞りなく完成しました!!》
《おっおおっ!ついにやり遂げたのだな勇者殿!本当に…本当にご苦労であった》
目にいっぱいの涙を溜めた宰相が、僕に労いの言葉をかけてくれた。
たった四年会っていなかっただけなのに、宰相は随分と老け込んでいた。
そうか…、僕が全国の拠点作りに駆け回っていた頃、宰相は各地の拠点への兵站移送や各拠点への兵の配置、諸問題などの解決で駆けずり回っていたんだったな…。
兵たちの兵糧だけでも、こちらに来ている兵の数を考えるとどれだけ大変だったことだろう…。
僕はそう思うと、胸がいっぱいになり、思わず宰相の手を取り握りしめる。
《宰相!あと少しです!あと少しで異世界の全ての民が救われるのです!》
《ああっ!ああっ!そうだな!そうだな!勇者殿。これからの作戦もどうか頼みましたぞ!》
《はいっ!もちろんです!》
《それでは今後のことだが、後方支援は私が全責任を持って遂行しよう。なので攻撃側の全軍の指揮は勇者殿、其方に任せることとする。》
《えっ?よろしいので?》
《ああ、私なりに精一杯考えて出した答えだ、全責任は私が持つ。其方は自分の思うように作戦を成功に導いてくれればよい!頼んだぞ!》
《はっ!総司令官宰相殿よりの命、しかと承りました!私の命に変えても、作戦を成功に導くと、ここに誓います!》
宰相は満面の笑みを浮かべながら、うんうんと何度も頷いて見せてくれた…。
そしてその二日後…。
日本に対しての総攻撃の日を迎える。
僕が二十歳の誕生日を迎えて2週間ほど経過していた日のことであった……。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この作品は毎週土曜日に新エピソードを追加していく予定です
完結まだお付き合いいただければ幸いです!