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【第二十九話】勇者のアイデンティティ

「は〜い、撮るわよ〜、はいチーズ!」

なんだか周りが騒がしい…。

ゴキィッ!!

「ピギャっ!!!」

鶏でも絞めているのだろうか?鳥の悲鳴が聞こえた…。

「わっわっわっ!何やってるのよお母さん!!」

なにがあったのか気になるが、ピクリとも動けない僕にはどうすることも出来ない…。

「ごっごごごめんなさい!ドニーさんすぐに治すから!気をっ気をしっかり持つのよ!」

ドニー…?どこかで聞いたような…。ダメだ!思考がぼやけて頭が上手く働かない…。

「何言っているのよ!自分でやったくせに。それになんで抱きついたのよ!」

あーっうるさくて集中できない!

「だって〜こんなにモフモフなのよ〜抱きつかない方がおかしいわ……」

落ち着け…。焦ってはダメだ…。

「だからってドニーさんの首を折ることないじゃない!異世界の英雄に何かあったらどうすのっ!」

ドニー?……異世界…?英雄…?……っ!不殺のドニー・リー!!

思い出したぞ!僕はドニー・リーと戦っていて…。負けたのか!?この僕が?…いやそうだ…負けたんだ。だんだん思い出してきたぞ。あの時の突き技、そう!あの一突きで吹っ飛ばされたんだ…それで僕の体は背中からどこかに激突した…。

じわじわと頭が覚醒しだすと、それにともない身体に張り巡らされた全神経も僕の脳とじわじわ繋がっていく。

「うっ!ううう…」

「あらっ気がついたのね勇者くん」

「うっ…あ…あな…たは…いっ…たい…?」

「身体中が痛むのね、それも激痛といったところかしら…無理もないわ、あなたの身体は頭のてっぺんからつま先までボロボロの状態なの。その状態で私に問いかけてくるとは、さすが勇者ってところかしらね」

「………………」

「私は地球の神よ。貴方とちょっとお話ししたいのだけど、その状態じゃ無理ね。痛みだけでも取り除いてあげるわ。だけど無茶しちゃだめよ、本当に死ぬわよ」

地球の神と名乗った女性は、そう言って僕の身体の痛みを和らげてくれた。

彼女の「神」という名乗りを聞き、かなり胡散臭く思っていたが、彼女が僕に手を翳しただけで瞬時に体から痛みが引いていく。この人は間違いなく神か神に限りなく近い力を持っている。正直普通の主婦にしか見えないのだが……。

彼女が言う通り、僕の全身の骨は至る所で折れているようでボロボロの状態だ。この状態で無理に身体を動かすと命の危険につながるだろう。僕は素直に彼女の話を聞くことにする。

「勇者くん、私は貴方が今までしてきたことを全て知っているの。貴方の行為はたくさんの人に苦痛を与え、不幸をばら撒いていたこと、貴方自覚してる?」

「女神様、貴方が仰りたいことは理解できますが、納得はできません」

「あら、なぜかしら?」

「女神さん、貴方が問題にしているのは、僕が日本で76名の若者の命を奪ったことでしょ?」

「ええ、それが本題ね。でも、今回の魔物軍の侵攻に手を貸したこともあるわ。幸いにも未遂で終わったけど、貴方は多くの日本人を殺めようとしたわね。そのことも聞かせてくれるかしら?」

「……では、本題のほうからお答えしましょう。女神様は『Z』という犯罪組織をご存知でしょうか?」

「ええ、知っているわよ。世界各国の麻薬密売組織が結成して、日本で起こした組織でしょ?」

「それなら話が早い、僕が殺めた76名の若者のほとんどは『Z』の構成員たち。いわゆる麻薬の売人たちだったのです。彼らが日本からいなくなったことで、それ以降、日本の麻薬による被害者の数は、三分の一以下まで減少しています。僕はあの76名の死は彼らの自業自得であり、また今後の日本にとって良かったことだったと考えます。」

「あら、そうなの?それじゃ76人の中に少数だけど、『Z』とは、全く関係のない人もいたのだけど、そのことも、勇者くんは良かったことだったと考えるの?」

「ああ、そのことですね…。確かに5人ほど、『Z』とは無関係の若者もいましたね…。女神様が仰る通り、僕はその若者たちの死も、やはり良かったことだったと思ってますよ…。彼らはいけないと分かってて自ら薬物に手を出したのですから、まあ自業自得ですよね…?ですが、彼ら死は日本全国の若者に薬の恐ろしさを伝えることに大いに役立ってくれました。だから僕は彼らの死も良かったことだったと考えていますよ」

「そう、貴方はそう考えているのね…。それじゃ魔物軍に手を貸したことについては、どう考えるのかしら?」

「はっきり言いましょう。日本政府はあまりにも緩い!あのまま緩すぎる政府の主導で日本を運営していけば、間違いなく後十年、いや数年で『Z』のような犯罪集団の食い物となり、日本人達は毎日悲惨な生活を送ることになっていたでしょう…。だから僕が日本政府に取って代わり、日本人達を幸せに導きたかった…。確かに魔物軍の侵攻が成功していたら、多くの日本人が魔物たちの手にかかり犠牲になっていたことでしょう。でもそれは、今後生まれて来る若い日本人たちが幸せになるための布石で、豊かな日本の未来には不可欠なものだった。それにもしも僕が新しい日本の統率者となれば、異世界だって救われる!僕は異世界の窮地も黙っていられなかった!だから僕はあえて魔物軍に手を貸そうと考えたのです!」

「そう……。やはり貴方はとても幼いまま大人になってしまったのね…」

「それはどういう意味でしょう?僕が幼い…?」

「そうね、貴方はとても幼いわ。もっと貴方にわかるように言えば、視野が恐ろし狭いわね。あなたの物差しは0と1しか無い。だから他人を判断する基準も「善」か「悪」かでしか判断していない…。普通、人は大人になるに連れて行動範囲が広がり、対人関係も増え、様々な人たちの話を聞き、共感したり、対立したり、仲直りしたり、妥協したり…と、様々な経験をして、それらを取捨択一して自分のアイデンティティを形成して行くものなの。それは分かるかしら?」

「ええ、もちろん分かります。で、そのことに僕が幼いと仰る理由となにか関係が?」

「あるわ、多くの人たちが基本となるアイデンティティを形成するのは、凡そ10代後半から20代前半ぐらいなの…。でも貴方は違う。私の見立てではそうね、5歳か6歳ごろかしら、かなり幼い時期にそのアイデンティティを完全な形として形成し終えている…。だから貴方はとても幼いの。そしてその幼さゆえに、他の人を「善」と「悪」でしか判断できない…。だから人のわずかな感情の動きや機微が理解できないの…分かるかしら?」

「分かりません!それは貴方の心得違いに過ぎません!僕は理解できる!他者の痛みや苦しみを…そして他者が幸福を望むことを!そう僕には手に取るようにわかるんだっ!」

「そう……。やはり話すだけでは諭すことは無理のようね……」

女神はそう言うと、悲しげで苦しげな表情を見せて僕に近づく……

「じゃあ、実際に体感してきなさい。自分の目で見て、触れて……。それで私が言いたかったことに気づくはずよ……。いってらっしゃい…」

女神の人差し指が僕の額に触れる。

その瞬間、僕の意識は深い深い闇の底へと落ちていった………。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

この作品は毎週土曜日に新エピソードを追加していく予定です

完結までお付き合いいただければ幸いです!


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