【第二十八話】立花ひみこ
「ちょっとやだ!また白髪が増えてる!」……………
と、つい先日嘆いていたうちの母が、戦場のど真ん中、遥か上空からゆっくりゆっくり降りてくる。間違いなくうちの母だ。その証拠に自衛隊の制服を着ている。なにせうちの母は自衛隊衛生課の隊長なのだから…。その制服姿はなかなか様になっている。米国との合同演習と日米共同防衛の会議で渡米していたはずだけど、今回の騒ぎで援軍に駆けつけてくれた米軍の兵士たちと一緒に日本に戻ってきていたのだろう。
青鬼のおじちゃんはうちの母を自分の姉と勘違いしているようだが、おじちゃんのお姉さんはとうの昔に亡くなっている。自分で私たち兄妹にそう教えてくれたのに…。意外とシスコンなのかな…プッ!かわいいとこあるのね。
違うっ違うっ!そんなことよりも、なぜうちの母があんな遥か上空に浮いている?もしも自然落下しだしたら、それこそ命はないだろう。
だけど母の様子は微塵も動揺しているように見えない。どれどころか胸の前で腕を組み、とても堂々としているように見える。
どうやら兄と青鬼のおじちゃん以外は、その母の姿がぼんやりとしか見えていないようで、私たちが同時口にした「母さん?」と「姉上?」の言葉に混乱しているようだ。
母の真下にいる自衛隊員たちと魔物軍たちはお互いに睨み合っている状態で、上空の母に気づいていない。
上空を旋回していた戦闘機も今は姿を消している。弾薬補給か燃料補給のために一時離脱しているのだろう。
上空を下降していた母は、常人の目ならギリギリ人と認識できる程度の高度で降下を止める。そして組んでいた腕をゆっくりと広げていき……。
『『『双方争いを止めよ!さもなくば天罰を降す!』』』
いきなり大地を揺るがすような大音量で叫んだ!
カッ!!!ドドドドドドドドドドドドドドッドオォォォン!
そして睨み合いをしている自衛隊と魔物軍のど真ん中あたりに、数千はあろうイカヅチを横一線に落とす!
いきなり起こったこの世の終わりかと思えるような現象は、自衛隊と魔物軍の戦意を根こそぎ奪い去り、自衛隊員たちはその場に頭を庇いながら伏せ、魔物たちは腰を抜かして尻餅をついている。
その様子を離れた場所から呆然と見つめることしかできないでいた私たちのすぐそばで声がする。
「もうっ!青ちゃん!あなたがしっかりしてないからオオゴトになっているじゃない!」
「ヒッ!あっ姉上!」
5メートルを超える青鬼のおじちゃんの巨体がビクッと跳ね上がった。
ついさっきまで、上空に静止していた母が、突然おじちゃんの真横に現れる!
えっ青ちゃん?えっ姉上?……ええっ本当に母さんとおじちゃんは姉弟なのっ?
「もっっ申し訳ございません!!!」
「もうっいいわ!早くこの場を納めなさい。どうせゲートの奥に私の可愛い甥っ子の二世ちゃんもいるんでしょ。ふたりでなんとかなさい!」
「はっ!直ちに!」
「あっ!ちょっと待ちなさい。私、今回の騒ぎで凄いことに気がついたの。多分その凄いことで異世界の魔素減少の事態を改善できると思うの。それも二世ちゃんに伝えなさい。きっとこの場を収めるのに役立つだろうから」
「はっ!承知しました!」
おじちゃんは母さんにそう答え、全力疾走でゲートの方へ走り出した。おかげで地面がズシンっズシンっと揺れている。
今気づいたが、普段、真っ青な肌の色のおじちゃんが、今は限りなく白に近い水色になっている。まるで美波くんのようだ。
《《息子よ!聞こえておるのだろ?我だ父の青鬼だ!お前の伯母上がお怒りだぞ!この意味はわかるな?すぐにこの場に姿を現すのだ!》》
おじちゃんは私たちにも聞こえるようにするためか、念話で二世ちゃんに語りかけながらゲート前に辿り着く。突然自分たちに向かって走ってきた青鬼神に魔物たちも驚いていたが、腰が抜けていてうまく立ち上がることができないでいる。
《《みっ道を開けよ!すぐにっ!すぐにだっ!》》
するとゲートの奥から念話と大声を同時に発しながら、こちらに急いで近寄ってくるひとつの大きな影が見えてくる。
《《ちっ父上!伯母上がこの戦場に?なぜ?お亡くなりになったのでは?》》
《《生きているとか死んでいるとかは今はどうでも良い!そんなことより姉上がお怒りだということが大事だろう!》》
《《はっ!そうですね!してっ私は如何様にすればっ?》》
《《決まっておろう!すぐさま軍を異世界に撤退させるのだ!それに朗報だ!姉上は異世界の魔素の減少を解決する策をお持ちのようだ!それを説得材料に軍を撤退させよ!》》
ふたりの親子はとても慌てふためいて、どちらも水色の顔色になっていた。
おじちゃんの呼びかけに、慌てて駆けつけて来たおじちゃんより一回り小さい人が、おじちゃんの息子さんで、二世ちゃん。今の異世界の皇帝でもある人なのね…。
おじちゃんが話した「魔素の減少を解決する」の言葉に二世ちゃんは目を見開き驚いていたが、やがて何かを覚悟したような顔つきになると、ゲート前で腰を抜かしている魔物たちの前に進み出た。
目の前に現れた皇帝に魔物たちは立ち上がって礼をとろうとするけど、やっぱり腰が抜けていてうまく立ち上がれない。
《《よいっ!落ち着くまではそのまま座っておれ!その間、私は自衛隊と話し合いを持つ、終わるまで大人しくしているのだ。良いな!?》》
魔物たちは声すら上手く出せないのか、コクコクと首を縦に振る。
《《父上、それでは自衛隊たちの説得、御助力願えますか?》》
《《あいわかった!幸いにも自衛隊の総司令官は私の友人だ。うまく説得して見せよう!》》
ふたりは自衛隊の方に向き直ると戦場の中央まで歩み寄り、自衛隊員たちに語りかけた。
「立花慎一郎殿はおられるか?立花総司令官、居たら我の話を聞いてほしい!」
そうおじちゃんが日本語で語りかけると、隣で母が慌てた声をあげる。
「えっ?青ちゃんウチのダーリンと知り合いなの?」
「ええ、そうよ。結構馬が合うみたい。で、どうしたの?」
私の答えに慌てたのか、母はすぐさまおじちゃんに念話を飛ばす。
《《青ちゃん待ちなさい!いい青ちゃん、自衛隊の人たちに私の素性を絶対に話してはダメよ!特にその立花総司令官には絶対に知られたくないの!いいっ?絶対よ!二世ちゃんもわかったわねっ!》》
青鬼のおじちゃんと二世ちゃんはビクッと肩を振るわせ、すぐさまコクコクと首を縦に振る。
「もしや!貴殿は青鬼殿か?私が立花慎一郎だ!お会いできて嬉しいぞ!」
自衛隊員たちの後方で部下に指示を飛ばしていた父が、自衛隊員たちの前へ歩み出てくる。
「立花総司令官に敬礼!」
ザッ、ザッ!
それを認めた自衛隊員たちは一斉に立ち上がり、父に綺麗な敬礼をする。
隊員たちのど真ん中に一直線の真っ直ぐな道が出来上がり、そこを悠然と歩き、おじちゃんの方へ近づいていく父。
(なに?なに?かっこいいじゃないお父さん!)
「はぁ〜かっこいいわよねぇ〜ちゃんと見てなさい美羽。あれがあなたのお父さんの本当の姿よ!」
ため息混じりに小声で私に話しかける母。
確かに今はかっこいいけど、私にとっての本当の父は、慌てん坊でおっちょこちょいな人なのだけど……。まあいいかっ!
「お初にお目にかかる立花殿、我が青鬼である。そして傍に控えているのが我の息子であり、異世界の皇帝の青鬼二世である。此度は日本の方々へ多大なる迷惑をかけてしまい、申し訳ない!」
「いやいや、青鬼殿。貴殿ははなから我々の味方であったではないか…。して、そちらいにいる異世界を統べる皇帝陛下が私に何用で?」
《《日本語はカタコトなので念話で失礼する立花殿。率直に言おう、私はすぐさま日本から魔物軍全軍を撤退させようと思うておる。そこで甚だ勝手を申すが、しばし魔物たちを説得する時間をもらえぬだろうか?》》
「ふむ、一体どういう経緯でそうなったのかわからないが、青鬼殿のお墨付きであれば、それは我らにとっても有難いことだ。説得の時間の件承知した。全軍説得に応じさせることを期待しよう。その間我らも一切手出しはしないと約束する。できれば撤退後も進軍してこないようにしてもらえれば有難いのだが…」
《《もちろん、撤退後は二度と進軍することが無いようにするつもりだ。何せここ地球には我々が束になっても敵わない女神もいることだしな》》
「女神?それは先ほどの大声で警告を発して雷を降らせた?」
《《ん!んんっ!立花殿、その女神の件、訳あって詳しくは話せぬのだ。私の命に関わることなので、どうかご容赦願いたい!》》
「…………?承知した。皇帝陛下がそれほどまでに言うのなら…これ以上私も聞きますまい。我々には心強い女神がついておられることが分かっただけでも僥倖としておきましょう。それでは陛下、魔物軍の説得よろしくお願いしますぞ」
《《あいわかった!必ずや魔物軍を一体残らず異世界に帰すと約束しよう》》
3人の話し合いはうまくいったのか、父さんとおじちゃんはその場に残り、皇帝陛下のみが再び魔物軍の前まで歩み寄っていく。残った父さんとおじちゃんはその場で何やら話をしている。
「立花殿、ご理解に感謝する!この件が落ち着き次第、異世界側から日本への謝罪と賠償を正式にさせるつもりだ。できればそのまま日本と異世界との和平へと繋げていきたいと思うておる。よければ立花殿の御助力もらえれば嬉しいのだが…」
「もちろん!喜んで引き受けよう!幸いなことにこの度の戦いで自衛隊側には死者は一人も出ていない。負傷者はいるものの、しばらく治療を施せば元の生活に戻れるものばかりだ、青鬼殿の申し出、そんなに難しいことでも無いかもしれないぞ」
父さんもおじちゃんも笑顔で話している。きっとこの戦いも無事に収束することになるのだろう。よかった!本当によかった!
二世ちゃんが向かった魔物軍の兵士たちは大分落ち着きを取り戻したようで、全員起立して二世ちゃんの話があるのを待っているようだ。
《《皆の者待たせたな!自衛隊との話し合いはうまくいった。お前たちが変な動きをしない限り、自衛隊は我らに攻撃することはない!良いな…。さて今から私が話をするのは現在進行中の異世界の魔素の減少よりももっと恐ろしい話だ。心して聞いてくれ!》》
神妙な面持ちで魔物たちは二世ちゃんの呼びかけに頷きを返す。
《《お前たちの中で今から二千年ほど前に起こった「オルギウス王国一夜の滅亡」の話しを知らぬものはおるか?》》
二世ちゃんの問いかけに不思議そうにしているが、全員首を振っている。どうやらその話は、ここにいる魔物たち全員が知っているようだ。
《《では、そのオルギウス王国を一夜にして滅亡に追い込んだ「怒りの女神」のことも当然知っておるな?》》
今度は魔物たち全員が首を縦に振る。
《《……皆心して聞け。その「怒りの女神」が今この戦場に降臨されておる!》》
っ!ザワザワザワザワザワザワザワ………
《《皆、聞いたであろう?そして見たであろう?あの警告が発せられた女性の声を…そしてこの場を一瞬で地獄に変えたあの雷を!だが安心せよ。女神は我らが大人しく異世界に戻れば、その怒りを収めてくれると仰られておる!しかも大人しく異世界に戻り二度と地球に手を出さないのであれば、魔素の減少問題を解決してやろうとも仰ってくれているのだ!》》
「「「「「「「「「「「「おっおおおおぉぉぉぉ!!!!!!!」」」」」」」」」」
《《うむ!皆理解したようだな……。では皆に問おう!我々が選択できるのはただ二つ。すぐさま異世界へ撤退をするのか。それともこの場に残り戦い続け、女神に黒焦げにされるか……。さあ今すぐ選択せよ!皆はどちらを選択するのだ!?》》
ザッ!ザッ!ザッ!ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ…
二世ちゃんに選択を迫られた魔物たちは一糸乱れぬ動きで、回れ右っ!をしてゲートの奥に向けて行進をし始めた!
なんなのその「オルギウス王国一夜の滅亡」って…?まさか、最近増えて来た白髪を気にしているあの母がやったとでも言うの?………
横にいる母を見ると苦笑いをしていた。まさか本当にやっちゃったの!?
私の目での問いかけに母はおずおずと答える。
「うん…やっちゃった!てへっ」
「てへっ、じゃねーよ!なんでやっちゃったの!?」
「だって、あの時のオルギウス王国?ゲートで地球にやって来て、大勢の人間たちを攫って奴隷にしてたのよ?そりゃ怒るでしょ?」
「えっそうなの?でも王国を滅亡させたってことは王国の国民も全て消し去ったってことでしょう?そこまでやる必要あったの?」
「違うのよ!私も首謀者である国王と事件に関わったものだけを処分するつもりだったんだけど……。連れてこられて奴隷にされた人たちは、ほとんどのその王国国民たちに普及されていてね、そこで王国国民たちからも酷い扱いを受けてて…、それで連れてこられた多くの人たちは悲惨な死を遂げていたの……だから!……」
「やっちゃったのね……。まあ、しょうがないかもしれないね…」
「そうなのよ!しょうがなかったの!でも王国の滅亡で二度と異世界への誘拐は起こらなくなったのよ。ねぇしょうがないでしょ!」
「わかった、わかった。でも次やる時は私にちゃんと相談してね!」
「了解!必ず相談するわ!」
「おい、おい、あんたたちゃぁなんて次元の話をしてんだよ!それよりも美羽、お前の命の恩人をほったらかしだぞ!」
「いやっ!いやいやヒロシ殿、ワシたちはいいのだ!てか、あまり関わり合いに………」
「キャーーー!なに?なに?そこにいる超可愛い生物は!可愛い過ぎるんですけど!」
「落ち着いて!お母さん!生物って呼び方しないで!そこにいらっしゃるのは私の命の恩人で異世界の英雄、不殺のドニー・リーさんよ!それから横に控えているゴブリンが私の弟分のピロッシ、ピロちゃんよ!」
「あら!、あらあら、まあまあ、これは大変失礼しました。私は美羽の母親で立花ひみこと申します。この度は娘を助けてくださったようで心から感謝しますわ!ピロちゃんも美羽と仲良くしてくれてありがとね!」
「いっ、いえいえ、お役に立てたのなら何より…」
「おいらこそ、美羽ちゃんたちには優しくしてもらってて、こっちの方こそ感謝っすよ!おいらなんか死にかけててね、そこを美羽ちゃんた……」
「さっさっピロッシよ、地球の女神は多忙なのだ!邪魔になってはいかん!ワシらも異世界に戻るとしよう。地球の女神と地球の若者達よ、それではこれにて失礼する!」
「あらっ異世界に戻られるのね!それじゃご一緒しましょう。私も異世界に用があるのよ!」
「えっ…?異世界に…何用が……?」
「ほらっ、あそこの崖の壁に埋まっている子がいるでしょ?東郷夏彦って日本の子なんだけど、あの子を連れて二世ちゃんのお城まで行こうと思ってて…」
「ちょっと待って!おふくろさん!東郷を異世界なんて所に連れて行かれたら日本の警察が困ってしまうぞ!」
「大丈夫よヒロちゃん。罰をすませたらちゃんと日本に連れ戻すから」
「罰?」
「そう…、この子はちょっとやりすぎた…。このまま警察に引き渡しても、おそらく極刑は間逃れない。でも、その前にちゃんと罰を与えないと、この子来世でもきっと同じことを繰り返すことになるわ。でもここではダーリンの目もあるでしょ?だから異世界に連れて行くの」
「なるほど…そういうことか…。それじゃ母さん、俺たちも一緒に行っても構わないかなぁ?東郷のこと最後まで見届けたいんだ。なっ!みんなもそうだろ?」
兄は私たちみんなにそう尋ねてくる。もちろん私はついて行く。ヒロシくんも行く気まんまんだ。美波くんはというと、ようやく普通の顔色に戻っていたのに異世界に行くと聞いた途端にまた真っ白になっている。美波くんだけはお留守番かな?って思ってたけど、私の意に反して首を縦に振ってしっかりと同意を示した。
そういえば、私と兄はヒロシくんとこの美波くんに命を救ってもらってたんだ!
あの時東郷くんを説得する美波くんは、怯えて白くなりながらも堂々と東郷くんと渡り合ってたなぁ…。頼りないけど、ものすごく頼りになる。なんとも不思議な人だ…。
「ええいいわっ、あなた達がいた方がきっとこの東郷くんのためにもなりそうだしね。それじゃみんな行くわよ!」
母は壁に埋まって気絶している東郷くんに近づくと、東郷くんの胸ぐらを掴みガバっと一気に引き抜いた。割と細い体なのに、一体どこにそんな力があるのやら…。
私たちは母に存在が希薄になるという術をかけられ、いまだゲート前を警戒している自衛隊の人たちの目を盗んでゲートの前までくる。
いったい異世界とはどんな所なんだろう…?
少しワクワクしながら私はゲートの中を潜って行く母の後ろ姿を追って行った……。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
この作品は毎週土曜日に新エピソードを追加していく予定です
完結までお付き合いいただければ幸いです!