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【第二十四話】内藤日和 内閣総理大臣

「なんなんだ!昼間のあの自衛官は!宇佐美君、君は防衛大臣だろう!教育がなってないんじゃ無いのか!?」

「はっはい…申し訳ございません……」

「今が我が党にとってどれだけ大事な時か君も分かっているはずだろう!」

首相官邸内の総理執務室に私の怒声が響き渡る。

全くもって忌々しい!衆議院が解散して総選挙まで後2週間というこの大事な時期に陸上自衛隊の上席を名乗る自衛官がなんのアポもなく私に異世界だの魔物軍だのと訳のわからない陳情をしてきたのだ。

突然現れたその自衛官に苛立ちを覚えながらも、私に陳情する前にまずは防衛大臣に話を通すのが筋では無いかねと、その時周りの目があったのでやんわりと尋ねたが、その自衛官は防衛大臣にも自分の同僚が向かっている、しかし事は日本国滅亡の危機に関わる一刻を争う事態なので私にも直接報告しにきたと告げる。

一端の上席自衛官が日本滅亡などと大層なことを口にしたのだ、私はその自衛官の話を聞かざるを得なくなる。

それにこの自衛官わざと周りに聞こえるように日本国滅亡という言葉を発していた。それも私に張り付いている新聞記者がひとりになったところを見計らってだ。その新聞記者は日本の三大新聞社のうちの一社の記者。私はすぐさま秘書に命じ自衛官が発した言葉を記事にしなようその新聞社に通達させている。もしも記事にして日本を混乱に陥れた場合、日本政府としてその責任を問うことになるだろうと脅しの台詞も添えて。まずこの事は記事なることはないだろう。どうやらこの自衛官はそのことまで見越しているようだ。こんな輩は敵に回すと厄介極まりない。

私は渋々、移動中や待機時間中でよければその報告を聞くとその自衛官に伝えた。その後その自衛官は私にベッタリと張り付き、先ほど首相官邸に戻ってくる車の中まで報告は続いた。その自衛官は去り際に深々と私に頭を下げ、報告書やその資料がこの中に全て入っていますと、一台のノートパソコンを手渡してきた。

執務室に戻ってきた時刻は午後7時前、まだ官邸内にいるはずの防衛大臣を呼びつける。そして現在、執務室に私の怒声が響いている。

私の怒声が落ち着いた頃、防衛大臣の宇佐美君はおずおずと口をひらく。

「しっしかしながら総理、私も同じ報告を受けておりますが、その報告書の冒頭に、異世界の神と名乗る人物とゴブリンなる魔物の証言に基づいて作成したものであると記載されておりました。それだけ見てもとても信じられない内容ですが、そんな荒唐無稽な報告書の締め括りに「以上の記述はすべて事実であると証明する」と、陸自のトップ陸上幕僚長から陸将、陸将補、一等陸佐の錚々たる上席4名の連名で直筆の署名まで添えられていたんです。通常なら提出しただけで即刻クビが飛びそうな報告書にですよ。私はその署名に彼らの強い決意と覚悟をみました。私は提出された報告書に嘘偽りは無いとそう思っています」

「そっそんな事はわかっている!だから君を呼びつけたんだ!同じことをなん度も言わせないでくれ、今は我が党にとって大事な時期なんだ。彼らの話を鵜呑みにして、もしも彼らがなんらかの失態でもしてみろ、今回の総選挙の票に大きく響くことになる。それがわからない君ではないだろう!」

「……もちろんその事は重々承知しております。ですが、国民の命には変えられないのでは?」

「あっあたりまえだろう!国民の命が一番大事に決まっている。もちろん国民の命を第一に考える!だがそれと並行して選挙の票の獲得を考えても別に悪い事にはならないだろう?」

「……あまり声高々に宣言するようなことではないとは思いますが…。それでは総理にはなにか妙案がおありだと…」

「ああ、彼らの報告書には現在魔物軍の食糧事情は芳しくなく、日本の総攻撃まで少し時間があるとあっただろう。その時間を利用するんだ。」

「なるほど、それでその時間をどのように利用すると?」

「その時間は今度の総選挙が無事開票が終わるまでの時間に充てさせてもらうのさ」

「いや!それは問題の先送りでなんの解決にもならないのでは…」

「待て待て、なにも開票が終わるまでの間、何も手を打たないとは言ってないだろ。…そうだな、まずは政府主導の徹底した再調査からだな。確かに自衛隊からの報告書は隙がないように見えるが、何か見落としがあるかもしれない。なんと言っても魔物軍の侵攻なんて世界中を見渡しても歴史上類を見ない出来事に対処するんだ。より作戦の成功率を高めるために、より精度の高い検証が必要とは思わないか?」

「なるほど、確かに魔物軍の日本侵攻が発覚してまだ3日目。作戦を即日実行するには性急すぎるかもしれませんな」

「そうだろう、そうだろう。大体からして自衛隊は体育会系だからなのか、物事を性急に解決しようとするきらいがある。急いては事を仕損じるとあるように、時には少し立ち止まって周りを冷静に見渡す。それも大事なんだよ」

「そうですな、我々は国民から日和見内閣と揶揄されているようですが、そもそも日和見とは空の状況を深く観察してその後の天気を予測することが由来なのです。我々はその日和見で慎重に検証し判断した結果、日本をより良い方向に導いている。その事は国民にも理解してもらっていると思うのですが…」

「はははっ、確かに一部の国民からすれば時間をかけて形成を伺いより有利な方につく私のやり方を気に入らない者もいるだろう。だが宇佐美君が言ったように、それで多くの成果を上げているんだ。私は満足しているよ。それに日和見内閣のネーミング、私の内藤日和の名前の部分を文字って付けたのだろうが、なかなか的を得ていて私は気に入っているよ」

「はははっ、では自衛隊への返答はその良いい意味での日和見方向で進めるということで構いませんね?」

「そうだな、その方向で考えを進めよう。再調査については専門家の選考から始めないといけないから後回しにするとして、まず具体的な指示として真っ先に考えないといけないのはマスコミ対策だな。報告書によると自衛隊は魔物の拠点付近を厳戒態勢で見張っていると現状報告にあったな。それではマスコミに嗅ぎつけてくださいと言っているようなものだ。今マスコミに騒ぎ立てられるのはまずい」

「えー報告書によれば、魔物の拠点付近の登山口を全て封鎖とあります。付近の住民への説明には、土砂災害等の危険区域の調査のためと称しているようです。要員としてはひとつの拠点につき700名を随時配置とあります。そのうち拠点付近の警戒に500名、その500名に対しては武器の所持を許可とあります。残りの200名は登山口封鎖のための要員のようです」

「うーん、多すぎないか?」

「そうでしょうか?これから日本列島は台風シーズンを迎えます。土砂災害の調査と称するとなれば、これぐらいの規模でも私には少ない方に思えるのですが…」

「いや、私が言いたいのはマスコミ対策の方ではなく、魔物側に対しての方だよ」

「と言いますと?」

「それだと拠点の付近を500名の隊員がうろついていることになるな。それも武器を所持したそれなりの重装備で。そうなると魔物側に気づかれる恐れが無いかね?」

「それはその通りです、自衛隊としてもその数で魔物側に気づかれることを危惧しているようです。ですが周辺住民の安全を第一に考えるとそれでもギリギリの要員数と考えているようですね」

「そうか、それならこうすればどうだろう?封鎖要員に200名はこれは問題ないと思うが、拠点付近の警戒要員を減らして50名程度にする。それも身を守れる程度の武器にとどめ出来るだけ軽装備で、そして残りの450名の要員に関しては警戒要員と封鎖要員の中間に待機させる。有事の際、警戒要員は待機要員に伝達することを最優先とし、伝達完了後すぐにその場を離脱。その後の防衛に関しては待機要員を主として動く。それでどうだね?」

「それがその自衛隊の考えを説明すると、敵拠点は地下に展開しているようでして、拠点の主要出入口の他に数箇所の脱出用の出入口がある可能性があるとのこと。そのうち4箇所は発見できているのですが、全容はまだ把握していないことから、未発見の可能性がある出入口にも対応できるよう現在の配置となっているようです」

「なるほどそういうことか……では、その脱出用の出入口の規模はどうなんだ?主要の出入口と比べると大きさの違いがあるんじゃ無いのか?」

「はいその通りです、主要の出入口は人で例えると20人程度が余裕を持って同時に出入りできる規模ですね。それと比較して発見された脱出用の出入口4箇所の全ては人ひとりなら充分ですが、それ以上となると渋滞を引き起こしかねない規模と記載されていますね」

「それでは自衛隊出身の君に聞くが、魔物軍の侵攻作戦が再開された時、進軍の際に君はその脱出用の出入口を利用するかね?」

「うーん、そうですねぇ、もしもその拠点が包囲されているなどの状況であれば脱出用の出入口の利用も考えますが、そのような特殊な状況では無い限り、脱出用の出入口の利用は無いですね。進軍が停滞する上に部隊がバラバラになる。そのことになんの意味もありませんから」

「そうだろう。だったら私が言うように警戒要員を減らして主要出入口を重点的に監視して5名ほど、その他の確認されている脱出用の出入口にはそれぞれ3名ほど、未確認の出入口に関しては念の為10名ほどを捜索のために配置すれば充分対応できるのでは無いかね?」

「確かにおっしゃる通り、魔物軍に気づかれないことに重点を置けば、効率よく監視できるその案は良案だと思えますが、不足の事態に対応するには心許ないかと…」

「では、君が言う不足の事態とはなんだね?それに食料不足に陥っている拠点には物資の搬送が外部の魔物軍からあるのだろう?その搬送時にそんな大人数が動いていれば、搬送部隊に気づいてくれって言っているものだろう?」

「魔物軍の搬送部隊に関しては問題ありません。自衛隊はその搬送に使われる経路とおおよその時間帯を把握しております。それをわきまえて隊員たちには行動に制限をかけていますから……」

「では不足の事態について君に何か思い当たることでもあるのかね?」

「申し訳ございません、今はなんとも…」

「では、こうしよう。当面の指示は私の案で進める。だが君が何かの考えに至った時には即時に対応できるよう指示の更新を図る。それでどうだ」

「はぁ…、承知しました、それで進めましょう……」

この後、私と宇佐美防衛大臣との話し合いは続き、自衛隊への指示を詳細に渡りまとめあげた。

その指示に関する内容は政府主体の再調査にはじまり、総選挙の全てが終わるまで、マスコミに今回の作戦を一切気取られないことと、魔物軍をいかに刺激しないようにして大人しくしていてもらうか、ということに終始した。

防衛大臣である宇佐美君は総選挙より国民の身を案ずることに重きを置いているので、総選挙のことはほとんど触れずに話しを進めるには苦労したが…

指示をまとめ上げ終わった時も、私たちふたりで決めていいような案件ではないと、議員招集を求めてきたが、そんなことをすればさらに時間がかかってしまい、大事な選挙活動の時間を割かれてしまうと思った私は、宇佐美君には「私たちの指示を待つ自衛隊には一刻も早く行動指針を示さねばならない、ここは総理大臣の私が全責任を持って治めるから」と説得し、他の議員たちの預かりがないまま、すぐさま自衛隊へと指示を通達した。

指示を通達した自衛隊の幹部たちは再調査の件はもちろんの事だが、特に魔物軍の監視体制を変えられたことにひどく反発してきた。そこは首相命令であると突っぱね無理やり飲み込ませる。

これで今度の総選挙は安泰だろう。

そもそも今回の総選挙は何も起こらなければ我々与党が過半数を大きく越えることは目に見えていた。これ以上我が党の功績はなくても良いのだ。私自身も今回の選挙に勝利すれば総理大臣の続投は決まったようなものだ。

私の三期目の総理大臣続投さえ決まれば、自衛隊の思うように動いてもらって構わない。

私はこの時、すでに日本に降りかかる難題をもう解決したつもりでいた…。

だが、その時点での私はまだ知らない…。その後76名ものなんの落ち度もない善良な国民の死が、私の残りの人生に重くのしかかってくることを……。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

この作品は毎週土曜日に新エピソードを追加していく予定です

完結までお付き合いいただければ幸いです!

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