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【第二十三話】立花慎一郎、奔走す

自衛隊内で私は英雄と呼ばれていることを知っている。

英雄と呼ぶことで皆が私の功績を讃えてくれていると分かっているのだが、そのことを嬉しいと思ったことは今まで一度もない。いや、それどころか迷惑極まりないとさせ思っていた。

私が英雄と呼ばれるようになったのは、今から10年ほど前のこと、日本海沖の無人島でアメリカ軍との合同演習で起こった爆薬倉庫の爆破工作事件がきっかけだ。

事件当時、私は翌朝早朝から行われる演習のために指揮官用の通信車両である装甲車82式指揮通信車をその後事件現場となる爆薬倉庫の正面広場で点検をしていた。

点検中、アメリカ陸軍将校のワイメイヤー中将とその側近の2名が銃弾数や砲弾数のチェックのために爆薬倉庫内に入っていくところを見かける。私は明日の演習時はよろしく頼むと声をかけ、装甲車の点検を再び始めた時だった。

ドーン!!!と爆音が弾薬倉庫内から響く。

爆発は倉庫の奥の方で起こったようだが、吹き飛ばされた屋根の木片や金属片がここまでバラバラと降ってくる。

私は咄嗟に装甲車のエンジンを始動させ、爆発した倉庫に突入した。もちろん先ほど倉庫内に入った3名を救出するためだ。

突入した倉庫内は爆心地付近にあった爆薬が連鎖的に爆ぜていて、被害を拡大させている。

突入後、要救助者はすぐに見つかった。運がいいことに3人はまとまって倒れていたが意識がないのかピクリともしない。だが目立った外傷は無いように見える。

どうか3人とも生きていてくれっと祈りつつ、装甲車を3人の元へ急行させる。

3人に意識があれば自力で装甲車に乗り込まさせて脱出をと考えていたが、ピクリとも動かない3人の大男を私ひとりで担ぎ込むには時間がかかる。その間に降ってくる瓦礫に押しつぶされてしまうだろう。そう考えた私は装甲車が3人の真上に来るように慎重に操作して、3人に覆い被せるようにして装甲車を停止させる。

近くにあった土嚢を出来るだけかき集め装甲車の周りに配置し、私自身も装甲車の下に潜り込んだ。

潜り込んだ装甲車の下で、3人のバイタルチェックを行う。脈拍、呼吸共に異常はない。顔や手に酷い擦り傷があったが、大量出血をするような傷ではなく、破れた軍服の中も確認したが、致命傷は見当たらなかった。

救助が来るまでこの場で耐え忍ぶ決断をした私は、時折3人のバイタルを確認しながら、じっと救出の時を待った。

救出作業は迅速におこなわれ、3時間程度で助け出されたが、私には丸一日のように長く感じられた。

負傷した3人のアメリカ軍人たちの怪我は私の見立て通り、大したことがなかったようで、そのことを知った途端に安心から膝の力が抜けて、その場に座り込んだことを覚えている。

倉庫の爆発は当初事故と思われたが、現場に残されたC4爆弾の破片から内部の者の犯行とだとわかり、徹底した捜査によりアメリカ国内にあるカルト集団の工作員が数年前からアメリカ陸軍に兵士として紛れ込み、犯行に及んだことが判明する。

国際問題まで発展するかと思われたこの事件は、日本人にひとりも被害者がいなかったことと、死者が出なかったことから、秘密裏に日米の和解で幕を閉じた。

救出したワイメイヤー中将はその後出世して、今ではアメリカ陸軍元帥の地位にある。そんなトンデモないお偉さんは、ことあることに私を呼びつけ、アメリカ人特有のオーバーアクションで「オー!マイヒーロー!」と言いながら人目も憚らずハグしてくる。正直たまったもんではない。

自衛隊は自衛隊で私のアメリカ軍での知名度を考慮してか、米国はもちろん日本国内の政治的な場にも私を登場させたがる。これではゆっくりと家族と過ごす時間がどんどん遠のいていく。

そのな多忙を極める毎日に少々疲れを感じていたが、今回ほど英雄と呼ばれていて良かったと思ったことはない。

異世界から魔物軍が日本に侵攻してきたことが発覚した今、ことの重大さを悟った自衛隊上層部はアメリカ陸軍に援軍の要請をすることに決めた。とはいえこの要請を実現させるには日本政府の正式な要請が必要となる。日本政府の決断を待っているうちに手遅れになることを恐れた自衛隊上層部は、先行してアメリカ陸軍と掛け合い、いつでも動いてもらえるよう準備を整えてもらうために交渉を始めたのだった。

そしてその交渉の窓口として陸軍元帥と親交のある私が任命される。

私はこれほど有り難いと思ったことは今までなかった。もちろん自衛隊内では私より優れた自衛官は数多く存在する。だが今回だけは私以外の者に任せる気はさらさら無かった私は大いに喜び、奮起することとなる。

任命後、私はすぐに仕事に取り掛かる。まずは米軍との交渉材料となる資料作りからだ。これは上層部が日本政府と掛け合う資料としても使われる。少しも気を抜くわけにはいかない。

今は、昨日のうちにゴブリンのピロッシ殿から聴取した情報を整理している。

驚いたことに、ピロッシ殿は「言霊使い」の能力のおかげか、魔物軍内での作戦会議で交わされた会話はもちろん、会議中に目にしたものですら全て記憶していた。本人曰く見たものを言語に変換して覚えているのだという。その中で我々が一番欲しいと思っていた情報が手に入る。それは日本全国に散らばった敵部隊の正確な位置と規模情報だ。

私はその情報を掴むとすぐにその場で全国の自衛隊基地に連絡をとり、情報の裏付けを取るため偵察依頼を発している。私が資料を作成している最中にも結果報告が入ってきており、情報通りの場所に敵拠点発見との報告が次々に飛び込んでくる。

発見された敵拠点の位置は自衛隊内で使用されているGPSに正確な座標情報としてインプットされていく。

残念なことに発見された敵の拠点は全ての場所で地下に展開しているようで、その規模を伺うことは現時点では不可能とのこと。だがその情報も予めピロッシ殿から聞いていたので、規模に関してはピロッシ殿の証言を採用することにする。敵の拠点をこれだけ正確に言い当てたピロッシ殿の証言だ、信用に値するとの判断だ。

私は時を忘れ食事の時間も惜しんで資料作りに注力し続ける。資料が完成したのは翌朝の朝日がちょうど顔を見せはじめた時間だった。

私はすぐさま緊急事態のため自衛隊基地に泊まり込んでいる田辺長官の元へ走り、資料に目を通してもらう。そこには大吾たちを聴取した上官たちも臨席していて、私の資料を精査している。

「うん、よく出来ている!これなら問題なだろう。この資料を武器に早速行動開始しよう!立花くんには悪いがこの後ワイメイヤー元帥とアポが取れ次第交渉に望んでもらうことになるが大丈夫か?」

「はい、私なら大丈夫です!」

「そうか、アポが取れるまで少し仮眠を取っててくれたまえ」

そう私に伝えると、上官たちはそれぞれの目的の場所へと足早に退室していく。

ワイメイヤー元帥とは前日に時間は未定だが出来るだけ時間を空けてくれるように頼んである。アポイントを取るのにそう時間はかからないだろう。そう思った私は仮眠室には向かわず、モニター越しでの遠隔会議ができる特別室へ向かい、そこで仮眠をとることにした。

仮眠中周りがザワザワし始めたのに気がつき、私は眼を覚ます。

「ああ、起こしてしまったか。会議までまだ少し時間がある、顔でも洗って目を覚ませてくればいい」

私は上官の提案に従い、洗面所で頭から水を被り完全に思考を覚醒させる。

鏡を見ながら身支度を整えた後、遠隔会議が行われる特別室に行くとモニターの真正面にある席に着く。しばらく待っているとモニターに電源が入り、モニター上にワイメイヤー元帥が現れた。

「やあ!慎一郎元気そうだね!少し待たせてしまったかな?」

元帥はアメリカと同盟関係にある全ての国の言語を使いこなすことができた。この時も流暢な日本語で私に声をかけてきた。

「お久しぶりです。元帥もお元気そうで。私も先ほど席に着いたばかりです」

「そうかい、それならいいんだが。早速だが君の報告書と資料は全て目を通させてもらったよ。あまりにもただ事では無い内容なので急遽他の幹部を呼び寄せていたらこんな時間になってしまった。すまない」

「いえいえ、とんでも無いことです。私の報告に重きを置いていただき感謝します」

「事態が事態だ、性急に話を進めよう。慎一郎それでは話を聞かせてもらっていいかな?」

ワイメイヤー元帥の気遣いに感謝しながら、急遽駆けつけたくれた米軍幹部の方たちにもわかりやすいように説明をし始める。途中で資料として添付した動画を流して見せると米軍幹部の方々は目を皿のようにして動画を見入っている。

その後いくつかの質疑応答をすませると、ワイメイヤー元帥が口をひらく。

「私はこの事案は真実であると思っている。そして日本のみならず全世界の脅威だとも認識した。そのことについて何か異論のある者はいるかい?」

元帥は我々にもわかるように、あえて日本語で米軍幹部たちに質問する。通訳を通して聞いていた幹部たちは首を大きく横に振り、異論のないことを示す。

「…ということだ。我々アメリカ合衆国陸軍は自衛隊の要請に全面的に応えるため、すぐさま日本に向けて出立できるよう準備することを約束しよう。だがそれには条件がある。私の大切な部下の命を預けることとなる今回の魔物殲滅の総司令官を私の目の前にいる立花慎一郎一等陸佐に任命することが条件だ。どうだね田辺さん?」

「それなら我々に全く異論はないよ、我々も立花くんに任命すると決めていた」

「そうか、それなら一安心だ。この会議の後、海軍と空軍の元帥にも合衆国政府から日本救援の出撃要請が出る可能性があることを密かに伝えておこう。それでいいかな?」

「はいもちろん!願ったり叶ったりです。ありがとうございます」

「恐らく合衆国政府はUFOの存在をあっさり認めたように、異世界の魔物たちのことも、この資料を見れば割と容易に受け入れるだろう。日本政府の要請があれば我々への出撃要請はすぐにでも発令されると思う。ただし日本政府が合衆国政府への要請をすんなり出せばの話だが……」

ワイメイヤー元帥は日本政府の一つの懸念を口にした。

その後アメリカ陸軍との交渉の会議はアメリカ陸軍側の快諾という大きな成果をあげて散会したが、我々にはアメリカ軍との約束事すら無かったことになりかねない不安材料を抱えたまま。魔物殲滅作戦の準備を進めていくことになる。

最後まで読んでいただきありがとうございます!

この作品は毎週土曜日に新エピソードを追加していく予定です

完結まだお付き合いいただければ幸いです!


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