【第二十二話】ピロッシ日本に来た経緯を語る
「おいらは、物心ついた頃にはすでに奴隷商の養成施設にいたっす。だから異世界での今のおいらの階級は当然奴隷っすね」
「奴隷?…異世界にはいまだに奴隷が存在するのか?」
「はいっす、ただ日本人が思っているような悲惨なものじゃないっすっよ。おいらたち奴隷は大抵赤ん坊の時に奴隷商に売られるっす。それは生みの親達の生活が苦しいからやむ無く売られるのがほとんどっす。これは貧困層の救済にもあたるっす。そして売られた赤ん坊は奴隷商たちにとっては大切な商品だから、付加価値をつけるためにちゃんと栄養配分を考えられた食事も与えられるし、ある程度の教養も教え込まれるっす。養成施設にいた頃に辛い思いをしたことは一度も無いっす」
「そうか…それならいいんだが。」
「でも、ピロちゃんさっき階級って言ってたわよね?異世界には階級制度があるの?」
「はい、あるっす。青鬼神様は別格として、上から皇帝、皇族、国王、王族、政人、戦人、学人、平人、そして最後に奴隷っすね」
《《ちょっと口を挟むが、今の異世界は江戸時代の頃の日本と同じ水準と思ってもらえればいい》》
「なるほど…。だいたいイメージは掴めたわ」
「それでおいらは養成施設で最低限以上のこのことを学んで、8歳の頃にある戦人の方に買われたっす。さっき青鬼神様が言われた「言霊使い」の能力のおかげか言語能力の高さを買われたらしいっす。おいらのご主人様となられた、その戦人の方はとってもおいらに良くしてくれたっす……」
「へぇそうなんだ、てっきり私は奴隷は虐げられるものだと思っていたから…。偏見を持ってはダメね!イメージと違ってたから安心したわ」
「いや、売られた奴隷たちのほとんどは身体が壊れない程度にこき使われるらしいから、美羽ちゃんの想像はそこまで間違ってないかもっすよ。でもおいらはメチャメチャ幸運だったんすよ!おいらのご主人様は、とってもお優しい方で、戦人でありながら味方どころか敵にも死傷者を出すのを嫌って、出来るだけ双方無傷で敵陣を制圧するってことでも有名だったっす!へへへっ」
《《っ!その戦人、名をドニー・リーと申すのではないか!?》》
「はいそうです!青鬼神様。おいらのご主人様を覚えておいでで?」
《《ああ!ドニー・リーか。久しいな…。はっ、すまん話の腰を折ったようだな……》》
「いいわ、おじちゃん、そのドニー・リーって人の話しを聞かせてくれる?」
《《…そうだな、我が知ることはそこなピロッシが知らぬこともあろうから、我から話そう。ドニー・リー、種族はグリフォン。この戦人は稀にみる知勇に優れた者でな、戦いぶりだけでも帝国随一と言われるほどだが、それに加え「不殺の精神」を最も尊ぶ戦人でもあった。我はドニー・リーをいたく気に入り、他国との紛争があれば先ずは彼の者を重用した。知略に優れたドニー・リーの戦術は、時には敵の武器を使用不能な状態に追い込み。またある時は敵の隙をついて兵糧を全て奪い上げるなど、敵の戦意を著しく低下させ、出来るだけ死傷者を出さずに降伏させる。というものだった。それだけ聞くと単に知恵に優れるだけと思われるだろうが、もちろん武勇にも秀でており、薬を使用した身体強化など使わずとも槍を持たせれば右に並ぶものは無しと言わしめるほどの戦人だ》》
「かっこいい……。ねぇ美羽ちゃんあなたもそう思わない?」
「うんうん!とってもかっこいい…なんだか憧れるわ!」
《《ハハハ…そうだろう、そうだろう。だがそのドニー・リーは我が愚息、青鬼二世が起こしたクーデーターの際に野に降っている。彼の者は日本侵攻に猛反発していたからな…。それでピロッシその後のドニー・リーの消息はいかに?》》
「はっはい!……それが……そのぉ…うっうう、ご主人様は死にました!」
「「「「「「《《ええ〜!?》》」」」」」」
《《そっそれは誠か?》》
「はいっ!おいらこの目で見たっす!ご主人様が住んでいた小屋ごと爆発に巻き込まれて、こっこっ粉々になるところを!うっううう………」
《《…あの稀代の英雄が、そんな非業の最後を迎えるとは…。ピロッシよヌシはずっとドニー・リーに使えていたのであろう?我は野に降った後のドニー・リーを知らぬ、その後のことを我に教えてくれぬか?》》
「はい、おいらとしても是非みなさんに聞いてほしいっす。そうすればおいらがなぜこの日本にいるのか、どうして青鬼神様の仲間になりたいがわかってもらえるはずっすから」
「ピロッシ殿、悪いが今から聞く話、全て録音させてもらってもいいかな?」
「録音?ああ、おいらたちの声をその機械にそのまま入れるっすね!もちろん大丈夫っす。でも青鬼神様の念話はその機械に入らないすっけど……」
「ああ、そうか…」
《《慎一郎殿、大丈夫だ我の声もその機械に残るようにすれば良いのだな》》
「青鬼殿、やれるのか?」
《《ああ大丈夫だ》》
「それじゃ話すっすね……。さっき青鬼神様が仰った通り、ご主人様は日本への侵攻に大反対して戦人を辞めてしまったす。その後おいらたちは住んでる屋敷を売り払って片田舎の農村へと移り住んだっす。その頃にはご主人様に仕えていた大勢の者たちは散り散りになって、残ったのはおいらだけでした。おいらはそのことにとても腹を立てたんすけど、ご主人様は去っていった者たちをひとつも非難しなかったっす。納得しなかったおいらはご主人様に聞いたっす、あれほどご主人様によくしてもらっておいて裏切ったのになぜ?と、そしたらご主人様は誰でも命は惜しいからな…と笑って答えるだけでした…」
「えっと、それはドニー・リーさんについていくと死んでしまうと思ったから、みんな離れていったってことよね?」
「ええ、そうっす…。その頃の帝都は戦人を辞めたご主人様は暗殺されるかもしれないと噂されていたっす。ご主人様は帝国の戦神と謳われるほどの方でしたから、いつ反旗を翻して、日本侵攻を妨害し出すかわからないと帝国側から警戒されていたっすから……でも、ご主人様に仕えていた者たちのほとんどは剛の者と呼ばれていた者ばかりで、たとえ帝国が敵になろうともご主人様についていく気概のある者ばかりだったんすけど……」
《《そうか、その者たちは日本侵攻に反発したドニー・リーではなく、帝国の日本侵攻を支持したのだな……》》
「はい……、その通りっす……」
「そうか……なるほどな、もしも自衛隊の者たちがドニー・リー殿の配下の方達の立場だったらと考えると無闇に避難することはできんな……」
「そう、それはおいらだってわかっているんだけど…だけど!……そうっすね。でもご主人様は考えを一切曲げなかったっす。幸せに暮らしている地球人を…しかも何も知らないうちに不意打ちを食らわせてまで殺戮して自分達が生き残ったとしても、そこに本当の幸せはあるのだろうか?と最後まで仰っていたっす」
「「「「「「「………………。」」」」」」
「それで、おいらたちふたりっきりになって田舎暮らしを始めたんすけど、暫くして帝都から使者がご主人を訪ねてきたんす。その用向きはご主人様の従者であるおいらを日本語の通訳として引き取らせて欲しいということだったす。もちろんおいらは断りました。だけどご主人様はおいらに聞いてくるんすよ。行ってもいいのでは?とね。おいらは無性に悲しくなって泣きながら、どうかご主人様のおそばに居させてくださいっ!って食い下がったす。その様子をみていた使者たちは、今日のところは出なおうそうって言って、帰り支度をし始めたっす……」
「日本語の通訳?ということは日本から来た夏彦のため?……あっごめん、話を続けて」
「それで、使者たちが帰る頃には外は真っ暗になってて、田舎で街灯もないから、ここまで入って来れなかった馬車を停めてある街道筋まで見送りをすることになったんす。おいらたちが住む小屋から少し離れたところまできて使者のひとりが忘れ物をしたと言い出して、それじゃと、おいらが取りに戻りに戻ろうとしたら、ワシが行ったほうが速かろうとご主人様がおいらの代わりに小屋に向ったんすけど……」
「……その時に爆発が起こったのね?」
「………そうっす………おいらは急いで小山まで駆け寄ったすけど……小屋のあった場所は大きな穴が空いているだけで、すべての物が消え失せていたっす……」
「そう……」
「その時、おいら必死でご主人様を探したっす。それこそ死に物狂いで…、小屋の周りをグルグルグルグル走り回り。小屋のあった場所が見えなくなるところまで隅々までね…。だけどやっぱりご主人様は見つからなかった…。それを見ていた使者のひとりが、哀れんだ様子でおいらに、通訳の件は後でいいからとりあえず自分達と一緒に帝都に行こうと言ってくれたっす。その時は動転していて言われるままについていったんすけど、帝都へ行く馬車の中で落ち着きを取り戻して考えると小屋にあんなに物凄い爆発するものなんて何もなかったはず…とようやく気づいたっす。」
「何者か外部の者によって起こされた爆発。その何者かはその時の使者が最も怪しい……そうなるな」
「そう、そう思ったっす。だけどその時のおいらは籠の鳥状態。逃げ出すことすら困難だと判断したっす。ここは大人しく帝都まで着いて行き、日本語の通訳を引き受けて、その合間合間に真相を探ろうと…その時心に決めたっす」
「それで真相は解明できたの?」
「はいっす、思いの外簡単に知ることができたっす。思った通り使者の者たちによる爆発だったことがわかったすよ」
「思いの外簡単に?」
「ああ、それを教えてくれたのは日本から来た勇者様っす。おいらはその勇者様つきの通訳をしているっす。」
「勇者?……その日本から来た勇者って人の名前はわかるかい?」
「えっと確か、ヤマモト タロウっす」
「山本太郎?………」
「いやいや雄二、どう考えてもそれ偽名だろう?用心深い夏彦ならありえるさ」
「あっそうだよね…それで異世界にはその勇者以外に日本から来た人はいるのかい?」
「いないっすよ。えっと雄ちゃんは勇者様とお知り合い?」
「えっとそうだね、でもその話は後でゆっくりしてあげるよ。それより爆発の真相をその勇者から聞いたって言っていたよね?その人が僕の知っている人なら、そんな簡単にキミに真相を教えてあげるとは思えないんだ。」
「えっそうなんすか?でも言われてみれば軍の中ではおいら以外とはあまり話しているところ見たことが無いっすね〜。え〜となんだろう勇者様がおいらに心を許してくれるのは…日本語?多分おいらが日本語が話せるってことじゃ無いかな…いやきっとそうっす。勇者様も念話が使えるから他の者とも会話はできるんすけどね、やっぱりちゃんと言葉として口から出た日本語が聞きたいようで……。あっそれからおいら勇者様からこんなこと言われたことがあるっす。『君は心に何かを秘めているね?でも僕はそんなヤツ嫌いではないんだ。秘めているのはおそらく君のご主人様だった人のことだろう?…とても残念だとは思うけど、きっと僕が君の今の状況を良かったと思えるようにしてみせるよ!異世界全てを救い出してね!』と、今思えばその時から割と重要なことでも、なんでもおいらに話してくれるようになったっすよ!」
「えっ?重要…なんでも?それじゃ軍の機密事項とかは?」
「もちろん!多分結構重要な機密事項も知っていると思うすっよ。勇者様は日本侵攻の総司令なんすよ。普段は念話で会話をするんすけど、念話じゃ関係のない者まで話が聞こえる時があるっすから、重要な話の時はおいらが通訳して口頭で会話を進めるっす。だからもう軍の機密は手に取るようにわかっているし、勇者様本人の興味深い話しも聞いているっす」
「だけどお前は嘘をついたりするとバレやすいだろ?よくそんな重要な役続けてこれたなぁ」
「それは大丈夫っす!勇者様の通訳になってから今まで嘘や騙そうとしたことは一度もないっすから。おいらが会話ってよべるものをするのは勇者様だけっす。さっきも話したけど、おいらの心に秘め事があるのはとっくに勇者様には知られているっす。他の者とは必要最低限の話しかしないし、重要な話は勇者様と魔物の言葉をそのまま伝えるだけで言葉にはなんの感情も載せていないっす。だから誰からも疑われてはいないと思うっすよ」
「その秘め事を知っているが勇者ってのは気にかかるが、軍の機密事項にはそそられるなぁ。で、なんでそんな重要人物が俺たちに保護されている?」
「それはおいらが勇者様からそこの大ちゃんと美羽ちゃんの監視を命じられたからっす。それでその任務中に倒れちゃって……」
「大吾と美羽を監視!?またなんで?」
「ちょっと言いにくいんすけど、勇者様はなんでか大ちゃんに深い恨みがあるみたいで、何か不機嫌なことがあるたびに、立花大吾め〜!って叫ぶんすよ。……それで……実をいううと昨日が日本侵攻の始まりの日だったんっすけど、勇者様はまずは憎き大ちゃんを血祭りにあげて、その死を確認してからではないとやる気にならないとばかりに、本格的な進撃は立花大吾の亡骸を見てからだ!とか言って、先行して500の魔物を大ちゃんたちが住む町へ送り込んだんす!」
「ああ、そうだったな…だがなるほど!それで日本への一斉攻撃が無かったわけなんだな!」
「あれっ?驚かないっすね。ていうかそのこと知ってた?」
「ああまあな、だけどその話は後だ、で?その話と大吾たちの監視とどう繋がる?」
「ええっ〜、雄ちゃんも、ヒロちゃんも、後後って…おいらとっても気になるんすけど…。まあいいっす、それでどういうわけか先行した500の魔物たちが町に到着する前にほぼ全滅にあったんすよ!まだ山を降り切っていないうちにすっよ!それで勇者様は逃げ帰った魔物たちの報告を聞いたんすけど、なんだか要領を得ないから、自分の目で確かめに行くって言って、グリフォンを連れてその現場まで山を降りていったんす…。それで勇者様が戻ってくると、そりゃもう真っ青な顔をして、何やらブツブツ呟きながら考え込んでて、それで勇者様は諜報部隊を呼びつけて、立花兄弟の監視をしてどこの誰とあったかとか、どんな話しをしていたかなど調べてこいって、怒鳴るように命令したっすけど、諜報部のリーダーが、我々は日本語が理解できません。って大真面目に答えたもんだから、魔物の中で唯一日本語がわかるおいらに白羽の矢が刺さったんすけど。勇者様はもしもおいらが捕まった時のことを考えて最後まで悩んでいたっす。だけど結局なにか情報を掴んでこないことには、事が先に進まないってことで、渋々おいらを送り出したってわけっす」
「はは〜ん、夏彦のヤツだいぶテンパってんなぁ。それでなんで大吾と美羽を監視するのか理由は聞かなかったのか?」
「もちろん聞いたっす。勇者様から聞いた話しをそのまま伝えると『僕は異世界に来る前の高校生の時にある計画を実行していたんだけど、立花大吾は計画の実行直前にいつも僕の前に現れて、なん度もその計画を台無しにしてくれているんだ。立花大吾はきっとなんらかの手段を使って僕のことを調べているに違いないと思ってたんだけど。その当時はどんな手段かは全く見当もつかなかった。だけど異世界に来てわかった事がある、それは魔術だよ。立花大吾は魔術を使って高校生の時から僕の動向を調べていた可能性があるんだ。だが人間である立花大吾が魔術利用しているということは裏に異世界との繋がりが必ずあるはず。今回の500の部隊壊滅も立花大吾が異世界との繋がりを使ってなんらかの形で関わっているはずなんだ、もしかしたら僕らの部隊に裏切り者がいるかもしれない。君にはその異世界と立花大吾の繋がりを調べてきて欲しい』ってことだったっす」
「ほぅ、流石は夏彦というべきか、大吾たちが500の部隊壊滅に深く関わっていることに気づきやがったか…。ブッ、だけど見当違いも甚だしい部分がほとんどだけどな…。で、そういう経緯でお前は大吾たちを監視中だったが途中でぶっ倒れて保護されたってことだな。でもなんでぶっ倒れた?それなりに準備はしていただろうに」
「それが、監視のための準備なんてほとんど無かったんすよ…。昨日の日本全土侵攻作戦の前に兵士たちに力をつけさせるってことで、今まで蓄えていたほとんどの食料を兵士たちに振る舞ったおかげで、今の魔物軍の食糧は底をついているっす。だからおいらたちは昨日の朝から何も口にしていない状態で…、お日様がまだ出ていないうちはまだ良かったんすけど、お日様が出た途端急に暑くなって水すら口にしてなかったから…、それでぶっ倒れたっす」
「なるほど!なるほど!そいつはいい情報を聞いたなぁ。それじゃ食料が日本全国に散らばる部隊に届くまでは、余程のことがない限り次の作戦はないってことだな?」
「多分そうなるっすね!」
「わかった!じゃあ、俺からは今回最後の質問だ。大体の見当は付くが…お前はなんで青鬼のおっちゃんの仲間になりたいと言い出した?」
「はいっす!…昨日までのおいらは爆発の後、馬車に乗った時からずっと籠の鳥だったす。その間ずっと無気力でどうにでもなれって思ってたんすけど、ひょんなことから鳥籠から飛び出すことができたっす。これはご主人様のお導きだと思ったっす。しかも幸運なことに大ちゃんたちに保護されたっす。大ちゃんたちに優しくされるうちにおいらはこの人たちは絶対に死なせてはならないって思うようになって、そしたらなんと青鬼神様が大ちゃんたちのお仲間ということがわかって!……これはもうご主人様がおいらを後押ししているとしか思えなくって…。そしておいらは決心したっす!ご主人様のご意志を継ごう!って。ご主人様は帝国が睨んでいた通り、ご主人様と志を同じくする仲間たちと密かに連絡を取り合い、日本侵略をやめさせようと影で動いていたっす。そして機が熟したら、青鬼神様の元へと集い日本侵略阻止のために決起しようと呼びかけていたっす……。その旗頭となられる青鬼神様が話せば答えてもらえる距離にいる。それでおいらは…、おいらは……」
「…………お前の決心しかと受け取ったぜ。なあ!みんな」
「「「「「「「「《ああ!もちろん!!!》」」」」」」」」